「「獅季ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」」
 二人の少年が上げる、二つの同じ声。同じ叫び。
 それは戦場を膨大な量の絶望で染め上げ、一瞬にして空気を変質させる。
 今まで感じていた邪鬼の気配とは明らかに違う、全く異質な気配。それが戦場の空気を変質させているのだ。
 ロードエスペリオンの登場と共に差し込んでいた陽光も、再び黒雲に覆われ戦場を闇で包み込み、否……
「そ、そんな……」
「夜、だと…?」
「ウソ、だってさっきまで……」
 碧、空弥、黄華の三人が、戦場の空気を変質させたモノの正体に、世界を包む闇の正体に驚愕する。
 一体何が起きたのか。ほんの数分前までは眩いばかりの陽光が降り注いでいたと言うのに、空には太陽の姿すらなく星一つない夜の空が地上を闇に染め上げている。
「オレが……オレが獅季を……」
 夜闇の下、足元で動かなくなった獅子の幻獣を見下ろすタツトが、ブツブツとうわごとの様に呟いている。
 邪竜刀を取り落とし、その場に膝を突き、タツトの絶望≠ェ周囲を更に濃度の高い闇で包み込んでゆく。
「オレが……獅季を……」
 その声は、タツトを生み出した時の竜斗を彷彿させる、絶望に満ちた悪魔の言葉。
「こ…ろ…し…た……」
 その瞬間、タツトの中の何かが、音を立てて壊れた。
ぅがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
 タツトの咆哮と共に周囲を多い尽くしていた高密度の闇が、エボニーデスペリオンへと収束してゆく。
 黒い靄によって変態した禍々しいパーツが次々と崩れ、元のロードエスペリオンに近い姿になったエボニーデスペリオン。しかし一つだけ明らかに異なる部分があった。
「あ、れは……あの角は……っ?!」
 そう、額にある角飾り。ロードエスペリオンのそれを遥かに超える存在感を放つ、邪鬼が邪鬼たる証。ただし、エボニーデスペリオンの額にあるそれは、二本。
 竜斗の記憶に出て来た、竜斗の父・龍麻を殺した邪鬼と同じ、二本の角。
「っくくくく……オレが獅季を殺した、この手で殺したんだぁ!!」
 再び変態したエボニーデスペリオンから、先程の咆哮からは想像も出来ない晴れ晴れとしたタツトの声が上がる。
 天を仰ぎ、邪竜刀を手に立ち上がる。邪竜刀を天を衝く様に掲げると、右腕全体を無数の細い触手の様なモノが覆い刀と腕を一体化させる。
「エスペリオン、あれが……そうなのか」
『恐らくは。ワタシ達も詳しい事は解らない、だが……』
 幻獣、勇者、その場に立つ全ての者が同じ結論に至る。
 あの二本の角こそが、人に戻れなくなった証。人鬼が人を殺め、完全に邪鬼になった姿。
 タツトは今、真の意味で邪鬼になった。

勇者幻獣神エスペリオン

第10話:『送風』



 夜闇の広がる戦場で、唯一タツトだけが歓喜に打ち震えている。
「最高だ、完全に吹っ切れたって感じだぜ」
 血払いの様に邪竜刀を一閃、タツトは竜斗に向き直り、足元に倒れるサンレオンを足蹴にしながら笑ってみせる。
「……っ! ……ろ」
「これでオレも晴れて本当の邪鬼の仲間入りって訳だ。獅季が隣にいた所為で、まだ人間ってのに未練があったのかもな」
 足をどけるどころか更に力を入れてグリグリと踏み付け、タツトは何処までも邪悪な笑みを浮かべる。その動作に、竜斗から放たれる気配が一変する。
「……けろ」
「あぁ? ンだよ竜斗、口動かす前にやる事があるんじゃねぇのかよ」
 竜斗の気配にも動じないタツトは、逆に挑発するかのように無防備な姿を晒し嘲笑を浮かべる。
 そして竜斗も、タツトの行動に応え爆発したように飛び出しエボニーデスペリオンへと突撃する。
どぉけろぉぉぉっ!!
