八雲学園内、商店区オフィス街。
 月より降り注ぐ光の柱から脱出したギルティ・デスペリオンは、破壊行動を取るでもなく空を見上げていた。
 待っているのだ。ただ一人、自分と戦う資格を持つ侠(おとこ)が現れるのを。
「来やがったな」
 夜をより暗く包み込む闇色の雲を切り裂きながら、紅と青の勇者が戦場へと舞い戻る。
「へぇ、待ってたのかよ。随分と余裕じゃねぇか」
「構わんさ、その分俺達はやり易くなる。元より条件は満たしている、多少の変化は誤差に過ぎんさ」
 まるでそれは、竜斗と獅季が並び立つ様。
 親友同士が苦難を前に、俺達なら、不可能はない≠サう表情が告げている。
 言葉には出さずとも、二人の間には確かな信頼があった。
「まさかオレと同じ顔が、獅季意外と並んでそんな表情してるのを見る羽目になるなんてな。流石のオレも、驚きと失望を隠せねぇぜ?」
 そこにいるのはタツトではない。
 しかしそれがさも自分はタツトだ≠ニ言っている様な素振りを見せるのが、不愉快で仕方がなかった。
「いい加減にしろよ、これ以上タツトの誇りに泥を塗るんじゃねぇ!」
「何言ってんだ? オレがオレの誇りを汚すわけねぇじゃねぇか」
 あくまでシラを切るタツトでないモノ。
 それを決定的な真実にするために、竜斗はその言葉を口にする。
「いい加減にしろっつってんだ、邪神鬼ッ!【じゃしんき】」
 邪神鬼、竜斗は確かにそう言った。
 それと同時に、戦場の空気が凍りつく。
『ほぅ、いつから気付いていた、小僧?』
 変わったのは空気だけではない。ギルティ・デスペリオンはな発せられる声が、低い、地響きの様な声が、戦場を突き抜ける。
「最初に違和感に気付いたのは、テメェが俺達に対して放った一撃。あの時、テメェは俺の事を幻獣勇者って、そう呼んだな?」
 たしかに、『消し飛べ幻獣勇者!』と確かにあのタツトはそう言った。
 それ以外の所では『竜斗』や罵倒する時でも『テメェ』だったにも関わらず。
「それも、最初は俺達全員を指したつもりだったのかって、思い違いとも思った。けどな、二回目の攻撃。あの剣は、紅月の剣じゃなかった。テメェには解らねぇかも知れねぇが、あの剣には剣士の魂の欠片も感じなかった。あれはただの破壊と暴力だ」
 獅季を突き刺した直後から、竜斗達の見解でいう所の人鬼から進化した邪鬼、真の邪鬼になったタツトは、紅月の剣を一切使わなかった。その一挙一動、全てにだ。
 構え、脚捌き、呼吸、間合い、刀の振りに至るまで、全てがまったくの別物だった。
 これは剣士にしか解らない感覚なのだが、竜斗はそれを確かに感じ取った。
 確かにこれまで、タツトは紅月の技を、竜斗の技を使ってきた。それが急に変われば、相手が別人なのでは、と疑問になるのは普通の反応だろう。
「そう思うと、テメェの全てがおかしく見えてきた。ああ、これはタツトじゃねぇんだなって」
 剣士としての動き、僅かな呼び方の差、そして、言うことを聞かない右腕。
 獅季を刺したあの腕に、タツトは『腕が言うことを、聞かねぇ』『誰かとめてくれ』そう言っていた。
 つまり、誰かがタツトの身体を乗っ取り、八雲学園に絶望を振り撒いているというわけだ。
「それにな、似てるんだよ、雰囲気が。父さんと戦ってた、あの邪鬼と……」
 竜斗の父、龍麻。彼を死に追いやる傷を負わせた、あの人間の姿で鎧を纏った二本角の邪鬼。
 もしあの邪鬼が、邪鬼界にいる誰かが、人間界にいる別の邪鬼や人間に乗り移った姿なら。
