八雲学園中に轟く孫であり弟子である少年と同じ声を、紅月 龍造は降流山の頂で聞いていた。
「人間共、このオレに恐怖し、絶望しろ。今からオレが悪夢ってヤツを教えてやる」
 確かに少年の声で、しかしその少年が絶対に発さない、発してはならない言葉を口にしている。
「この……、デスペリオンでな!」
 自ら悪夢を名乗る少年の声は、本当に真っ直ぐで、少年そのもので、しかし全く違っていた。
「竜斗……、おぬしはまだ未熟じゃがここで立ち止まる男ではなかろう……」
 何処か寂しそうに、ここにはない何かを見るような遠い眼で誰にでもなく小さく呟く。
「おぬしはあの、紅月 龍麻(くづき たつま)の息子なのだから……」
 その言葉は風に掻き消され、誰に届くことも無い。
「これが勇者の道を選んだ者の運命だと言うのなら、ワシには見届ける事しか出来ぬ」
 老いた剣士は自ら力を振るえない事に、誰にも向けられない憎しみを感じ表情を歪める。
 産まれるのが早すぎた故に、力を振るう事も許されない。
 全てをまだ幼い少年少女達に委ねるその心中は、他の者には計り知れない苦しみがあるだろう。
 しかしそれでも、龍造は見届ける事しか出来ない。
 それが彼に課せられた、彼だからこそ課せられた絶対の使命なのだから。
「おぬし達を認めなかったワシが言えた義理ではないのは分っている。じゃが、願わくば……」
 悲しさと、寂しさと、罪悪感と、後悔、そんな感情の滲み出る瞳を伏せ、龍造は今一度遠くを見つめる目で空を見上げる。
「龍麻…まどか……、竜斗に……現代(いま)を生きる勇者達に、力を貸してやってくれ……」
 縋るような弱々しい龍造の言葉は、やはり山頂故に吹く風に掻き消されていった。

勇者幻獣神エスペリオン

第8話:『獣装』



 八雲学園に降り立つ巨大な漆黒の竜戦士と、それに並び立つ漆黒の獅子を胸に持つ巨人。
 その二体の魔神は何か大きなモノを見つめるように空へと視線を向けている。
「人間共、このオレに恐怖し、絶望しろ。今からオレが悪夢ってヤツを教えてやる」
 漆黒の竜戦士は、その右手に邪竜刀を構え世界中に宣戦布告するように天を突きその声を轟かせる。
「この……悪夢デスペリオンでなっ!!
 デスペリオンと名付けられた漆黒の竜戦士は、まるで主の意志に応えるが如くその姿形を禍々しい真性の魔神と化す。
 翼は竜よりも悪魔を連想させる歪な形に、指先は爪の様に鋭く尖り、肩や膝などのパーツからは爪や牙を思わせる突起が現れ、より邪悪さを増してゆく。
 更には胸の竜も牙や角で邪竜としか形容できないほど異形と化し、そして口を隠していたマスクが邪鬼を彷彿させる剥き出しの鋭い牙を得て大きく開かれる。
オォォォォォォォッ!!