 振り下ろされるロードセイバー、しかしデスペリオンは微動だにしない。
 なぜなら……、
「軽い……ダメだな竜斗。全ッ然軽いぜ」
 竜斗が渾身の力で振り下ろしたロードセイバーは、タツトが掲げた邪竜刀に受け止められているからだ。
 そのタツトの姿にも表情にも苦はなく、涼しい顔で竜斗に悪態を吐く。
「こんなモンで何でも出来るだ? 笑わせんな、この程度じゃ何も出来やしねぇ……ぜっ!!」
 声と共に気合一閃。ロードエスペリオンを弾き飛ばすタツト。
「教えてやるよ。そんなチンケな希望じゃ、本物の絶望の前には無力だって事を」
 竜斗の一撃を受けてもどける事のなかった足を下ろし、徐にサンレオンの首を掴み持ち上げる。
「見せてやるよ……これが、真の悪夢【デスペリオン】だ!!」
 デスペリオンとサンレオン、二体の幻獣が竜斗の前で黒いモヤに包まれていく。
 おそらくデスペリオンが現れた時と同じ物だが、その量も密度も桁違い。
 あたかも、そこに周囲の夜闇が凝縮されていくかの様に、絶対的な暗黒が、漆黒が、二体の姿を覆う。もっとも、周囲の闇は晴れるどころか更に濃く、深く、増していく。
「鬼獣……合侵」
 主を失い力なくうな垂れるサンレオン、そしてサンレオンを掴み上げるデスペリオンを覆う夜闇が、生きているかの様に蠢き、だんだんと形を成していく。
 それはそう、つい先ほどまでデスペリオンの纏っていた鎧の如く、禍々しく、邪悪な、悪魔や鬼を彷彿とさせる鎧の形を成していく。
 デスペリオンとサンレオン、二体の幻獣を取り込み、夜闇の鎧はロードエスペリオンよりも一回り大きな人型を成す。
「獅竜装鬼……」
 合体してなお腕と一体化した邪竜刀を一閃、モヤの残り滓を薙ぎ払い、鮮血に染まった狂気の双眸が禍々しい光を放つ。
ギルティ・デスペリオォンッ!!
 額に二本の角を携える、巨大かつ強大な、夜よりもなお深い、闇よりもなお暗い、絶対的な絶望を振り撒く悪夢が、君臨した。
「消し飛べ幻獣勇者! オーガスト・レオスマッシャー!!」
 合体したデスペリオン、ギルティ・デスペリオンの両肩にそれぞれデスペリオンの竜とサンレオンの獅子が異形の変形をして現れ、そこから無数の漆黒の光弾が奔流となってロードエスペリオンを襲う。
「希望よ! ぅおぉぉぉぉぉっ!!」
 迫りくる漆黒の奔流にロードエスペリオンは、再び自身の身体を燃え盛る炎で包み、それを正面から受け止める。
『ぬぅっ……竜斗ぉ!』
「くっ、ダメだ! 今避けたらみんなが巻き込まれちまう!」
 その身を盾に、仲間を、碧を護る竜斗。しかし、そんな事をしてただで済むはずがない。
「うぁあぁぁぁぁぁぁっ!」
『うおぉぉぉぉぉぉぉっ!』
 全身に纏う炎さえも消し飛ばし、漆黒の奔流はロードエスペリオンの装甲を容易く溶かしてゆく。
「はっ、随分と健気じゃねぇか。ちゃんと宣言通り、碧を護ってんだな」
 全身から紫電と焦げ臭い煙を上げ、あまりのダメージにロードセイバーを杖にして片膝を突くロードエスペリオン。たった一撃受けただけで、既に満身創痍だ。
「くっ……はぁ……はぁ……」
 だが、それでも竜斗は立ち上がる。立ち上がり、剣を構える。
「りゅう……と…さん……っ」
 今にも倒れてしまいそうなのに、それでも立ち上がる竜斗。そんな姿に碧も、まだ自分の身体に力が入る事を意識する。
「ペガサスさん、まだ……戦えます……よね」