 それは竜斗の中で、確信へと変わっていた。
「そんな事できるのは、邪神鬼……テメェぐらいだろ?」
 エスペリオン達幻獣と相反し、過去何千、何万年に渡って対立し続けてきた存在、無限の邪鬼を統べる最強の鬼。
「真の邪鬼になるってーのは、邪神鬼の器として完成した邪鬼の事を指すんだろ? 人の命を奪うと、心に隙が出来て邪神鬼に身体を奪われる。自分の命を失うと邪鬼としての肉体だけがのこって、これもテメェの身体としての器にわる。だから、どちらの命を奪っても人には戻れない。良く考えたもんだな?」
 竜斗は説明の最後を皮肉っぽく締めくくり、ギルティ・デスペリオンに向けて鋭い眼光を放つ。
『そこまで解っているのか、ならば話は早い』
 ギルティ・デスペリオン、邪神鬼は竜斗に向け嘲笑すると徐に邪竜刀を振り上げる。
 それとほぼ同時に、竜斗はロードセイバーを構え、空弥は翼を羽ばたき上空へ舞い上がる。
『滅びよ、幻獣勇者!!』
 振り下ろされる邪竜刀からは、あの破壊の奔流が放たれ、戦場を真っ二つに割る。
「へっ、それもいい加減見飽きたぜっ!」
 破壊の奔流、邪皇極冥斬の真正面に踊り出て、ロードセイバーを振りかぶる。
「紅月流剣技ッ!」
 鳴月を放つのかと思うほど振りかぶられたロードセイバーは、振り抜きながら竜斗が月華の様に回転する事で更に加速を得る。
「秘剣ッ!」
 後ろから持ち上げたロードセイバー、否、回転する竜斗自身が地面から吹き上がる闘気を纏い、邪皇極冥斬へと振り下ろされる。
竜月ッ!!【りゅうげつ】」
 ロードセイバーは邪皇極冥斬を捉え、吹き上がる闘気はロードセイバーが振り下ろされると同時に竜の顎のような形になりその奔流を飲み込み、圧倒的な爆発力でかき消してしまう。
 ロードセイバーを振り下ろしたまま残身を取る竜斗と、それを見て少なからず驚きを見せた邪神鬼。
 技の威力から巻き上がった砂煙が晴れると、竜斗は顔を上げ、叫ぶ。
タツトォォォッ! 耳の穴かっぽっじって良く聞きやがれぇぇぇっ!!
 構えを解き、竜斗はただ叫ぶ。
獅季はっ! まだ生きてるっ!! 考えてみろっ! 邪神鬼が自分の身体があるのに死体なんざわざわざ取り込むはずがねぇだろっ!! アイツはテメェの身体だけで足りない器をっ! 獅季とレオンを足して補ったんだっ!! 獅季はまだ生きてるんだっ!!
 竜斗の叫びに、ギルティ・デスペリオンの左手の指が、意思とは別にピクリと動く。
だからっ! 寝ぼけてねぇでっ! とっとと起きやがれぇぇぇっ!!
うぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁっ!!
 直後、ギルティ・デスペリオンの左腕が、邪竜刀と融合した右腕を掴む。
『なるほど、流石は勇者の欠片。余の支配から逃れるか』
 自分の意思を無視する左腕を一瞥し、愉快だと言わんばかりに笑う。
「俺がテメェを止めるっ! 獅季を助けるっ!! テメェとの決着はそれからだっ!! 分かったかタツトォッ!!」
 鋼の拳が、同じく鋼の腕を締め付ける音がギシギシと鳴りながら、ギルティ・デスペリオンの赤い瞳が、左側だけ緑色に変わる。
テメェの力なんぞ借りるかっ! んなことになるくれーなら邪神鬼ごと死んでやるっ!!
 タツトの声だ。紛れもない、邪神鬼でもない、もう一人の竜斗でもない。紛れもないタツトの声。
そんだけ叫べれば上等ッ!! しばらく寝てろっ! 次に起きたら真っ青な空を拝ませてやるっ!!
