一方、戦場を空へと移した竜斗たちの戦いは形勢の変わらぬまま続いていた。
「どうしたよ、紅月 竜斗ってのはこんなモンじゃねぇだろ!」
「っるせぇ!!」
 白銀の鋼と鮮血の紅の刃が一度、二度、三度、甲高い音を響かせてすれ違い様に斬り結ばれる。
「だったら、もっと力を見せろよ!」
 再び刃を交わしてすれ違った瞬間、ロードエスペリオンの身体が急に後ろへと引っ張られる。
『何ッ?!』
 振り返るロードスエスペリオンの目が、デスペリオンの腕から伸びるワイヤーが自身の翼に絡まっているのを見る。
「こんなモンでぇ!」
 引っ張られるくらいならと、竜斗はデスペリオンの方へ飛び出し、その途中でワイヤーを一閃し断ち切る。
「隙だらけだぜ!」
 ロードセイバーを一閃した瞬間、無防備なロードエスペリオンをデスペリオンの胸の竜が吐き出した炎の奔流が飲み込む。
「うわぁぁぁぁっ?!」
『ぐおぉぉぉぉっ?!』
 ダメージに動きを奪われ、ロードエスペリオンが落下してゆく。
 下は海、戦闘中にいつの間には八雲学園を飛び出していたようだ。
「こんのぉぉぉ!!」
 海面に激突する瞬間、ロードエスペリオンの翼が大きく広げられ浮力を取り戻す。
 そのまま海面をすべるように後退し、上空から迫るデスペリオンへとロードセイバーを振り抜く。
「食らいやがれ、鳴月ッ!!」
 空を斬ったロードセイバーの軌跡が闘気を帯びた真空波となり、デスペリオン目掛けて放たれる。
「へっ、その調子だ!」
 何を思ったか、タツトはその場で月華の要領で回転する。
「こっちも鳴月だっ!!」
 月華の回転から邪竜刀を振り抜き、竜斗と同じく鳴月を放つ。
 二人の間で二つの鳴月が斬り結び、そして一瞬で竜斗の鳴月が斬り裂かれる。
「なにぃっ?!」
 自分の技が同じ技で容易く破られたことに驚愕する竜斗に変わり、ロードエスペリオンが翼を大きく羽ばたき上昇することで襲い来る鳴月を回避する。
 海面から上がる水飛沫にその威力を思い知らされるが、ぞっとする暇もなく上昇したロードエスペリオンの目の前にデスペリオンが迫る。
 甲高い金属音が鳴り響き、ロードセイバーと邪竜刀が斬り結ぶ。
 しかし斬り抜けることはなく、デスペリオンがロードエスペリオンを押さえ込む形で鍔迫り合いの体勢になる。
「どうして自分の技が負けたのか、そんな顔してるぜ」
「黙りやがれ!」
 力技で無理矢理デスペリオンを弾き返し、距離を取る竜斗。
 今度は自分が上を取り、落下の勢いもつけてロードセイバーを振り下ろす。
「鋭月ッ!!」
「そら、月波ッ!」
 下から斬り上げるようにして放つタツトの月波は竜斗の鋭月を簡単に弾き、ガラ空きになったロードエスペリオンの腹部へデスペリオンの膝がめり込む。
「がはっ?!」
『ぐっ、うぉぉぉぉぉっ!!』
 腹部を貫く激痛を堪え、ロードエスペリオンがデスペリオンの脚を掴む。
『ドラグゥゥゥンフレイムッ!!』
 ほぼ零距離で爆発する鎧竜の火炎に、ロードエスペリオンとデスペリオン、双方ともが吹き飛ばされる。
「ちっ、やってくれるぜ」
 流石のデスペリオンも、あの距離での攻撃では無傷とはいかないようだ。
 ドラグーンフレイムを受けた装甲が溶け、左手で押さえる腹部には紫電が走る。
 だが、それはロードエスペリオンとて同じこと。
 ドラグーンフレイムの熱量で竜の顎が多大なダメージを受けている、これではもうドラグーンフレイムを放つ事はできないだろう。
「すまねぇ、エスペリオン」
『いや、それよりも……』
 ロードエスペリオンの視線がデスペリオンへと向けられ、竜斗もつられて視線を動かし信じられないモノを目にした。
 デスペリオンを形作った黒いモヤが、デスペリオンの傷口から噴出して新しい装甲を作り修復していくのだ。
『長引けばワタシ達が不利になる一方のようだ』
「みてぇだな。一撃必殺、次で決めるしかねぇ」
 まだ全力で技が使える今、最良の条件で技を放ち勝負を決める。
 でなければ、現状の竜斗に勝ち目はない。
「ったく、傷の修復ってのも案外体力食われるな」
 完全に塞がった腹部の傷に、タツトの溜息混じりの言葉が漏れる。
 だがその声はまだ竜斗との勝負を楽しんでいる雰囲気があり、逆に危機感は感じられない。