『とーぜん……お姉さん、まだ頑張っちゃうわよ』
 背を任せていた瓦礫から離れ、自分の脚に力を入れる。
 でも、それだけでは立ち上がれない。ならばと、腰から広がる一対の翼を大きく羽ばたかせ、勢いで無理矢理身体を持ち上げる。
「ペガサスさん、ヒール」
『おっけ、ヒールライト!』
 フラフラとおぼつかない足取りながらも、リュミエールペガサスの左腕に装着されたカーバンクルから仲間たちへと光が降り注ぐ。
 彼女たちの真骨頂。降り注ぐ癒しの光が、傷ついた仲間の傷を塞ぎ、体力を回復させていく。
「力が、溢れてくる。まだ、戦える!」
 碧に続き黄華もまた立ち上がり、身体の調子を確認する様に拳を振るう。
「兄さん、私もまだ……戦えるよ」
「鏡佳……。ああ、一緒に戦おう」
 一人にして二人の兄妹は支え合う様に立ち上がり、その身に風を感じる為に大きく翼を広げる。
「サンキュ、碧。けど……」
 回復した身体を確かめる様に拳を握り開きと繰り返す竜斗、だがその視線は目の前で立ちはだかるギルティ・デスペリオンへと向けられている。
「なまじ回復なんて出来っから、ありもしねぇ希望に縋ろうとすんだよな」
 竜斗達が身構える中、右腕に同化した剣で天を衝くタツト。
「夢も希望も、全部まとめて消し飛ばしてやる!」
 邪竜刀の鮮血の刀身に漆黒の光が収束する。
「穿て……邪皇・極冥斬ッ!【じゃおう・ごくめいざん】」
 振り下ろされる邪竜刀と同時に、収束した漆黒の光が渦巻く衝撃波となって放たれる。
 その衝撃波は幻獣勇者のみならず、周囲の建造物さえも巻き込んで破壊を撒き散らす。
「これで振り出しだな。さぁどうする、また回復するか?」
 全身傷だらけで、瓦礫すら消し飛んだ戦場に倒れ伏す幻獣勇者達。
 タツトはそれを見下ろし、計り知れぬ程の邪悪さを含んだ笑みを浮かべる。
「くっ……」
 全身をギシギシと軋ませながら、それでも立ち上がるロードエスペリオン。
 本来その身体を護るはずの鎧も、先ほどの攻撃でもう動くだけで少しずつ崩れてしまう程ダメージを受けている。
「なんだ竜斗、まだ立ち上がれるのかよ。そんだけしぶといと、いい加減鬱陶しいな」
 言いながら、再び邪竜刀で天を衝くギルティ・デスペリオン。その刃にあの破壊を振り撒く漆黒の光が収束される。
「塵も残らず、消し飛んじまえ……邪皇・極……っ!?」
 破壊の嵐が放たれる瞬間、タツトはその刃を止めた。
 否、止めざるを得なかった。
 ロードエスペリオンが立っているのとは全くの別方向から、恐ろしいまでの力を感じたのだ。
 その力は、光の奔流という姿で、既にギルティ・デスペリオンのすぐ横まで迫っている。
 タツトは、迫りくる力の塊を受け止めるために、技の方向を無理矢理変え、放つ。
「邪皇・極冥斬ッ!」
 幻獣勇者達を巻き込んで尚、街に多大な被害を出したギルティ・デスペリオンの技は、突如襲い掛かった光の奔流にかき消される。
「なんだとっ!?」
 技をかき消して余りある力を秘めた光の奔流は、そのまま無防備なギルティ・デスペリオンへと襲い掛かり、初めてその身体にダメージを与える。
「なんだ、この馬鹿みてーな力は……ぐぉっ!!」
 辛うじて防御に成功はしたが、絶え間なく迫る光の奔流はギルティ・デスペリオンの身体を徐々に後退させていく。
「ぅうらぁぁぁっ!!」
 光の奔流が止まり、その残りカスを邪竜刀の一閃で吹き飛ばす頃には、ギルティ・デスペリオンは元いた場所から大幅に後退し、背後にあったビルにめり込んでいた。