 空弥にも見せた笑顔を浮かべ、満足気に叫びかける。
 そして、今度は空を見上げ、
「んじゃ、確認も取れたトコで。空弥ッ、本番行くぜっ!!」
 新たな親友へと合図を送る。
「あぁ、俺と竜斗で、この戦いを終わらせるっ!」
 この戦いを終わらせる。
 それは竜斗と空弥が口にせず、互いに思い描いたこの戦いの先。
 こうして邪神鬼が人間界に現れたのなら、今この場でギルティ・デスペリオンを倒せば、邪神鬼を倒せるかもしれない。
 ならば、倒す。
 かつて、竜斗を護る事で父・龍麻がなしえなかった幻獣勇者の真の目的。
 この世界のシステムを考えれば、邪鬼を根絶することは出来ない。
 しかし、そのトップを失えば、邪鬼はただの本能の塊に戻る。
 ならば、そのトップである邪神鬼を倒せば、何千、何万、何兆年と続いたこの戦いに、一度でも終止符を打てる。
 その結果、自分達がどうなるかなど解らない。傷ついた仲間が立ち上がって駆けつけてくれないかもしれない。
 それでも、倒す。そして、その犠牲にされようとしている全ての命を護る。救う。
「その為に俺は、この力を使う。俺が拒絶し続けた、この力をっ!!」
 空中に静止していたシードグリフォンから、シードカイザーに合体する時よりも更に大量の風が溢れる。
「さぁ、目覚めろっ! 風之皇ッ!!【かせのおう】」
 空弥がその名を口にした瞬間、溢れ出る風がシードグリフォンへと収束する。
 風を視認できる。
 本来ならありえない現象だが、シードグリフォンの周囲には確かに目に見える程の風が形を成して行く。
 鳳、否、翼竜に近いだろうか。
 竜斗の出した炎の鎧の様に、それはシードグリフォンの身体を包む風の鎧。
 しかし意匠も持った鎧、ではなく、シードグリフォンを内包した風の獣と言った方が正しい。
 それが、空弥の召喚した幻獣、風之皇≠ナある。
「あれが空弥の幻獣か……ならっ!」
 心底楽しそうな表情の竜斗もまた、ロードセイバーを構え呪文を唱える。
「燃え上がれ、俺の希望ッ! 」
 構えたロードセイバーが燃え上がり、それは瞬時にロードエスペリオンに燃え移ると、不定形ながらも鎧を形作る。
『風之皇、よもや一万年以上経ったこの時代で、相見えるとはな』
 低く響く地鳴りのような声。
 邪神鬼は一万年等という気の遠くなる様な年月を、さらりと口にする。
 それは、邪鬼界のトップがそれだけの年月を経て、尚変わらずに在る事を意味する。
「風之皇が俺に語りかけている。貴様を、この場で葬れ、とな」
 風の翼竜が翼を広げると、実態がないにも関わらずバサッ! と音が響く。
『ほぅ? 余を相手にそれ程の口を利くか。いいだろう、やってみるといい。出来るのであれば、だがな』
 仰々しい身振りを加えて、挑発してみせる邪神鬼。
 その姿は、どこまでも人間らしく、この状況を楽しんでさえいるようだ。
 人間らしい、というのはもしかすると間違っているのかも知れない。
 そもそも邪神鬼自体が、いや、今この場で詮索すべき事ではない。
 竜斗達は思考を切り替え、邪神鬼を見据える。
「竜斗、俺が合図をしたら二十秒時間を作ってくれ」
「ああ、任せろ。空弥も、トドメは任せるぜ」
「当然だ。条件は満たしている、奇跡すら起こしてやるさ」
 炎と風、それぞれの鎧を纏う幻獣勇者は、立ち塞がる世界最凶の絶望へと立ち向かう。
 不可能を可能に変え、奇跡さえも起こして、みんなが笑っていられる日常【せかい】を護るために。






 時を同じくして、八雲学園最東端、降流山の頂に位置する紅月剣術道場。
 その一室で、碧は目を覚ました。
「ん……ここは……?」
 既視感の様なモノを覚え、碧は身体を起こす。
 そこで初めて、自分が布団で寝ていたことに気付く。
「竜斗さんの家……なんで? あ……」
 低下している思考をなんとか立ち上げ、碧は自分の記憶の糸を手繰り寄せる。
「タツトさんの攻撃で気を失って……」
 そこから記憶がない。
 何らかの方法で一時撤退したのだろうかと、現状に対して思考を巡らせるが、身体が不思議な程倦怠感を訴え、思考の邪魔をする。