「なら、そろそろ休ませてやるぜ!」
 未だ余裕を見せて修復した身体の調子を確かめているタツトへ、竜斗が言い放つ。
 ロードセイバーを握り直し、紅月流独特の右担ぎの構えで更に上空へと舞い上がる。
「いくぞ、エスペリオンッ!!」
『うおぉぉぉぉっ!!』
 デスペリオンへと急降下し、ロードセイバーが十字の軌跡を描く。
『「ローォォォドッ! クルスノヴァァァァァァッ!!」』
 ロードエスペリオンが描く十字の閃光がデスペリオンの身体を捉え、周囲には金属質な物が砕ける音が響いた。






 全ての幻獣勇者達が絶望的な状況に追いやられた中、一つの戦場が絶望的な結末を迎えようとしていた。
『あはは……、流石に限界かも…知んないわね』
 翼の片方をもがれ、だらりと垂れ下がる片腕をもう片方の腕で支えるシードペガサス。
 その脚付きもおぼつかず、今にも膝が砕けて倒れてしまいそうだ。
「はぁ…はぁ…はぁ……ごめんなさい、ペガサスさん」
 苦しそうに肩で息をする碧は、それでも自分よりも傷ついたパートナーへの謝罪を口にする。
 融合し感覚を共有している以上、同じ痛みを感じているにも拘らず、だ。
『そこで謝られると、おねーさん困っちゃうなぁ』
「でも、怪我をしたのは……私の所為です」
 鎧鬼の執拗な学校への攻撃に防御障壁が間に合わず、碧は無謀にもその身を盾にしたのだ。
 これがロードエスペリオンのように鎧を纏っているならばマシだったのだが、単純な装甲の厚さならただのエスペリオンよりも薄いシードペガサスだ。
 ものの数発受け止めただけで、既に満身創痍だ。
『グウォォォォォォォンッ!!』
 傷の治療を行う暇もなく、鎧鬼の攻撃が再開される。
 シードペガサスよりも一回り以上大きなその巨体は、近付くだけで威圧感を与え飛び掛れば恐怖すら与える。
『んもぉ、シールドッ!!』
 突き出したシードペガサスの掌の先に一枚の障壁が生まれ、鎧鬼の豪腕に砕かれる。
「っ……」
 シードペガサスの身体が無残にも地面を転がり、最早悲鳴すらまともに出せない碧。
 それでも起き上がろうと地面に手を突き、力を入れる。
(まだ、まだ諦めない……)
 僅かに首だけを動かして、視界の端に学校を映す。
 それだけで碧はまだ頑張れると、自分を騙して傷だらけの身体を奮い立たせる。
(護るって……決めたんです……、まだ皆の前で笑えないけど……)
 碧は自分を受け入れてくれる八雲学園という場所を、自分から拒絶した。
 他人に対して要らぬ恐怖を抱き、疑念を持ち、信じようとしなかった。
 それは環境が変わっただけでは、碧自身が変わるきっかけになりえなかっただけだ。
 自分から変わろうとするのが、怖かっただけなのだ。
(でも、竜斗さんがきっかけをくれた)
 誰かを信じて、等身大の自分をさらけ出す。
 そんな風に変われるきっかけは、もう碧は手に入れた。
 まだ人に対する恐怖は拭えない、素の自分では他人とまともな会話もできない。
 それでも、碧は信じたいと願った。
 いつか誰にでも等身大の自分で接して、誰とでも笑えるような日常を。
(だから、そんな日常を、護る……)
 少し前までの碧は、両親の笑顔を護るために全てを犠牲にした。
 しかし、今の碧は違う。
(皆の…笑顔を……護る……)
『でも、貴女の力だけでは護れないモノもあるわ』
 突然、碧の思考に女性の声が流れ込んでくる。
『貴女の優しさが生んだそのコでは、護り切れない時だってあるわ。そんな時は、どうするのかしら?』
 女性は碧に語り掛ける。どれだけ決意が固くとも、護れない時もあると。
(私には…解りません……)
 自分の中に答えを見出せないことが悔しくて、情けなくて、碧は瞼に熱いモノが溜まっていくのを感じた。
『簡単なことよ? 本当に簡単』
 女性はまるで子供に説いて聞かせる様に、優しくて柔らかな、包み込む様な声で言う。
『自分の力が足りないなら、求めればいの。自分に足りないものを、願いを叶えられる力を』
 それはまるで、母親に抱きしめられるような安心感。
 傷つき、折れそうだった心まで、しっかりと支えてくれる。
(力を……求める……?)