 光の先、タツトの視線は今の攻撃を発射したであろうその場所を見据える。
 そこには、竜斗の複製として引き継いだ記憶に焼きついた山が、紅月剣術道場のある降流山があった。
「山…だと?」
 まさか山が攻撃したわけではあるまい。ならば、そこにいるはずの龍造の攻撃。
「いや、今のは人間の身体で扱えるレベルの力じゃねぇ」
 すぐまさそう否定するタツトは、自身の目を疑った。
 降流山が透けて、その中に山に沿うような形状の巨大な空洞が見える。
 そして、その中には、同じく山程もある、巨大なドラゴンの頭部が見えているのだ。
「幻……獣……っ!」
 ドラゴンの姿に驚愕し、直後我を取り戻したタツトは、自分を照らす光がある事に気付く。
 足元に三日月型の光が浮かび上がり、空を仰ぐタツトの目には、確りと地上を照らす三日月が映る。
「馬鹿な! オレの夜には月なんて……」
 言い終わる前に、天の月と地面の月が光を増し、天と地上を繋ぐ光を柱が出現する。
「これ……は…ぎんじゅ……うだ…とっ!?」
 あまりに唐突な出来事に戸惑うタツトを無視して、今度は光の柱の中に無数の光の鎖が現れ、ギルティ・デスペリオンの身体を拘束する。
(今じゃ、一度撤退しろ竜斗!)
「この声は、じじぃ!?」
(急げ竜斗、ワシの仲間がヤツを封印しとる間に!)
 頭に直接響く龍造の声に、竜斗は弾かれた様に飛び出し、仲間を抱えて龍造の待つ紅月剣術道場へと向かう。
「くそっ、待ちやがれ竜斗! 逃げるのか、おい!!」
 光の柱と光の鎖で動きを完全に封じられたタツトは、罵詈雑言を吐きながら自身の身体さえ引き千切らん勢いで束縛に対抗する。
「待て竜斗! オレはテメェをぶち殺すまで死なねぇからな! 地の果てまで追い詰めて、必ずぶち殺してやる!!」
 タツトの咆哮を背に、竜斗は力ない傷ついた翼を羽ばたかせるのだった。






 三十分後、竜斗達は紅月家にいた。
 龍造の機転のお陰でなんとか撤退に成功したが、仲間の傷は想像以上に深い。
 碧の治療を受けたとはいえ、ダメージの残っている所にあの攻撃。
 幻獣にも勇者にも蓄積されたダメージは、すぐに回復できるレベルの物ではない。
 黄華、鏡佳の二人は、ダメージが大きく気を失っているため、龍造が用意していた布団に寝かされ、碧も全員の治療を終えた後に事切れ、今は二人と一緒に眠っている。
 碧を布団に寝かせた竜斗は、隣の部屋に繋がる襖を閉じて、龍造に向き直る。
「助かった、じじぃ」
「いや、ワシもアレが限界じゃった。彼女がいなければ、無駄に挑発して終わるところじゃったわい」
 かつて幻獣勇者だった龍造、しかし老いた肉体では一撃を放つので精一杯なのだろう。
 龍造のいう彼女、というのは、先ほど言っていた仲間の事なのだろうか。
 その正体も気にはなるが、今の竜斗には言及するつもりもなかった。
「あの封印、いつまで保つんだ?」
「もって、次の夜明けが限界だそうじゃ」
「……そうか」
 あと半日程、それがこの世界のタイムリミット。
 先代の幻獣勇者には、竜斗達の様に鋼の肉体を持つ幻獣での戦闘を経験したことがない。
 そもそも、そんな人間がまだいるのかさえわからない。
 今回力を貸してくれた龍造やその仲間も、あの封印に力を使ってしまい、もう助力は頼めない。