「竜斗さんは? みなさんは?」
 そこでようやく視線を自分の周囲に向け、自分と同じように布団に寝かされている黄華と鏡佳を見つける。
「竜斗さんは……」
『彼なら、出て行ったわよ』
 自分の胸元から聞こえるパートナーの声に碧が視線を落とすと、やりきれない、そんな感情を含んだ声が話かけてきた。
『おはよ、気分はどう?』
「まだ身体がだるい感じがしますけど、平気です」
『そう、なら後半日は寝てなさいね。碧ちゃんったらすぐ無茶するんだから、その平気は信じられないわ』
「あぅ、ホントに平気ですよ? それより……」
 からかいながらも自分を心配してくれるパートナーに笑みを浮かべる碧。
 しかし少しずつ回復してきた碧の思考が、この場にいない仲間の事へと向けられる。
「竜斗さんが出て行ったって、どういうことですか?」
『言葉の通りよ。敵さんが目を覚ましたから、止めに行ったの。あの娘のお兄ちゃんも一緒みたいよ?』
 お兄ちゃん、その言葉に空弥を連想する碧。
 そして同時に、その二人ではデスペリオンに勝てないとも考えてしまう。
「私も……行きます!」
『ダ〜メ、さっきもう半日は寝てなさいって言ったでしょ? いいから寝てなさい』
 珍しく自分の意志に反対するパートナーに、碧は驚きを隠せない。
「でもっ……」
『いい、碧ちゃん。こういう時良い女は、男の子の覚悟ってヤツを受け入れてあげるものよ』
 そう言い聞かせるシードペガサスの声が震えているのに、碧は気付く。
「……ペガサスさん」
『そうですね。今私達が戦場に赴いた所で、傷の癒えていない身体では足手まといにしかなりません。最悪、レディ達を失い、その心を折りかねない』
 会話に割り込んできたのは、黄華の枕元に置かれたグローブから発せられるシードユニコーンの声だ。
 そして彼の言葉は、全て事実である。
「またおいてかれちゃった。アタシ、まだまだだなぁ」
 いつの間に目を覚ましたのか、黄華が身体を起こさずに呟く。
「でも、大丈夫だよ。だって、お兄ちゃんは強いもん。アタシなんか足元にも及ばないくらい、本当に強い」
 いつだったか、黄華が幻獣勇者になる直前に、強さ≠ノついて問い掛けて来た男がいた。
 彼は、その当時の黄華が見ても、今の黄華が思い返しても、強かった。
 技術や腕っ節などではない。声を聞いただけなのに確かに強い≠ニ感じられた。
 そして、絶体絶命の自分達を助けに来た竜斗の声は、あの彼と同じ重さが、強さ≠ェあった。
「お兄ちゃんの足手まといなアタシは要らない。だから、強くなる。絶対、絶対に……」
 言いながら、黄華は自分でも気付かぬウチに拳を握り締めていた。
 誰にも見えない、布団の中で。
「……さ…ん」
 その声は、その場にいる全員の不意を付いて零れた。
「いや……兄さん……行かないで……」
 声の正体は鏡佳だ。
 誰もがその声に戸惑う中、全身から玉の様な汗を掻き、うなされている。
「おねがい……誰か……兄さんを……止め…て……」
 一筋の涙を流し零れる鏡佳のうわ言。
 それが何を意味しているか、その時その場にいた者には理解出来なかった。
 それが、これから起こる、大いなる絶望の兆しである事も。



 竜斗達が到着してから僅か一〇分、戦場は街の面影すら失っていた。
 幾度となく放たれたギルティ・デスペリオンの攻撃。更には双方の激突の余波で、ビルが建ち並んでいた街の一角が大きく開け、奇しくも戦場になっているのだ。
『オォォォッ!!』
「食らいやがれ、鋭月ッ!!」
 凄まじい破壊力と鋭さを秘めたロードセイバーが、ギルティ・デスペリオンを捉える。
『ぬるいっ!』
 しかし、ギルティ・デスペリオンはそれを邪竜刀を振り上げる事で難なく受け止める。
「はぁぁぁっ!!」
 それと程同時に、ギルティ・デスペリオンの背後にシードグリフォンが現れる。
 既に振り上げた左足の踵からは、超圧縮された風の刃が生み出されている。
 その大きさも、破壊力も、通常の倍以上だ。
ソニックスラッシュ・セイバーァァァッ!!
