クレープを食べ終えた竜斗と碧は商店区を駅前方面に向けて歩いていた。
 途中、銀行に寄って金を下ろしてきた事を考えると、何かしら大金を使う予定なのだろう。
「碧、今財布ん中どのくらいある?」
 銀行を後にして、不意に竜斗がそんな質問を投げかけた。
「えっと、1万円ちょっとです」
 学校指定の通学鞄から財布を取り出し、中身を確認する碧
「大体予想通りだな、多めに下ろしてきて良かったぜ」
 予想通りの言葉だったのか、竜斗は上機嫌にうんうん≠ニ頷いてみせる。
 碧はわけも分からず、ただ竜斗について歩くだけ。
 相手が竜斗ということで不安はないようだが、流石に戸惑ってはいるようだ。
「俺もいい加減買い換える口実が欲しかったトコだし、ちょうど良かったぜ」
 駅前に面した商店区の一角、主にオフィス街と呼ばれる都心にも見劣らない程のビル郡を前に竜斗は足を止めた。
 やや後ろについてくる碧に振り返り、竜斗は立ち並ぶビルの中から一つを指差す。
 ビルには碧でも見覚えのある有名な通信会社、正確には携帯会社の看板が掲げられている。
「ってことだから、さっさと行こうぜ」
 微妙にまだ事情が飲み込めてない碧は戸惑うばかりだが、そんなものは関係ないと竜斗はせの背を押してビルに入っていく。
 ガラス張りの自動ドアを抜けると、いくつかのテーブルが並べられたフロアが広がり、その奥に社員の待機するカウンターが20程並んでいる。
 そう、ここは携帯電話を扱う某通信会社の八雲学園支部兼支店である。
 通信に必要なアンテナや管制システムを管理する為に建設されたビルで、1階フロアでは携帯電話の直接販売を行っている。
 他にも違う会社の建てた同様のビルが存在するが、単に竜斗がこの会社の機種を愛用しているのだろう。
「あ、あの、竜斗さん? いったい何を・・・・」
 ここまで来てまだ理解していないのか、それとも理解しているのにその可能性を無意識に否定しているのか。
 とにかく碧は戸惑いを隠せずに竜斗の袖を掴み、上目遣いに竜斗の顔を見る。
「何って、ケータイ買うんだろ? ついでに俺は機種変更」
 口実が欲しかった、といっていたがこの事だったらしい。
 碧が携帯電話を買うのに合せて、自分も新しい機種に変更する。
 特に今の機種に不満はないが、いい加減古くなってきたので買い換えたかったといったところか。
「ぇ・・・えぇっ?! 買うって、私がですか?!」
 面と向かって告げられた事でようやく理解した碧が、驚きに普段は絶対に出さないような大声を出す。
 屋外でならともかく、屋内でその声量は周囲の目を集めてしまう。
「他に誰がいるんだよ、ってかちょっと声がデカイぞ」
 集まる視線を苦笑を浮かべることで無視し、竜斗はフロアを進んでいく。
 碧が付いて来ているのを確かめつつ竜斗が向かったのは、当然最新機種が展示されているテーブルだ。
「ど・れ・に・し・よ・う・か・な?」
 ずらりと並ぶ携帯電話は、正直に言うと竜斗にも詳しく解らない。
 実は中学に入ると同時に龍造に必要最低限の連絡手段として買わされてから、一度も買い換えていないのだ。
 最近の機種が高性能なのは分かるが、どんな機能があるかまでは全く解らないのだ。
 ちなみに、この八雲学園は学園外に情報が漏れることが有り得ないため、1〜2年ほど進んだ技術力を有しているとも言われている。
 よって、学園内で試験的に新しい機能を搭載した携帯電話を販売することもある。
 竜斗が今も旧式の携帯電話を使っていられるのも、それが理由の一つだ。
「竜斗さん・・・、私、機械は全然解らなくて・・・・」
 さも楽しそうに携帯電話を値踏みする竜斗の袖を引っ張り、慣れない人に怯える小動物の瞳で竜斗に助けを求める。
「ああ、大丈夫だって。俺もさっぱりだから、もう何が何だか解んねぇ」
 苦手な機械を前に不安いっぱいの碧とは逆に、竜斗は実に楽しそうである。
 この辺は新しい玩具を手に入れる少年の心境、碧には理解しがたい感情の変化だ。
「それに、解んねぇなら二人で同じの買って、一緒に使い方覚えればいいだろ?」
 不安に縮こまる碧の頭を優しく撫で、ここに来ることを思いついた理由を暴露する竜斗。