 その姿形までも魔人・・・否、竜魔人へと変態させたデスペリオンは、理性を感じさせない禍々しい咆哮を轟かせる。
「悪魔……」
 デスペリオンの全身から湧き上がるその禍々しい気配に、思わず碧がそう呟いていた。
 周囲に満ち溢れる負の力、轟くのは魔獣の咆哮。
 碧だけでなく、黄華も、竜斗さえもその姿に驚愕の表情を隠せない。ただ一人、獅季を除いて。
 変化を遂げたデスペリオンに、人型になった今も足蹴にしているシードグリフォンの存在も忘れて見とれる獅季。
 むしろシードグリフォンを足場に、デスペリオンと少しでも目線を合せようとしているのかも知れない。
「最高だよタツト。本当なら竜斗の身体も欲しかったけど、もう贅沢を言う必要も無いみたいだね」
 竜魔人と化したデスペリオンを眺め本当に嬉しそうに笑うその表情は恍惚にも見え、一種異様な雰囲気を醸し出している。
「だーかーら、オレにそっちの趣味はねぇっての。それよりも……」
 微妙に顔が近い獅季を押し返し、足元に視線を向けるタツト。
 その視線は、デスペリオンとサンレオンの足元で碧と黄華に護られながら片膝を突く竜斗がいる。
「早く立てよ、竜斗。立ってオレと戦え!」
 今なら一歩踏み出すだけで竜斗を殺すことが出来る。しかしタツトは決してそうしない。
「面倒なのは抜きで、まずは刀を構える。そうだろ?」
 鮮血の如き深紅の刀身の切っ先を竜斗に向け、問答無用の勝負を突きつける。
 しかしロードエスペリオンから弾き出されたダメージがあるのか、竜斗は片膝をつき言葉もなく奥歯を噛み締めるだけだ。
「まったく、いつも『面倒なのは嫌いだ』とか言ってるくせに、どうしてこんなことするかな?」
 竜斗の絶望を煽る親友であった少年が、獅季が不意に竜斗に語りかける。
「ホントなら、キミが邪鬼になってそれで全部丸く収まったのに。竜斗はそれを拒んで、代わりにもう一人自分を創って邪鬼にするなんて。いったい何をしたのさ」
「んだ…と?」
 辛うじて言葉を返す竜斗に、獅季は呆れたとばかりに皮肉気な笑みを浮かべる。
「子供でも分る常識だよ、この世に同じ人間は二人いないんだ。いちゃいけない。なら、どっちかが死なないと」
「だからオレとお前が戦って、勝った方が本物だ。面倒な理屈はねぇ、簡単だろ? ようは勝ちゃぁ良いんだよ」
 タツトと獅季は笑う。これから起こる全ての事象が楽しみであるかのように。
 この世界において、自分達こそが正義で、自分達が絶対である。二人からはそんな自身が満ち溢れる。
 そう、竜斗と獅季がかつてそうだったように、二人ならばどんな事も恐れない、なんだって出来ると信じているのだ。
「ああ、そうだ。簡単な話だよな」
 自分の居場所を奪われた喪失感と悔しさと、怒りと悲しさと、それでも諦めない僅かな希望を噛み締めて、竜斗は立ち上がる。
「テメェを倒して、獅季も……取り戻す」
 今一度紅竜刀を構え、竜斗はパートナーへと力を注いでゆく。
「いくぞ! エスペリオン、ドラグーン、合体だ!」
『くっ……心得た!』
『グォォォォォォッ!』
 まだダメージの残る身体を奮い立たせ、エスペリオン、そしてロードドラグーンもまた鋼の身体を取り戻す。
『「鎧竜合体ッ!」』
 再び一つとなった紅の竜戦士は、愛刀ロードセイバーを構え漆黒の竜魔人と対峙する。
「そうだ、そうじゃなきゃ面白くねぇよ……なっ!」
 甲高い音を響かせ、紅と漆黒の巨人の刃が衝突する。
 互いの攻撃の威力を殺し切れず、斬り結んだ両者の足元に小規模なクレーターが穿たれる。
「はっ、こんなモンかよ、竜斗ォッ!」
「な・め・る・なぁぁぁっ!」
 両者は互いを突き飛ばす勢いで上空に舞い上がり、翼を広げる。
「竜斗さん!」
「お兄ちゃん!」
 一人で飛び出し単独戦闘する竜斗に叫び、碧と黄華が二人で頷き合う。