『そうよ、貴女はもう知っているはずよ。今の貴女は、求めた力を手に入れられる事を』
 力を求める、その言葉が碧の中でキーワードとしてある存在を連想させる。
(私に、応えてくれるでしょうか?)
『大丈夫。今の貴女なら、きっとみんなが応えてくれるわ。私が保証する』
 そんなはずがないのに、碧は女性の手が頭を撫でてくれたような気がした。
『さぁ、呼んであげて。まだ見ぬ誰かが、貴女の呼びかけを待ってるわ』
 女性の声が、碧の背中をそっと押してくれる。
 それが碧に立ち上がる力を与え、同時に碧に新しい力の息吹を感じさせる。
『碧ちゃん……大丈夫?』
 立ち上がった碧の耳に届いたのは、先ほどの女性の声ではなく、大切なパートナーの声だ。
「大丈夫です、もう」
 碧の声にもう苦しさはなく、その瞳には新しい希望が宿っている。
『その目は、ひょっとして呼んじゃうの?』
「はい、私は大切なモノを護るための、新しい力を求めます」
 しっかりと声に出して宣言した碧の心に、声ならぬ声が響く。
 それは碧が求めた力の名、竜斗が以前聞いた言葉を持たない彼の者の声。
『ウガァァァァァッ!』
 碧の様子など全く気にも留めない鎧鬼が、変わらぬ攻撃を仕掛ける。
 だが、それは天から降り注ぐ光の柱に遮られ、学校どころかシードペガサスにすら届かない。
 それだけではない、その光の柱はシードペガサスを包み傷ついた身体を瞬く間に癒してゆく。
『聞こえたのね?』
 安心と信頼を含むパートナーの言葉に小さく頷き、碧は心に浮かぶ呪文を紡ぎだす。
「夢を忘れし純白の聖獣よ、我が身に纏いてその夢を解き放て……」
 幻獣勇者の証である契約媒体、光翼輪を掲げ碧の心に響く名を高らかに呼ぶ。
「煌輪獣(こうりんじゅう)! リュミエールカーバンクルッ!!
 碧の声に天から降り注ぐ柱が一際大きく輝き、その中を通って何かが降りてくる。
 シードペガサスの目の前で止まったそれは、小動物を思わせる純白の身体に大きな二つの耳、三つに分かれた尾。
 額には第三の瞳とも言うべき赤い宝玉・ルビーアイを持つ小型の幻獣、カーバンクルだ。
『ミュゥゥゥゥゥ』
 鳴き声までそれっぽいカーバンクルに"可愛い"と感じてしまう自分に不謹慎だと胸中で注意し、そっと手を差し出す。
「あなたの力、私に貸してください」
『ミュゥゥゥゥ!』
 碧の言葉に一際高い鳴き声で応えるリュミエールカーバンクル、やる気は十分のようだ。
『それじゃ碧ちゃん、いっちょやりますか!』
「はい!」
 リュミエールカーバンクルから、碧とシードペガサスへ新しい呪文が伝わってくる。
 心に流れてくるその言葉を、碧とシードペガサスは想いのまま紡ぎだす。
『「煌輪武装ッ!」』
 碧たちの口から紡がれた呪文を受け、リュミエールカーバンクルの身体が鋼鉄の身体を得て変形する。
 大きな二つの耳が左右ともぴったりと繋がり、カーバンクルの背中を覆うように後ろに倒れる。
 同じように三つの尾も繋がることで一枚の板状のパーツになり、これは後ろにピンと伸ばされる。
 そうすることで耳と尾で大きな盾を形作り、シードペガサスの左腕に装着される。
 カーバンクルのルビーアイと共に、シードペガサスの瞳に新たな光が灯る。
『「煌輪合体……、リュミエェェェルッ! ペガサスッ!!」』
 大切なモノを護るための新たな盾を手にした、純白の幻獣勇者が今ここに舞い降りた。
「悪夢に縛られた悲しい夢を、純白の光にて解き放ちます」
 盾の面を前に構え、碧は鎧鬼に告げる。
『グゴオァァァァァァッ!!』
 所詮命令を実行する程度の知能しか持ち合わせない鎧鬼は、攻撃が効かないと理解することも出来ずにリュミエールペガサスへと豪腕を振るう。