 結局は、自分が新しい携帯電話を買う口実が欲しかっただけなのかも知れない。
「ぁ・・・それって・・・・り、竜斗さんと・・・お揃い・・・・」
 どうやら、碧は碧で良いように解釈出来たようだ。
 しかし、今更ながらではあるが、碧は妄想癖があるのではないだろうか。
 これも人との繋がりを自ら放棄した過去がそうさせているのだとしたら、なんとも複雑な気分にさせられる。
「んじゃそろそろ真面目に選ぶか。とりあえず機能はそっちのけで、デザインで選ぶのが早そうだな」
「そうですね、折角機能で選んでも使いこなせなかったら勿体無いですし」
 やっと普段通りの碧に戻り、平和な雰囲気で一つ一つ手に取って見て回る。
 最新機種のテーブルをグルリと一周し、二人で一瞬考え込む。
「別のトコも見て回るか」
「はい♪」
 気に入るデザインがなかったのだろう、自然な動作で隣のテーブルへと移る二人。
 そこにはもう、先程の互いに顔を真っ赤にして恥ずかしがるぎこちなさはない。
 むしろ、こうして二人でゆっくり歩いて回る事を、純粋に楽しんでいるようにも見える。
 恐らく、この場にいた他の客や店員からは、この二人はカップルに見えたに違いない。
 そんなこんなで笑い合いながら30分程見て周り、碧が今までと違う反応を見せた。
「あ、これ可愛いです♪」
 そう言って碧が手に取ったのは、良く言えばシンプル、悪く言えば無機能、どう見ても売れ残りの旧型機種である。
 現品限り∞大特価≠ネどのポップがいくつも貼り付けられ、サンプル用の展示品とは言えかなり傷が目立つ。
 他の機種と比べ特筆されている機能はなく、もう店側にも売る気が感じられない。
 そもそも展示品を並べて現品限りとは、いったいどういう意味なのか。
 デザインは実にシンプルな開閉式の携帯電話、ディスプレイが反転するワケでもスライドして横向きになるワケでもない。
 申し訳程度のカメラ(実際にはデジカメ級の性能だが八雲学園では既に型落ち扱い)が搭載され、サイドボタンもシャッターだけ、今時の若者なら間違いなく目にも留めないようなデザインだ。
 それでも碧はそれが本当に気に入ったようで、何度もディスプレイを開け閉めしたり、展示品の仕様で押せないボタンを必死に押してみたりと色々試している。
 あまりに嬉しそうな碧を見ていると、竜斗も不思議とその携帯電話を手に取っていた。
 同機種は白と青の二色が展示されており、碧はさっきからずっと白の方と格闘中だ。
「む〜、付いてるのは基本の通話にメール、それにカメラくらいか。後は着信ランプだけって、えらくシンプルだな」
 とは言ったものの、竜斗の使っている機種はカメラさえ付いていない、最近ではカンタンケータイ等と呼ばれてもおかしくない性能だ。
 単純な通話機能やメール機能だけでも、十分竜斗のそれよりも高い性能を期待できるだろう。
 更に言えば、竜斗は携帯電話でラジオを聞く気もテレビを見る気もない。
 お財布ケータイなんて言われても使う機会は無いだろうし、八雲学園にいる間は地図機能も必要ない。
 そしてなにより、大特価≠ニ書かれたポップには最新機種の実に約3分の1の値段がデカデカと書かれている。 (そもそも電話とメールが出来りゃ、他の機能は飽きたら使わなくなるだろうしな。このくらいが丁度いいか)
 碧に倣って竜斗も携帯電話を開け閉めし、ボタンを押す真似をして使い心地を確かめる。
「碧、どうする? 値段も手ごろだし、気に入ったならコレにすっか?」
 思ったよりもしっくりとくる手応えに、竜斗は携帯電話と格闘を続ける碧に声をかける。
「いいんですか?! 別に、竜斗さんが嫌なら・・・その・・無理しないでください・・・ね?」
 まったくもって、こういうところは可笑しなくらいに遠慮がちである。
 あれだけ嬉しそうな顔をされれば、竜斗は性格上折れるしかない。
「いやほら、今日の主役は碧だし。それに俺のはついでみたいなもんだからな。正直、碧が選ぶなら超絶に少女趣味なケータイでも甘んじて機種変するつもりだったぞ?」
 碧が少しでも気負わないよう、冗談めかして答える竜斗。
 その冗談が効いたのか、それとも竜斗の胸中を察したのか、碧も笑顔で頷く。
「竜斗さん・・・・、はい、ありがとうございます」