『その程度ォ!』
 振り下ろされる風の刃にギルティ・デスペリオンは、空いている左の拳でロードエスペリオンを弾き飛ばし、振り向む勢いで邪竜刀を一閃、風の刃を斬り裂く。
 そして、振り抜いた刃を返す手で、邪竜刀を地面に叩き付ける。
『邪皇ゥ! 獄滅衝ォォォッ!!【じゃおう ごくめつしょう】』
 邪竜刀が叩き付けられた地点を中心に地面が爆発し、地上と空中にいた二体の幻獣勇者に襲い掛かる。
 だが、ロードエスペリオンはその場に踏みとどまり、シードグリフォンは爆発を利用し更に上空へ舞い上がる。
 そして、それだけでは終わらない。
 爆発で巻き上げられた瓦礫や岩が渦巻く風に引き寄せられ、シードグリフォンの腕に身の丈の三倍近い巨大な槍を形成する。
『「貫けっ! ジオスティンガーァ!!」』
 高高度から落下と自身の翼、そして岩が槍の重さ、全てを以って限界の加速を得たシードグリフォンが攻撃の反動で硬直したギルティ・デスペリオンに飛来する。
『ぬぅぅんっ!?』
 それでも尚、ギルティ・デスペリオンは反応する。
 邪竜刀を振り上げ、乱暴故に破壊力を持った斬撃で岩の槍を砕く。その結果、
「これで、チェックメイトだっ!」
 身の丈の三倍近い岩の槍から、本命の、それでも尚身の丈近い巨大な岩の槍が剥き出しになり、邪竜刀を振り抜き無防備となったギルティ・デスペリオンの腹部へと突き刺さる。
セイバーァァァッ!!
 その叫びに呼応し岩の槍は内側から爆発、初めてギルティ・デスペリオンは吹き飛ばした。
『ぬぅおぉぉぉっ?!』
 左腕で腹部を押さえながらも、零れる濃密な闇色の液体で地面を濡らすギルティ・デスペリオン。
 大量の岩塊が内部から爆発したにも拘らず、未だ両の脚で立つギルティ・デスペリオン。
 決定打にはならなかったものの、あの圧倒的だった敵が怯んだのだ。
 チャンスは、今しかない。
「竜斗ッ!!」
「紅月流剣技ぃ! 紅蓮竜月ッ!!【ぐれんりゅうげつ】」
 まるでその合図が来るのが解っていた様なタイミング。
 空弥が叫ぶのとほぼ同時に、竜斗は動いていた。
 炎の鎧を纏うロードエスペリオンが、地面に突き刺したロードセイバーを月華の要領で振り上げ、それに沿って吹き上でられた闘気に鎧のの炎が引火する。
 振り下ろされる刃は、炎の顎を引き連れギルティ・デスペリオンへと襲い掛かる。
『むぅあだぁぁっ!!』
 この絶妙なタイミング、それでもまだ、倒れない。
 あの状態からギルティ・デスペリオンはあの破壊の奔流を放ち、ロードエスペリオンに対抗する。だが、
「これでいい」
「ああ、たった今全ての条件が満たされた」
 そう、これがトドメではない。
 最初の宣言通り、竜斗はこのタイミングで空弥に時間を作ったのだ。
「いくぞ、グリフォン。これが双御沢 空弥が、妹にしてやれる、最初で最後の兄らしい行動だ」
 シードグリフォンにしか聞こえない声で、自身のパートナーの名を始めて呼ぶ空弥。
『ああ、共にゆこう。今は貴様が我が主だ』
 言い終わり、シードグリフォンは右腕を前に突き出し指から力を抜く。
「風神…降臨……」
 空弥の呪文が、全身を包み込んでいた風の鳳に変化を与える。
 その風が徐々に収束され、突き出した右腕の上に一羽の鳥として新たに姿を得る。
 その収束は、まだ終わらない。
『くくく……』
 そんな状況で、邪神鬼の口から笑いが零れた。
『くくく……かかかかかかかかっ!』
 何を思ったのか、自分の腹部を押さえるのも忘れ、高らかに笑う。
『今ので倒せなかったのは失敗だったなぁ』
 違う、押さえるのを忘れたのではない。押さえる必要がなくなったのだ。
 流れていた闇色の液体は、まるで傷から流れた血液が瘡蓋となって傷を塞ぐように、闇色の水晶様な物質になり、腹部に空いた穴を塞いでいる。
 そして、言う。
『このまま貴様を葬り、力を溜め身動きの取れないもう一人を葬る。これで貴様等は終わりだっ!!』
 ギルティ・デスペリオンの両肩が、あの異形の変形を以って二つの頭部を出現させる。
 あの、竜と獅子の頭部が。
『この状態では回避も防御も不可能ッ!!』
 勝利を確信した笑みをこぼし、邪神鬼は破壊の呪文を高らかに叫ぶ。
『終わりだ、オーガスト・レオスマッシャーァァァッ!!