「「幻獣招来ッ!」」
 ロードエスペリオンを追う形で飛び出す二人は、纏った鎧を空中でシードペガサスとシードユニコーンに変化させる。
『ペガサスちゃん、はっし〜ん♪』
『シードユニコーン、参ります! ライトニングゥ……』
 シードペガサスは後ろ腰の翼でロードエスペリオンへと羽ばたき、シードユニコーンはデスペリオンに向けライトニングホーンを構える。
 全身に溜め込んだ力を解放し、爆発的な加速でデスペリオンへと突撃するシードユニコーン。しかし……、
「邪魔は、させないよ」
『しまっ?!』
 シードユニコーンとデスペリオンの間に割って入ったサンレオンが、ライトニングホーンを踏み台の様に蹴る事で並立つビル群の倍近い高度まで上昇したシードペガサスに追いつく。
 シードユニコーンは突撃の加速のまま、切っ先を蹴られたことで受身を取る間も無く地面に衝突し転がってゆく。
「うぁぁぁぁぁっ?!」
『ちょっと、それ反則臭いわよ?!』
「神崎流……」
 シードペガサスの脚を掴み、相手の身体に自分を巻き込ませる様な動作で背後を取ると同時に上も取る。
 それはさながら、本物の獅子が逃げる獲物に牙を立て、地面に叩き伏せるかのよう。
「獅子噛み落とし(ししがみおとし)!」
 動きを封じたシードペガサスの背中へ、サンレオンは渾身の蹴りを叩き込みその落下をさらに加速させる。
 僅かばかりの抵抗と薄い障壁を何重にも張るが、たいした効果もなくシードペガサスの身体は地面に叩きつけられる。
「きゃぁぁぁぁっ?!」
「ごめんね、輝里さん……」
 地面から上がる土煙に消えるシードペガサスに、申し訳なさそうに呟く獅季。
 だが、その背後にシードグリフォンが迫る。
「後ろがガラ空きだ!」
『ソニックブレイド・ダンス!』
 音速を超えた動きですれ違いざまに無数の真空波を放つシードグリフォン、しかしその攻撃はサンレオンを捉えてはいない。
「いい速さだね、人間にしては……」
 空弥の耳に届く獅季の声、その声はシードグリフォンよりも上から発せられる。
「上だとっ?!」
「けど人は、獅子には追いつけない」
 シードグリフォンとすれ違う瞬間、瞬牙でビルを蹴って上空へ飛び上がったサンレオンは、攻撃直後の硬直したシードグリフォンへと落下し闇獅子を構える。
「神崎流……、光牙(こうが)ッ!!」
 再びビルを足場に獅季は神崎流古武術の抜刀術、常人には抜刀の瞬間すら見えないとされる光の牙を放つ。
「ちぃっ!!」
「きゃぁっ?!」
 サンレオンが着地し、その直後に地面に落下するシードグリフォン。
 その左肩には深く鋭利な裂け目があり、左腕は力が抜けたようにだらりと垂れ下がっている。
「腕を落とすつもりだったのに……。上手く避けたね、鏡佳ちゃん」
 肩を押さえながら何とか立ち上がるシードグリフォンに、獅季は驚きと感心を隠さずに言う。
「神崎先輩……」
 応えるのは悲痛な鏡佳の声。
 獅季の声一つ一つが、彼が本物だと実感させるのだ。
 それは獅季への想いをその胸に秘める鏡佳にとって、ただただ辛い現実を突き付ける。
「化け物風情が……、鏡佳の名を口にするな!」
「化け物って、酷い言われようだね」
 空弥の罵声にも苦笑するだけで、獅季は大して堪えていないようだ。
 しかも、罵声と共に飛来する無数の真空波さえ、何気ない動作で避けてしまう。
「感情に任せたがむしゃらな攻撃って、案外避けやすいんだよ」
 余裕の表れか、微笑む獅季は自分から攻撃を仕掛けようとはしない。
 だが、その間にも上空ではロードエスペリオンとデスペリオンが刃を交差させる。
「タツトの邪魔さえしなければ、僕は何もしないよ」
 そう言ってシードグリフォンに背を向け、上空で切り結ぶロードエスペリオンとデスペリオンに視線を向ける獅季。
「……できません!」