 しかしその振り下ろされた鎧鬼の腕は、盾となったリュミエールカーバンクルに触れることすら出来ない。
 カーバンクルのルビーアイの放つ光が、目に見えない光の障壁を生み出しているのだ。
「もう、苦しまなくていいんですよ」
 碧に微笑み掛けられた鎧鬼は、何が起こったのか理解できないまま、その身体が宙に浮いてゆく。
 リュミエールペガサスが生み出す障壁が、鎧鬼を包む形で球状に変化し持ち上げているのだ。
『リフレクトシールド射出!』
 リュミエールペガサスが叫ぶと、カーバンクルの耳と尾が分解し鎧鬼の周囲に浮遊、固定される。
 各パーツの表面は、その名の通り鏡のように光を反射している。
『「煌輪昇華ッ! リュミエェェェルッ! サンクチュアリッ!!」』
 ルビーアイから発射された光線がリフレクトシールドの一つに当たり、反射を繰り返して五芒星を描き鎧鬼の身体を光で包み込む。
 光は次第に光量を増し、鎧鬼から邪鬼の根源たる悪夢や絶望を全て浄化してゆく。
 そして、最終的には密度をそ増すことで質量すら持った光の粒子が、鎧鬼の鎧すらも完全に破壊する。
「どうか、純白の光の中で安らかに眠ってください……」
 五芒星の光に包まれて消えた悲しい悪夢に小さく呟き、碧は仲間の待つ戦場へと向かう。






 仕留めた、黄華はそう確信していた。
 ライトニングホーンを伝って感じる、敵を貫いた確かな感触。
 何よりライトニングランサーを以ってすれば、如何に鎧鬼と言えど例外なく貫くことが出来るのは実証済みだ。
 だが、黄華のその確信は、完全に裏切られることになる。
『そ、そんな馬鹿な……』
「う…そ…?」
 確かに敵を貫いた、その手応えはあったのだ。
 だが黄華の目には、鎧鬼がシードユニコーンの頭程もある拳で、ライトニングホーンを掴み受け止めている様にしか見えない。
 そして水柱が収まると同時に視界に入る、粉々に砕け散った邪鬼の残骸。
 そこで黄華は思い出す、鎧鬼という邪鬼のその機能を。無数の邪鬼を肉体として取り込み活動する、戦う鎧であるという事を。
「……盾に……したの?」
 そう、鎧鬼はライトニングランサーがヒットする瞬間、自身の中に取り込んだ邪鬼を吐き出しバリケードにすることで威力を削ぎ、易々と受け止めてみせたのだ。
『ウガァァァァァッ!』
 力任せにシードユニコーンを海面へと叩き付ける鎧鬼、力が衰えていない事から多少邪鬼を消費したところで問題ないだけの数を取り込んでいるのだろう。
 海中に沈み見えなくなるシードユニコーンを、鎧鬼は決して逃さない。これを攻撃の機と察したのだろう。
 腕に繋がったプラズマアンカーでシードユニコーンを引き上げ、その豪腕で空へと殴り飛ばす。
「かはぁっ?!」
『…レディ……、ぐっ!』
 腹部にクリーンヒットした豪腕に肺の中の酸素が無理矢理吐き出され、一瞬呼吸を奪われる。
 だがそれでも鎧鬼の攻撃は止まらない。
 再びプラズマアンカーを利用して引き寄せると、渾身の力で豪腕を打ち付ける。
 それを、鎧鬼はまるでボール遊びのように繰り返す。
 幻獣勇者の中でも最も装甲の薄いシードユニコーンは、その攻撃に対し耐える事すら許されずに全身の力が抜けていくのを感じる。
(足りない……、アタシの力じゃアイツを貫けない)
 だんだんと薄れてゆく身体の感覚に敗北の足音を聞き、黄華の心を絶望が侵食し始める。
(約束したのに……、お兄ちゃんと約束したのに)
 “斗う竜を護れ”その兄の言葉を信じて戦ってきたというのに、黄華は結局竜斗の隣に立つことすら出来なかった。
 竜斗は今も戦っているだろう、他の仲間もきっと戦っている。
 そんな想いが、黄華の心の片隅でくすぶっている。