『ドラグーンッ!!』
 直後、漆黒の奔流がロードエスペリオンの視界を埋め尽くした。
『これで一人、後は……』
「誰を、なんだって?」
 ギルティ・デスペリオンが、シードグリフォンに向け邪皇極冥斬≠構えた瞬間、その声は戦場に響く。
 そして、漆黒の奔流によって巻き上げられた砂埃の中から、ロードセイバーが、炎の顎を伴って振り下ろされる。
「紅蓮竜月ッ!!」
 竜斗の放つ技に相殺され、邪皇極冥斬≠ヘシードグリフォンに届きすらしない。
『馬鹿な……何故あの状況で、無傷なのだっ?!』
 技の爆発力で砂埃が晴れ、姿を表したロードエスペリオンは無傷。
 ただし、今まで纏っていた炎の鎧は全て竜月に乗せ、代わりに全身を薄く光らせている。
『鎧竜ドラグーン・スケイル、これが鎧竜の真の力。ドラゴンの鱗は鋼鉄よりも硬く、どんな攻撃も通さない』
 ロードエスペリオンの語る光の正体。
 それは今まで竜斗が使いこなせなかった、ロードドラグーンの切り札。
 鎧の獣を纏う幻獣勇者の、最大の武器。
『小癪なぁっ!』
「そして、貴様はここで終わりだ」
 戦場に響く声に視線を向ければ、そこには向こうが透けない程にまで風を収束した鳳を腕にのせる、シードグリフォンの姿。
『滅びよっ! 邪神鬼ッ!!』
「風之皇ノ舞ッ!【かぜのおうのまい】」
 風の鳳が、大きく羽ばたく。
『「飛べっ!!」』
 二度羽ばたき風の鳳、風之皇は一直線にギルティ・デスペリオンの真心へと飛ぶ。
 それは瞬きすら許されない疾さ。
 風之皇に道を開けるべく、ロードエスペリオンは自ら技の拮抗を解き、その反動でギルティ・デスペリオンはバランスを崩す。
 決まった、邪神鬼を含めその場にいた全員がそう心の中で叫んだ。
 だが、奇跡とは、正義にだけ起こる現象ではなかった。
「……っ」
『馬鹿な……』
「……」
『……』
 四人である幻獣勇者が、全員驚愕に動きを止め、目を見開く。
 その中で、ただ一人、邪神鬼だけが笑い声を上げた。
『くっくっくっ、はーはっはっはっ……防いだぞ、幻獣勇者ァッ!!』
 無意識の内に、一瞬だけ自由になった邪竜刀を自身の身体へと引き寄せ、ギルティ・デスペリオンは奇跡的にトドメになるはずだった一撃、風之皇ノ舞≠受け止めたのだ。
『ぬぅぅあぁぁぁっ!!』
 受け止めた風之皇ごと、邪竜刀を力任せに振り抜き、ギルティ・デスペリオンは口元を大きく歪める。
『残念だったなぁ、幻獣勇者。今の技、余の身体から寄り代を抜き出す技だったようだが、これで貴様等の切り札も、尽きたっ!!』
 そう、風之皇ノ舞≠ヘ、その破壊力で敵を滅ぼす技ではない。
 ギルティ・デスペリオンの内部へと入り、意識を宿す寄り代であるタツト、獅季を救出するための技だ。
 それ故に、貫通力こそあれ、破壊力は、こうして苦し紛れの一撃に弾かれる程度だ。
 そんななか、空弥は俯き、聞こえるか聞こえないか程の声で呟く。
「ああ、残念だ。これが本当の切り札だ……」
 その空弥の呟きに掻き消されそうな中、邪神鬼は微かな風を斬る音を聞いた。
 そして、本来邪鬼が持つ戦闘への本能が、邪竜刀を背後へと振り抜かせた。