 僅かな沈黙から獅季に答えたのは、碧の声だ。
 まさかそこで碧の声が返ってくると思っていなかったのだろう、獅季は驚きを隠せずに再び振り返る。
「竜斗さんが戦ってる。私は竜斗さんと一緒に戦うために、大切なモノを護るためにペガサスさんと契約したんです」
 言葉と共に飛来する光の羽が、シードグリフォンの傷口に吸い込まれるように消え傷を癒してゆく。
 視線を巡らせば、同じ光がもう2箇所。シードペガサスとシードユニコーンだろう。
「約束したの、お兄ちゃんの隣で戦うって。アンタなんかにどうこう言われる筋合いはないわ!」
 まだ完全に傷の癒えない身体で、瓦礫の山を崩して現れるシードユニコーン。
「神崎先輩……、私、先輩に会うためにここまで来ました。だから、必ず元の先輩に戻してみせます!」
 肩を押さえていた手を離し、今一度サンレオンの前に立ちはだかるシードグリフォン。
 そして、天使を思わせる光の羽を散らしシードペガサスが空から舞い降りる。
『さ、第二ラウンドといきますか』
『先程は不覚を取りましたが、二度目はありません』
『主たちよ、我等に騎獣の力を!』
 シードグリフォンを中心に並び立つ三体の幻獣勇者、その身体を目視出来るほどの高密度な風が包み込んでゆく。
「いくぞ! トライエレメンタル……」
 合体キーである呪文を唱える空弥、しかしその横を巨大な何かが一瞬で通過する。
「きゃっ?!」
 同時に聞こえる黄華の短い悲鳴に、空弥は思わず舌打ちをする。
 僅かに視線を動かせば、視界の端に連れ去られるシードユニコーンの姿が映る。
「流石にあの姿は厄介だしね、皆でコイツの相手でもしててよ」
『ォオォォォォォォォォッ!!』
 いつの間に現れたのか、サンレオンの後ろに立つ鎧鬼は雄たけびを上げる。
「行け、鎧鬼」
 獅季の命令を受けた鎧鬼は、こちらには目もくれず踵を返して飛び出す。
『よしこーい! ってドコ行くのよ?』
 あっさりと姿を消す鎧鬼に、拍子抜けしたシードペガサスが思わずツッコミを入れる。
「ちょっと、学校を襲うように命令しただけだよ」
「っ!?」
 獅季の言葉に、息を呑む碧。
「やっぱりほっとけないよね。急がないと学校の皆が危ないよ?」
 全く悪意のない、微笑としか表現しようのない笑みを浮かべる獅季。
 だが、その表情は正しく天使のような悪魔の笑みだ。
「ペガサスさん!」
『分かってるわよ!』
 碧に応え、シードペガサスが鎧鬼を追って空を舞う。
 その姿も、数秒もしないうちに見えなくなり、最初の戦場である商店区にはシードグリフォンとサンレオンだけが対峙している。
「さて、鏡佳ちゃんたちはどうするのかな?」
 シードグリフォンならともかく、他の二体では鎧鬼との1対1はあまりに不利だ。
 ここはどちらかに加勢し、確実に敵を倒すのが最善と言える。
「大丈夫、僕はタツトと竜斗の勝負に水を注すつもりはないから。君たちがここを離れるなら黙って見てるよ」
「信用できるものか、敵の言葉など」
 だから安心して仲間を助けに行っていい。そう言外に告げる獅季に、敵意を剥き出しにした空弥が答える。
「別に僕は君たちの相手をしてもいいけど、それは君たちにとって最悪の選択じゃないのかな?」
 戦力を分散され、各々が自身より強い敵と戦う。その結果は火を見るより明らかだ。
 いくら頭の悪い者でも、この単純な解答が理解できない者はいないだろう。
 今の幻獣勇者に、これ以上の援軍はない。ならば、少しでも戦力を集中して敵を各個撃破が好ましい。だが、……
「フン、ここで貴様を倒せば、何も問題はない」
 あくまでも、空弥はここで獅季と戦う気のようだ。
 決して利口な選択ではない、それでも空弥にはその道しか残されていないのだ。
 他のあらゆる物を犠牲にしてでも、鏡佳の望みを叶えると誓った空弥には。