(アタシは…諦めたくない……もっと強く、強くなりたい)
 自分の力が及ばない、まだ仲間が頑張っているのに、身体に力が入らない。
 それが悔しくて、情けなくて、その悔しさに拳を握る感覚すらなくて。
 黄華は泣いていた、心の底から、涙を流した。
(お兄ちゃん……、アタシ、強くなりたいよぉ)
『だったら、思い描くんだ』
 不意に、黄華の脳裏に幼い日の記憶が甦る。
 それは小学校の時、クラスの男子とケンカをして負けたときだった。
 家に帰った黄華は兄に泣きついた。
『お兄ちゃん、アタシ、アタシもお兄ちゃんみたいに強くなりたいよぉ』
 負けたことが悔しくて、負けを認めるしか出来なかった自分が嫌で、泣きじゃくった。
 その時だった、黄華がその言葉を聞いたのは。
『黄華、強くなりたいか? だったら、思い描くんだ、今より強い自分を』
 それまで黄華が泣いてすがれば抱きしめてあやしてくれた兄が、その時から少しだけ厳しく接するようになった。
『勿論思い描くだけじゃ駄目だ。そんな自分になれるように、いっぱいいっぱい努力するんだ』
 そう言って兄は、格闘技を教えてくれるようになった。
 今の黄華の拳は、兄が与えてくれたと言っても過言ではない。
『より強い自分を思い描け、より強い力を思い描け』
 稽古のたびに、兄は黄華に言って聞かせた。
『強さに貪欲になれ、誰かのために、何かのためになら、人はいくらでも強くなれるんだ』
 兄の言葉が、黄華の中で次々に再生される。
 まるで、すぐ傍で励ましてくれているかのように。
(今より強い自分を……、今より強い力を……)
 鎧鬼を倒すための、大切な人を傷つける敵を倒すための、大切な約束を守るための、より強い力。
 そんな黄華の想いは、心の中で一つの形を成してゆく。
 そして思い描く。強く、ただひたすらに強く、思い描く。
 それは、幻獣勇者が手にする、新たなる力。より強大な絶望を振り払う、希望の光。
(お願い……アタシに応えて……)
 黄華は“両の拳を強く握り締め”、心の声を張り上げる。
(アタシはこんな所で立ち止まれないの。だから応えてっ!)
 麻痺してしまったのか、全身を蝕む痛みは既に感じない。
 いや、身体に力が入る。目だって開く、声だって出せる。
 だから黄華は、心でなんて回りくどいことは止めて、胸いっぱいに吸い込んだ息で呼ぶ。
「アタシに応えてっ! 武装獣ッ!!」
 その瞬間、黄華の声に応えたかの様に海流が変化する。
 突然変化した水の流れは鎧鬼の動きを遮り、シードユニコーンを鎧鬼の攻撃から救い出す。
 よく見ればそれはただの海流ではない、シードユニコーンを中心に発生する渦だ。
 渦はシードユニコーンを飲み込むことはなく、むしろその全身に刻まれた傷を綺麗に流してしまう。
『これはいったい……?』
 自身に起こったことを把握出来ないシードユニコーンが戸惑いを見せるが、黄華には既に笑顔が浮かんでいる。
「ユニコーン、アタシは力を求める。アイツを、アタシ達の前に立ち塞がる敵全部を貫く絶対の力を!」
 そう宣言する黄華の中には、既に新しい呪文が流れ込んできている。
『了解です、レディ!』
 シードユニコーンも主の言葉に全てを察したのだろう、その瞳が希望の光に満ちる。
「夢を忘れし槍なる螺旋よ、我に纏いてその夢を解き放て……」
 黄華の呪文を受け、シードユニコーンを中心に広がっていた渦が変化する。
 海流の影響下から離れ、陸に上がった鎧鬼へと高速で中心をずらし始めたのだ。
 その動きは、自身が呼び出されるのを今か今かと待ち構えているようにも見える。
「貫けっ! 流槍騎(りゅうそうき)ッ! ライオットノーチラスッ!!