 つまり、このままタツトに勝つ方法が見つからなければ、事実上ギルティ・デスペリオンを止められる者はいなくなるという事だ。
「頭冷やしてくるわ」
 そう言い残し、龍造の返事も聞かずに部屋を後にする竜斗。向かう先は、自宅の横に並び建つ道場だ。
 神棚に一礼して道場に入ると、竜斗はだだっ広い道場の真ん中に寝転び、木刀を紅竜刀に変化させる。
「怪我はどうだ、エスペリオン」
『ああ、この程度なら半日もあれば回復できるだろう。キミが絶望しない限りは、な』
 皮肉めいた返事をするエスペリオンの口調は、どこか笑っている様に聞こえる。
 竜斗を励まそうという、彼なりのジョークのようだ。
「はは、そうだな。それなら安心だ」
 竜斗もそれがわかっていながら、心から笑いがこみ上げてきた。
「とりあえず、それならお前達は平気だな。問題は碧達だ」
 これだけの状況で、竜斗は全く絶望していなかった。諦めていなかった。
 ただ、仲間が全員そうだとは限らない。
 みな、未だ成人もしていない、一六や一七の少年少女。
 あの圧倒的な力を持った敵を前に臆するのは、むしろ当然である。
『ワタシ達は、宿主である幻獣勇者の希望を感じる事が出来れば、本来ならば力に上限は存在しない。だが、それほどまでに確固たる希望を、幻獣勇者になって間もない彼女らに求めるのは、あまりに酷な話だ』
 竜斗の見せた炎の鎧、恐らくあれも上限を超えた幻獣勇者の力の一種なのだろう。
「だよな。俺はなんか吹っ切っちまったけど、それを碧達全員に認めるってのもなぁ」
 正直な話、竜斗は今までこうして碧達が仲間として共に戦ってきてくれたことに、言葉では表せない程感謝している。
 本来なら、この力を手にした時、自分とエスペリオンだけで戦っていくつもりでいた。
 きっとその時、隣にいるのは獅季なのだろう。そんなことさえ考えていた。
 それが今では、四人の仲間にかこまれ、隣にいるはずだった親友は、闇の中だ。
「なんとかしねぇとな。俺達だけでも、戦ってタツトの野郎を止めねぇと」
『止める、なのか? 倒すではなくて』
 竜斗の言葉に感じた疑問を、ストレートに問うエスペリオン。
「ああ、止める≠ナあってるよ。あいつは勘違いしてんだ、獅季の事。んでから、さっきの二本角はタツトじゃねぇよ」
 さらりと、何気ない感じでとんでもない事を口にする竜斗。
『なぜ、そう言いきれる?』
「まぁ、いろいろな。思うところがあるんだ。そのためには、いくつかやらなきゃならねぇ事がある」
 仲間の回復、それからより強い結束が必要だ。
 いくら竜斗でも、自分一人で勝てる等と甘い考えを持つほど馬鹿ではない。
 時間があるならば、地道な所で下地を作る余裕が出来たというわけだ。
 それならば、こんなところでじっとしている場合ではないというわけだ。
「回復は時間任せだし、出来るのは結束を強めるほうか」
 すくっと一息で立ち上がり、竜斗は道場の外に出る。
『当てはあるのか?』
「さぁな、とりあえずは強いヤツを味方にするのが定石だろ?」
 答えているようで答えになっていない返事で会話を打ち切ると、早速一人の仲間の顔を思い浮かべる。
 道場を出て、まず向かったのは碧達が寝ている部屋だ。
 龍造のいた部屋を通らずに縁側の襖を開けて、部屋の中を覗き込む。
「いねぇな。空弥のヤツ、どこいきやがった」
 てっきり妹の看病でもしているのかと来てみたが、検討違いだったらしい。