「仕方ないね。そこまで言うなら相手してあげるよ」
 鞘に収めた闇獅子を握り直し、獅季も戦う姿勢を見せる。
「ごめんなさい、兄さん」
 空弥の選択が、全て自分を期に掛けてのことだと知っている鏡佳は目を伏せ呟く。
「お前が気に病むことはない。これは、俺が選らんだ生き方だ」
 全ての感覚を共有する妹に優しく微笑みかけると、空弥は目の前の敵を睨み付ける。
「化け物、その身体と心、返してもらうぞっ!」
「いいよ、僕を倒せるのなら……ね!」
 シードグリフォンの風の刃とサンレオンの漆黒の刃が斬り結び、ここにも一つ戦いの火蓋が気って落とされた。






 八雲学園の北側、八雲学園の中核とも言うべき学校区を前に、シードペガサスは鎧鬼と対峙する。
 本来ならばもっとひと気のない場所で戦いたいところなのだが、シードペガサス単機に鎧鬼を学校区から引き離すだけの力はない。
 むしろ、この鎧鬼がわざわざ学校区を戦場にするために、ここまでシードペガサスを引き付けたと言った方が良いだろう。
「こんな所で戦ったら、学校の皆がっ」
 視線だけで自分の背後に立ち並ぶ複数の校舎と、生徒が避難しているであろう体育館などを振り返り、微かに不安の滲む声で呟く碧。
 目の前の敵は合体した幻獣勇者がいて初めて勝利できた鎧鬼だ、今の碧とシードペガサスでは掠り傷一つ付けられないだろう。
 そんな絶望的な単独戦闘に加えて、直ぐ後ろには護ると決めた大切な日常がある。
 自分だけで護れるのか、本当に護ることが出来るのか。碧の心は少しずつ不安に蝕まれてゆく。
 だが、そんな碧の胸中は邪鬼の思う壺だ。
 碧の視線が捉えるよりも速く、鎧鬼は容赦なく攻撃を開始する。
『グゴオァァァァァァッ!!』
 邪鬼であった肉塊を内包した鎧である鎧鬼は、本来肉塊が持っていた筋力で砲弾のように突撃する。
 反応の遅れた碧に代わり、シードペガサスが咄嗟に幾重にも重ねられた光の障壁を生み出し鎧鬼の攻撃を止める。
『後ろが心配なのは解るけど、もうちょっと戦闘に集中してよね?』
 多層障壁によって衝撃を和らげたにも拘らず、シードペガサスの声は苦しそうな響きがある。
「ごめんなさい、でも……」
 攻撃力は皆無と言っても過言ではない自身の能力を考え、碧は学校区の外周を囲む塀に沿って巨大な障壁を展開する。
「今まではこんな事無かったのに」
『相手さんも、アタシ達との戦い方を学習したってことじゃないの?』
 学校区全体を覆う障壁と、更に鎧鬼の攻撃に対してピンポイントで二重三重の障壁を展開することで辛うじて学校区への被害を回避する碧。
「どうして……邪鬼に知能はないんじゃ……なかったんですか?」
 連続してシードペガサス越しに学校区を狙う鎧鬼の豪腕に、碧は苦痛と恐怖に表情を歪める。
『さっき命令出してた……獅季君…だっけ? がそうする様に何か細工したんじゃないかしら』
 後ろ腰に装備された翼、セイントウイングを羽ばたく事で無数の羽を散らせ、羽を頂点に幾重にも折り重なる障壁を作ることで鎧鬼の腕を絡め取るように受け止める。
「セイント・ディメンジョンッ!」
 シードペガサスが持つ数少ない攻め技、敵を拘束し止めへとつなげるセイント・ディメンジョンも、密度を増すために小規模に留め腕だけを拘束する。
『グガガッ?!』
 宙に固定され動かない自分の腕に一瞬戸惑いを見せた鎧鬼。
 だがシードペガサスにこのチャンスを活かすだけの攻撃方法は無く、もう片方の腕が届かない位置まで離れて申し訳程度にセイントウイングの羽を光弾にして撃ち込む事しか出来ない。
 それでもピンポイントで頭部、特に角の辺りを狙い少しでも注意を引き付け学校区から引き離そうと試みる。
『んもう、なんでそんなに硬いのよ!』
 元々大した威力もないのだが、シードペガサスの撃ち出した光弾は、まるで防弾ガラスをBB弾で撃ったかのように軽い音と共に弾かれてしまう。