 風を斬る音の正体、それは弾かれてなお羽ばたき、再びギルティ・デスペリオンへの真心へと飛ぶ、風之皇。
 邪神鬼の振るう邪竜刀は、その音と先程の経験から正確にその位置を捉え、しかしかすりもせずにそれを見逃した。
『な……ぁあっ?!』
 今度こそ、風之皇はギルティ・デスペリオンへと直撃した。
 そして、そのまま身体を突き抜け、再び伸ばしたシードグリフォンの腕にとまる。
『何故ェ……何故外したぁぁぁ!』
 確かに捉えたはずの攻撃、しかし剣はあらぬ位置を振り抜いた。
 そう、少し前、タツトが支配を振り切り、自らの意志で動かした左腕に弾かれて。
「どう…だ……オレの身体を……勝手に使い…やがるから……こうなる…んだ……」
 途切れ途切れに紡がれる、タツトの声。
 彼は自らデスペリオンと完全に同化し、肉体の自由を得、邪神鬼の邪魔をしたのだ。
 それは、ギルティ・デスペリオンから脱出できない事を意味する。
 風之皇の口から、上を向けられたシードグリフォンの掌へと獅季の身体が降ろされる。
「タツト! なにしてやがるっ!!」
「へ……言ったろうが……竜斗に助けられる…くれぇなら……ゴフッ……このヤロウと死んで…やるって」
 こんな時まで、タツトは竜斗に憎まれ口を吐く。
「獅季は……確かに…返したぜ」
 そう言ったきり、ギルティ・デスペリオンの左腕がダラリと力なく垂れ、動かなくなる。
『ぐぅおぉぉぉぁぁぁぁぁっ!!』
 邪神鬼の断末魔の叫びが上がる。
 寄り代を失い、その心と身体を維持できなくなったのだろう。
 ギルティ・デスペリオンの身体がボロボロと崩れ、更にはサンレオンを吐き出し、その場に崩れ落ちる。
『余が……邪神鬼が……この程度の……小僧…ども……に……』
 サンレオンが分離し鎧である鎧も失った事により、そこには元のデスペリオンだけが残っている。
 ギラギラと刃のような敵意を宿していた紅い瞳は、光を失っている。

 倒したのだ。

 今度こそ、確実に。

 邪神鬼を、タツトを、倒したのだ。

 自分の分身の死に、壊れる程拳を握り締める竜斗は、親友の安否を確認するために振り返る。
「空弥、獅季…は……」
 その先にいる、新たな親友と、そのパートナーの姿を見つけ、そして竜斗は膝を突いた。
「くう…や……?」
 そこには、振り向いた竜斗の視線の先には、まるで石にでもなったかの様に色のなくなったシードグリフォンが、獅季を受け止めたままの姿で、たたずんでいた。
「りゅう…と……鏡佳…を……た…の……」
 それが、竜斗が聞いた、空弥の最後の声だった。
「空弥……?」
 邪神鬼が呼んだ夜は去り、太陽の光が差すはずだった青空は、灰色がかり、無数の涙を流す。
 まるで、竜斗一人では流しきれない分の涙を、世界が流しているのだと言わんばかりに。
「……っ、空弥ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
 親友を失った竜斗の叫びがただ、虚しく戦場に木霊した。






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