 音を立てない様に襖を閉じ庭に下りる竜斗に、エスペリオンが問いかける。
『やはり、彼≠ネのか?』
「そーだな、他力本願にするつもりはねぇけど。邪神鬼に勝つには、アイツの力が必要なんだと思う。みんなの希望を一つに、ってな」
 おとぎ話みてーだけどな、と付け加え、竜斗は笑う。
『おとぎ話か、言い得て妙だな。ワタシ達の存在は、知らぬ者からすれば、正におとぎ話なのだろう』
「本人が言うと笑い話にしかなんねーぞ、それ」
 何てこと無い話で話題を変えたが、二人の中にはもう、確信があった。
 空弥は自分の力を押し殺している
 空弥自身は今の状態を変える気は無いのかもしれない。だが、変わらない人間なんていない。
 誰がどんなに足掻いたところで、人間は一秒前より、一分前より、一時間前より、一日前より、確かに変わっていく。
 それを時間に任せるか、それとも自分で変えていくか。
 人間にはそれを選べるだけの、意志と力がある。
「だから、空弥にも選んでもらわねぇと。アイツの日常【せかい】を、壊さない為にもな」
 いなくなった空弥を探す竜斗は、戦場を見渡せる庭でその姿を見つけた。
 どうやら道場を挟んで、ちょうど反対側にいたらしい。
「よう、傍にいてやんねーのか?」
「……紅月か」
 竜斗の姿を一瞥し、すぅっと空を見上げる空弥。ギルティ・デスペリオンと共に八雲学園を訪れた夜は、未だに明けていない。
「どうも、俺が妹離れ出来ていなかっただけらしい。情けない話だ、鏡佳の幻獣に『コレ以上俺の我が儘で鏡佳を苦しめるな』と説教された」
 今まで接して来た空弥が、常に振り撒いていた敵意は完全になりを潜めている。ただ自嘲の笑みを浮かべ、佇んでいる。
「いいんじゃねぇか? 俺はお前のそういうトコ、嫌いじゃないぜ。誰かの為なんて言うけど、結局はそれも自己満足でしかねぇんだ」
「自己満足か、そうかもな」
 すっかり落ち着いた、と言うより落ち込んだ空弥。竜斗の言葉にも曖昧に肯定する。
 そんな重く沈んだ空気を変えたくて、竜斗は視線を泳がせながらなんとか励まそうと口を開く。
「だからよ、なんつーか、アレだ。お前だけじゃ、お前ら兄妹だけじゃどうにもなんねー時は俺の事頼ってくれよ。こいつは俺の自己満足だけど、俺はお前も鏡佳も仲間だと思ってるんだぜ。お前等がピンチなら、命懸けでも助けたい」
 それは本心なのだろう。
 気恥ずかしさから泳いでいた視線が、最後には確りと空弥に向けられていた。
 そんな視線を向けられ、今まで敵意しか向けなかった自分に対して仲間なんて言葉を使う竜斗に、驚きを隠せない空弥。
「仲間、か。そんな事を言われたのは初めてだ」
 仲間、その言葉を反芻し、空弥は自然と笑っていた。
 空弥が初めて、鏡佳以外に見せる本当の笑顔。
 だがその直後、なりを潜めていたデスペリオンの、タツトの放つ邪鬼の気配が急激に膨れ上がる。
 それと同時に竜斗と空弥、二人の表情も険しいものに変わる。
 夜はまだ明けていない。
 それはつまり、邪神鬼の力は龍造の言う彼女≠フ力を越えていたということだろうか。
「くそっ、まだ対抗策の一つも考えてねぇってのに」
 今のままでは、例え全員が万全の状態で、全員が竜斗と同じ力に開花したとしても、あのギルティ・デスペリオンには勝てないだろう。
 竜斗は歯噛みし、それでも尚、紅竜刀を構える。
「ここで燻ってても仕方ねぇ。空弥、ここを頼む! 俺は刺し違えてでもタツトを止める!」