「シードカイザーに合体できれば……」
 別の場所で同じように戦っているはずの仲間が、とても遠くにいるように感じられる。
 だが戦力の分断も、当然敵の思惑通り。
 碧達を孤立させ、勝てるはずのない相手をぶつけ、希望を奪い、より強大な絶望を生み出す。
『ホント、エグいことしてくれるわね、彼』
 恐らく獅季の事を言っているのだろう。シードペガサスがまったく効かない自分の攻撃に何時に無く苦しそうな調子で口にする。
『ゴガアァァァァァッ!!』
 密度を増しても足りなかったのか、それとも学校区を護る障壁に力を食われて本来の力を出せなかったのか、鎧鬼はセイント・ディメンジョンを無理やり引き剥がし攻撃を再開する。
「きゃっ?!」
 技を破られた衝撃と攻撃による直接の衝撃に、碧が短い悲鳴を上げる。
『碧ちゃん大丈夫?』
 自分も相当苦しいはずだが、それでもシードペガサスは碧の身の心配をする。
「はい、大丈夫・・・です」
 言って続く鎧鬼の攻撃を空へと舞い上がることで逃れ、同時に散らせた羽で再びセイント・ディメンジョンを試みる。
「セイント・・・、ディメンジョンッ!」
 今度は両足を束縛し、その足元に光弾を撃ち込み足場を崩すことで学校区とは反対側へと鎧鬼を転倒させる。
『わぉ、碧ちゃんやるぅ♪』
「私達には護る力しかないから・・・・」
 出来るのはただ、護ることだけ。倒すことは出来ないから。
 シードペガサスの言葉に言外にそう返し、碧は辛そうな、しかし希望だけは手放すまいと自身を奮い立たせる。
 倒すことは出来ない、仲間が来るのを信じて待つことしか出来ない。
 碧の手は、護り続けることは出来ても、守り抜くことは出来ないのだ。
 それは、希望であり、そして緩やかに近づいてくる絶望だった。






 時を同じくして、八雲学園南部の海岸ではシードユニコーンと鎧鬼の戦闘が繰り広げられていた。
「やぁぁぁぁっ!!」
 右腕に装備したユニコーンの角、ライトニングホーンで鎧鬼へ突撃するシードユニコーン。
『ゴォアァァァァァァッ!!』
 鎧鬼も同じく腕を突き出して突撃し、体格の差からシードユニコーンを簡単に弾き飛ばしてしまう。
『くっ、やはり最大出力でなければパワー不足かっ?』
 受身を取って何とか着地したのは、海岸から少し沖に出た海の上だ。
 膝までが水に沈んでいるが、それ自体は動きに支障はない程度。
 だがコレでもう二桁を超える回数、鎧鬼はシードユニコーンを海へと弾き飛ばしている。
「なんなのよ、アイツ。海に落としたくらいで有利になったつもり!!」
 怒りを露に、黄華は再びライトニングホーンを構え、回転と放電を武器に加える。
究極極大マキシマム……」
『ウガァァァァァッ!』
 シードユニコーンがライトニングランサーをチャージする瞬間を狙い、すかさず鎧鬼が突撃する。
 その動きは、まるで誰かに攻撃のタイミングを指示されているようで、確実に技の発動を阻止される。
『くっ、チャージが間に合わない?!』
 黄華の動きをトレースする為に装甲を犠牲に軽量化されているシードユニコーンの身体は、鎧鬼の剛腕に軽々と宙を舞う。
 そして着地するのは、やはり海の上だ。
「あ〜、もう! 水遊びでもしてるつもり?!」
 自分からは一切攻撃せず、黄華が技の体勢に入った瞬間を狙って陸から遠ざけるように致命傷にならない攻撃を仕掛ける鎧鬼。
 破壊衝動のみで動く邪鬼からは考えられない奇怪な行動だ。
 おそらくは学校区を襲っている鎧鬼同様、獅季に行動の優先順位を決められているのだろう。
 通常の邪鬼とは異なり、鎧鬼にはそういった制御系、命令を受け行動に反映する脳に当たるパーツがあるのかもしれない。
『落ち着いてください、レディ。先程から海水に雷が逃げています。おそらくそれがヤツの狙い、このままではヤツに攻撃は届きません』