 黄華によって名前を与えられた武装獣・ライオットノーチラスは、渦の中心から鎧鬼目掛けて一気にその身体を飛び出させる。
 それは砲弾の如き速度で鎧鬼の身体を貫き、空中で旋回してシードユニコーンのもとへと帰ってくる。
 その姿は長さだけならシードユニコーンの全長と変わらぬ長大さを誇り、10本の足をユラユラと靡かせる巨大な巻貝。
 海に生息する幻獣としてクラーケンとも並ぶ、強大な幻獣だ。
『ォオォォォォォォンッ!』
 何処に口があるのか、巻貝の中から大気を振るわせる鳴き声が発せられる。
「まだ終わってないわ、だから力を貸してっ!!」
 ライオットノーチラスに貫かれた鎧鬼が、鎧を分解させることで逃れたを視界の端に捉え、黄華が呼びかける。
『ォオォォォォォォンッ!』
 ライオットノーチラスの鳴き声を、黄華は一つの言葉として認識する。
『レディ、命令をっ!』
 シードユニコーンもまた、黄華と同じ言葉を聴いたのだろう。
 勝利を確信した、勝者の笑みを浮かべ命令を待つ。
「いくわよ、ユニコーン! ノーチラス!」
 自身の幻獣勇者たる証、契約の手甲を掲げ、黄華の口が新たな力を生み出す呪文を紡ぐ。
『「流槍武装ッ!!」』
 黄華の紡ぐ呪文に誘われ、ライオットノーチラスが鋼の身体へと変化し変形を始める。
 本体である巻貝と、10本の足の繋がった貝の底のパーツに分解し、それぞれがシードユニコーンの右腕と左腕に装着される。
 巻貝は右腕を肘まで差し込み、巨大な螺旋を描くドリルへと。
 円周に10本の足を持つパーツは足を折り畳み、小型の円盾に。
 右腕に宿る新たなドリルが海面に渦を穿ち、瞳に新たな希望と三つの意思が宿る。
『「流槍合体ッ! ライオォォットッ! ユニコーォォォンッ!!」』
 それはあらゆる敵を貫く絶対の矛、大切な想いを貫き通す最強の槍。
 今ここに、新たなる雷の騎士が誕生した。
「あなたの悪夢、アタシが全部まとめて貫いてあげる」
 鬼の形を取り戻した鎧鬼に巨大な螺旋のドリル、ライオットランサーを向け言い放つ。
『ゴガアァァァァァッ!!』
 回転を始めるライオットランサーに、律儀にも技の発動を阻止するために飛び掛る鎧鬼。
『愚かな……、アレストディフェンサーッ!!』
 鎧鬼に対して左腕の盾を構えるライオットユニコーン。
 アレストディフェンサーと呼ばれた盾は、折り畳まれた10本の足を展開し雷を纏って高速回転する。
 展開した足による大きさ、雷と回転で攻撃による防御力を得たアレストディフェンサーは鎧鬼を身体ごと弾き返す。
 どうやら足の1本1本が放電することで、海水に逃げることなく帯電しているようだ。
「逃がさないっ!」
 弾かれた鎧鬼に、プラズマアンカーの要領で腕ごとアレストディフェンサーを飛ばす黄華。
 すると盾から伸びる足が鎧鬼の四肢に絡みつくことで捕縛し、雷球に包んで空中に固定する。
「これでオシマイ、悪い子もオヤスミの時間よ」
 ライオットランサーがライトニングホーンを超える回転と放電で一瞬で最大出力に達し、螺旋を描く雷の槍となる。
『「螺旋流槍ッ! ライオット・ペネトレェェェェイトッ!!」』
 それは正しく剛槍。
 全身に雷を纏ったライオットユニコーンは今、天を衝く螺旋の雷となり鎧鬼を粉々に貫く。
 アレストディフェンサーによって分解・離脱も出来ぬまま、鎧鬼は雷の螺旋によって鎧の欠片まで粉々に砕け散った。
「いい子にしてたら、次はいい夢が見れるわよ」
 風に散り行く悪夢の残滓に、黄華は優しく言葉をかける。
 そして、仲間の待つ戦場へと走り出す。新たな希望を届けるために。






 八雲学園の二ヵ所で新たな希望が目覚める中、最初の戦場である商店区では絶望的な状況が展開していた。
 予想通り、いや、空弥や鏡佳の予想を遥かに超える力でこちらの追随を許さないサンレオン。
 全く歯が立たない強敵に、シードグリフォンは再び膝を突いていた。
「ちっ、化け物め……」
 もうどれくらいになるだろうか、獅季は空弥の繰り出す攻撃を微笑みを崩さずに全て捌いてみせた。
 それでいて攻撃はほとんど仕掛けず、カウンター気味に鞘や拳を当ててくるだけだ。