 誰かの為、刃を振るう竜斗。
 そして、自分の命の危険を顧みず、それでも尚、敵を倒す≠ナはなく止める≠ニ言い切る。
 その背中を、空弥は自分の意志で、止めた。
「竜斗!」
 その声は、確かに竜斗に届いた。
 まるで、昔からそう呼ばれていた気がする、そんな声だった。
「空弥……?」
「策なら、ある。お前が、竜斗が俺の頼みを聞いてくれるなら」
 空弥が、初めて竜斗に自分から視線を向けた。
 竜斗に反応して、ではなく。確かに自分から、自分の意志で名前を呼び、視線を向けた。
「竜斗、俺と戦ってくれ。仲間として、友達として……」
「……っ?!」
 今までの空弥からは考えられない台詞。
 はっきり言って、竜斗は空弥がここまで変わるなんて思ってもみなかった。
「んなモン、頼む必要はねぇよ」
 紅竜刀を鞘に納め、空弥の前に立つ竜斗。
「さっきも言ったろ、俺は空弥のこと、仲間だと思ってる。それに、空弥が俺を友達だって思ってくれるなら、俺達は友達だ」
 空弥と正面から向き合い、竜斗は右手を差し出して握手を求める。
 そんな竜斗に驚く空弥だが、すぐに笑みを浮かべて差し出された手を握る。
「ああ、そうだったな。竜斗、改めて、俺と一緒に戦ってくれ」
「任せとけ。これでも俺、仲間意識は強い方だからな。たった今から、俺達は本当の仲間で、親友だ!」
 ニッと子供の様に屈託ない笑顔を見せる竜斗に、空弥もまた口許が緩む。
「そんじゃ、いくか!」
「ああ!」
 竜斗が再び紅竜刀を解き放ち、空弥はポケットから二つのブレスレットを取り出す。
「っ! 空弥、それ……」
「ああ、これが策だ。これで俺は、コイツに関する全権限を手にした。後は……」
『それがキサマの答えか……いいだろう』
 空弥の意図に気付いたのか、シードグリフォンはどこか楽しそうだ。
「この俺の権限により、鏡佳の幻獣勇者としての契約を解消する! それで全ての条件は満たされる!」
『契約の解消を執行。契約媒体の消滅を以って、完了する』
 シードグリフォンが言い終わるのと同時に、鏡佳の方のブレスレットが光となって消える。
「これで俺は、鏡佳の身の安全を無視して全力で戦える」
 空弥のブレスレットが光、その両脚≠ノ獣の爪を意識したレッグガーター、空裂牙≠ェ装備される。
「いくぞ幻獣! あの餓鬼が創り上げたこの夜空を斬り裂き、俺達の空を見せてやる! 幻獣招来ッ!!」
「空弥にばっか良いカッコさせらんねぇな。いくぜエスペリオン! ドラグーン! 鎧竜武装ッ!!」
 空弥が右脚を高速で蹴り上げると、蹴りによって光が放たれ上空に幻獣を召喚する魔方陣が描かれる。
 同時に紅竜刀が地面を突き刺すと、竜斗の立つ地面に同じく魔法陣が描かれる。
 それぞれ青と紅の光を放つ魔法陣が、鋼の肉体を持つ幻獣を召喚する。
 シードグリフォンは急降下して空弥を乗せると再び上昇し、空中で人型に変形する。
 エスペリオン、ロードドラグーンは竜斗と融合し紅の竜戦士へと合体する。
夢幻一体! 幻獣勇者! シードグリフォンッ!!
鎧竜合体ッ! ロードッ! エェス! ペリッ! オォォォンッ!!
 空を翔る二体の幻獣勇者は、死地にも等しい戦場へと舞い戻る。
 命を掛けても護りたい、何かのために。






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