 そう、脚が隠れる程度の海水なら、シードユニコーンの動きに支障をきたす事はない。
 しかし、シードユニコーンの攻撃に付加される雷は別だ。
 能力としては特殊なモノだが、発現されるのは所詮普通の雷だ。
 発現した時点で物理法則に支配され、流れ易い方向へと流れて行く。
 どれだけ能力で支配しようとも、水に触れていれば微量でもそちらに流れ普段通りにはいかないだろう。
「それでずっとアタシ達を海に?」
『そのようです、まずは陸に上がらなければ』
 一つの身体に二つの意思を宿す幻獣勇者は、未だ様子を伺うだけで自発的な行動を起こさない鎧鬼を睨みつける。
「けど、こっちの動きに合わせられるんじゃ、どう動いても押さえられちゃう」
 鎧鬼は決して自分から攻撃を仕掛けない、それはシードユニコーンが隙を作る瞬間を狙っているためだ。
 先に動けばそこに隙が生まれ、相手に攻撃のチャンスを与えてしまう。
「そうだ! アイツも海に入ってくれば、海伝いに雷で攻撃できるかもしれない」
 海に逃がされる雷を利用する、自分のひらめきに声を上げる黄華。
 しかしシードユニコーンは苦い顔で頭を振り、その提案を却下する。
『並の邪鬼ならば、それも一つの手でしょう。ですが鎧鬼の防御力を考えれば、効果は期待できません』
「そんな……」
 どんどんと自分の形勢を不利にしていく海に、黄華は全身に見えない鎖が繋がっているような錯覚まで覚えてしまう。
 思わず海がトラウマになってしまうそうだ、などと考えてしまうが、逆に自分にまだ余計な思考が働く余裕があるのだと気付く。
「鎖……、そっか!」
 何を思いついたのか、黄華の瞳に闘志が燃え上がり笑顔が戻る。
『レディ? いったい何を……』
「ユニコーン、ライトニングランサーチャージしてて。何があっても限界までチャージするの。いい?」
 シードユニコーンの言葉をさえぎり、黄華は鎧鬼を見据えながら指示を出す。
『りょ、了解! 究極極大放電(マキシマムライトニング)ッ!!』
 技の体勢に入ったシードユニコーンに、すかさず鎧鬼が襲い掛かる。
 突進と同時に振り上げた豪腕がシードユニコーンの身体を捉え、その身体をより水平線の近くへと弾き飛ばす。
「……捕まえたわ」
 ぼそりと、黄華の口から呟きが漏れる。
 そして次の瞬間、後方へと弾かれたシードユニコーンの身体が弧を描いて空へと舞い上がる。
『ウガガッ?!』
 何が起きたのか理解できない鎧鬼、その最低限の知能を持った目が自分の腕を掴む大型のアンカーの存在を認識する。
「プラズマアンカー、アンタに殴られた時につけさせてもらったわ」
 プラズマアンカーで鎧鬼との間に鎖を繋ぎ、シードユニコーンの身体は吹っ飛んだ勢いと伸びきった鎖の反動で身体を上空へと持ち上げたのだ。
『レディ! チャージ完了です!』
「アタシたちはどんな時でも一人じゃない。いつも二人で力を合わせているから、幻獣勇者なのよ!」
 身体の動きはすべて黄華が受け持ち、シードユニコーンはチャージに専念する。
 この作戦は一人では絶対にできなかった、幻獣と幻獣勇者のコンビネーションがあって始めて成功する。
「受けてみなさい、これがアタシとユニコーンの一撃よ!」
『はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
 鎧鬼の真上まで上昇し、シードユニコーンの身体が落下とアンカーを引き戻す勢い、そして技の加速を得て巨大な雷の槍となる。
『「ライトニングゥゥ! ランサーァァァァァッ!!」』
 巨大な槍は海面へと突き刺さり、更に巨大な水柱を上げた。






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