「もう終わりかい? 案外柔なんだね」
 そう言って笑う獅季には、やはり悪意はない。
 純粋ゆえに恐ろしい、そんな空っぽの笑顔だ。
「兄さん、私の力も使ってください。戦うのは、私より兄さんの方が……上手だからっ」
 苦しそうに表情を歪めながら、鏡佳は力の全ての主導権を兄に明け渡す。
「……無理をする、少しだけ我慢してくれ」
 妹の決意を感じ取ったのだろう、空弥は鏡佳から流れてくる自分とは別の属性を操る力を行使する。
『主空弥、これ以上の戦闘行為は主鏡佳への負担が大きい。次で勝敗を決さぬ場合、我は戦場を離脱する』
 空弥にのみ聞こえる心の声で告げるシードグリフォンに、空弥もまた心の声で答える。
「黙れ、そのくらい理解している」
 それは、シードグリフォンに融合して戦う度に感じていたことだ。
 空弥が力を使えば使うほど、何らかの影響で鏡佳の身体に多大な負担がかかっている。
 恐らくは同時契約という異例の契約による反発。
 空弥自身が本来持っている力が、鏡佳の身体に無理矢理入り込む事で拒絶反応を起こしているのだろう。
 それでも、争いに不慣れな鏡佳を、今まで一方的な暴力に晒され続けた大切な妹を、一人で戦わせることなど出来なかった。
 自分が本来の力を受け入れ、扱えば全てが上手くいくかもしれない。
 だがそうした場合、シードグリフォンという戦場の中に、鏡佳は独りぼっちになる。
 空弥にはそれが耐えられなかった、鏡佳が望んでこの場所に立つと言うならば共にその場に立って護ることしか出来なかった。
「安心しろ鏡佳。お前の大切な人は、俺が取り戻してみせる」
 だから、空弥は鏡佳を護って戦う。
 すぐ隣で、鏡佳の望みを叶えるために自分の全てを捨てる。
「ホントにもう終わり? なら僕はタツトの様子を……」
 動かなくなったシードグリフォンに声をかけた獅季は、まだ確りと脚を突いて立ち上がる姿を見て言葉を止める。
「ふぅん……そこまでの決意を見せられたら、応えなきゃね」
 射抜く様な視線を向ける空弥に、獅季もまた一人の剣士として刀を握る。
 それが、決意を持つ相手に対する礼儀であると獅季は知っている。
「あと三度、それで貴様を倒す」
 空弥の中で、宣言した三度の攻撃の力が溜め込まれる。
「僕が負けないとは言わない。ただ、僕も全力で応じさせてもらうよ」
 対する獅季はいつどんな状況でも抜刀できるよう、柄に手を添える。
 僅かな沈黙の中、先に動くのは空弥だ。
 翼を羽ばたかせることでほぼ垂直に上昇するシードグリフォンの周囲に、いくつもの小型の竜巻が発生する。
 竜巻は縦横無尽に渦巻き、正球体になってサンレオンに飛来する。
 だが竜巻が着弾した瞬間には、その場所に既にサンレオンの姿はない。
 地面を、ビルを、飛来する竜巻さえも足場に、神速の踏み込みで空へと駆け上がる。
「まず一つ!」
 避わした攻撃をカウントし、ビルの屋上を踏み切ってシードグリフォンへ突撃する。
「瞬光牙(しゅんこうが)ッ!!」
 神崎流の剣技の一つ、瞬牙で突進すると同時に抜刀することで斬り抜けたり相手を体当たりで弾き飛ばす技だ。
 一度踏み切れば、例え空中であろうと威力が死ぬことはない。
 が、サンレオンは身体ごとシードグリフォンをすり抜けてしまう。
 それが風によって生み出されたイリュージョンだと気付いたときには、地面に着弾した竜巻が土砂を巻き上げ巨大な竜巻に変化する。
「これが二つ目?」
 カウントを続けながら竜巻に巻き上げられ、着地出来ずに宙を舞うサンレオン。
 だがその程度で身動きが取れなくなる、神崎流古武術ではない。
 当然、竜巻に隠れて近付くシードグリフォンにも気付いている。
「もらったっ!!」
「これで三つ目だね」
 周囲の竜巻から無数の風の刃と共に突撃するシードグリフォンに、獅季は竜巻の流れを利用して自身を回転させその勢いだけで抜刀する。
 その刃は通常の獅季の抜刀よりも更に切れ味を増し、風の刃も、シードグリフォンも、竜巻さえもまとめて斬り裂く。
「終わりだね……」
 竜巻が収まり、獅季はそこで初めて自分が間違っていたことに気付く。
「ああ、これでチェックメイトだっ!」
 竜巻によって巻き上げられた土砂が、空中の一転に集まっている。
 そこには、シードグリフォンの姿が。
「まさかさっきのも?!」
 そう、風の刃と共に攻撃を仕掛けたシードグリフォンも、最初と同じイリュージョンだ。
 つまりは、最初の竜巻は当てるつもりはなく、目くらましとこの土砂を巻き上げるための攻撃。
『「ジオ・スティンガーァァァ……」』
 集められた土砂は、鏡佳から受け取った大地の力で手に鋭い岩の槍を作り上げてゆく。
 落下途中で動けないサンレオンに、巨大な岩の槍を構えたシードグリフォンが突撃する。
『「セイバァァァァァァァァァッ!!」』
 振り下ろされる岩の槍が、サンレオンの身体を貫く……事はなかった。
「悪りぃけど、獅季はやらせねぇ」
 空弥の耳に届くその声は、最初に飛び出した剣士の少年の声。
 そして、岩の槍を砕き、シードグリフォンとサンレオンの間に立ち塞がるのは、漆黒の竜魔人。
「……そん…な……」
 デスペリオンがそこに在るという事実に、鏡佳はその信じられない現実に言葉を詰まらせる。
 サンレオンを助けたデスペリオンは、シードグリフォンと距離を取ると空中で静止する。
「残念だけど、オレの勝ちだ」
 はっきりと、タツトの口から勇者の敗北が告げられる。
 それは、空弥にさえも絶望を与え、戦意を喪失させる。
「お、そっちは勝ったのか」
 不意にそう口にするタツトの視線は、北と南からそれぞれ合流する新たな希望を見ている。
「竜斗さんは、何処ですか」
「お兄ちゃんは負けない、アンタなんかに負けない」
 既にデスペリオンに気付いていた二人が、合流と同時にそれぞれの武器を構える。
 碧や黄華同様、空弥もまた戦意を失いながらもデスペリオンを睨み付ける。
「安心しろよ、今日やることはやったんだ。もう戦う気はねぇよ」
 突き刺さるような三つの視線に、タツトは苦笑混じりにぼやく。
 その証拠に既にその手には邪竜刀もない。
『はいそうですかって、今のアタシ達が聞くと思う?』
『覚悟してください。騎獣の力に武装獣を持ってすれば、解りますね?』
 ここでデスペリオンを逃がすまいと、包囲するような位置に移動するリュミエールペガサスとライオットユニコーン。
「だから待てっての。ったく、これでも見て落ち着けよ」
 そう言ってデスペリオンが放り出したのは、真っ二つに折られたロードセイバーだ。
 虚しい金属音を立てて地面に落ちる折れた剣は、戦場を一気に絶望に染め上げる。
「んな顔するなって、向こうに身体も落ちてるぜ? 海の上だけど」
 おそらくここでみなが絶望することまで計算した上で、こんな演出をしたのだろう。
 そう考えれば、タツトという人物は外見はともかく、やはり中身は完全に邪鬼なのかも知れない。
「オレを倒すより、竜斗の死体でも捜したほうがいいんじゃねぇのか?」
 こういう状況ならば、タツトと一緒になって挑発紛いの言葉を投げかけるであろう獅季は、何故か沈黙を決め込んでいる。
「とりあえず、お互いのためだ。今日は引かせてもらうぜ」
 戦う意思はない、お前らも早く竜斗を助けに行け。
 タツトの言葉の裏にはそんな意図が隠れているように思えるが、今の碧たちはそんな事を聴き取ることは出来ない。
 竜斗が倒された事への怒りと絶望感、そしてより大きな敗北感。
 そんな負の感情が、行動することすらためらわせる。
 そんな間にも、デスペリオンは少しずつ高度を上げ、三体の包囲網を抜けてゆく。
「ほら獅季、引き上げだ」
 デスペリオンから発せられるタツトの声に、獅季は黙って頷く。
「つーわけだ、竜斗にはもっと真面目にやれって伝えといてくれ」
 サンレオンを抱えたデスペリオンは、そういい残すとその場と飛び立つ。
 邪鬼出現の影響である暗雲は消え去り、戦場に残されたのは、傷ついた街と、敗北した勇者。
 そして、勇者の抱いた絶望だった。






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