 竜斗も男の子だ、こんな純粋な笑顔を見せられれば思わずドキドキしてしまう。
 しかし、そのくらいは今日何度も見せたポーカーフェイスで上手く隠し通す。
 ここはぎこちなくなる所ではなく、笑って応える所だと自分に言い聞かせて。
「よし、決まったならさっさと本物買いに行こうぜ」
「はい♪」
 二つしかない展示品を片方ずつ手に持って、二人は店員のいるカウンターへと歩いていった。






 携帯電話を購入して10分ほど、竜斗達は学園内で人気の喫茶店に来ていた。
 料理やドリンク、デザートはもちろん一級品だが、中にはウェイトレス目当ての客も少なくは無い。
 竜斗達は食後(?)のお茶がてら、携帯電話の機能を色々と試してみようと立ち寄ったのだ。
「ふ〜ん、実物はなかなかのモンだな」
 傷だらけの展示品とは違い、まだ光沢すらある綺麗な青い携帯電話を手に感心する竜斗。
 付属機能が少ないおかげで、逆にすぐに使い慣れそうである。
 使い方自体はほとんど取扱説明書なしでも、問題ないレベルであったことは言うまでもない。
「竜斗さん、どうすればいいんですか?」
 もうすっかり教えてもらう気満々の碧が、携帯電話を手に目をランランと輝かせている。
 積極的なのは嬉しいが、少しは自分で説明書を読もうとはしないのだろうか。
「・・・・とりあえずは、ケータイそのものを知るトコからだな」
 最近では休み時間に勉強を教えてもらったりなどしていた碧に、こうして物を教えることに竜斗は凄まじい違和感を感じてしまう。
 しかし教えると言った以上、竜斗も後には引けない。
 碧もまた竜斗が教えてくれるということで、おっかなびっくりではあるが携帯電話を相手に四苦八苦する。
 携帯電話がどういうものかすら正確に把握していない碧に、ボタンの配置からボタンの種類、マークの意味、専門用語等々、基盤になる知識から順を追って教えていく。
「んで、相手の番号を押してから・・・・この受話器を上げてるボタンで電話を掛ける」
 碧に自分の携帯電話の番号を教え、電話を掛けさせる竜斗。
 少しして電波が繋がり、二人の携帯電話からお決まりのコール音が流れる。
「えと、コレで良いんですか?」
「そ、そしたら耳に当てて、後は普通の電話と同じだ」
 碧が携帯電話を耳に当てたのを見計らって、竜斗も着信を取り携帯電話を耳に当てる。
「・・・・もしも・・・し?」
 コールが切れて通話状態になった事を理解した碧が、語尾が疑問系な言葉をスピーカー越しに送る。
 もっとも、目の前にいるのだから直接聞こえているのだが。
「お、おう、聞こえるな」
 喫茶店の中ということで微妙な周囲の視線に曝されながら、竜斗も碧に聞こえているか確認する。
「は・・い、ちゃんと・・・聞こえてきます」
 スピーカーから聞こえてくると言いたいのだろうが、何故か碧の顔が紅潮している。
「よし、切るぞ」
 そう言ってから携帯電話を耳から離して通話を終了し、碧にも通話を切る方法を教える。
 次はメール。やはりまずはメールとは何か、から説明して操作方法を教えて行く。
「ボタンに書いてあるあ・か・さ・た・な≠チてのがそのボタンで打てる五十音の行を表してて、続けて押すと順にあ・い・う・え・お≠フ段が出てくる」
 竜斗の説明に、碧が開いたメールフォームに五十音を一通り打ち出していく。
「んで、ここにちっさく ゛・ ゜≠ェあるだろ? このボタンで文字を濁音とかにできるんだ。が≠ネらか・ ゛≠チて感じにな」
「えと、こっちを押してから・・・・こう! 出来ました♪」
 恐らく今の碧は、幼い頃両親に新しいことを教えてもらっていた時に似た気持ちなのだろう。
 自分の出来ることが増える度に、見ている方が恥ずかしくなるくらい嬉々とした声を上げる。
「んじゃ、まずはそれでメール送ってみて、メールにも慣れような。短くて良いからなんか書いて送ってくれよ」
「みゅっ?! い、いきなり・・・ですか?」
 竜斗の提案に目を丸くして驚く碧。
 何かこう、ガビンッ! という擬音が聞こえてきそうなリアクションに、思わず竜斗が噴出して笑いそうになる。
「大丈夫だって、初めから上手く出来たら練習する意味がねぇだろ? 間違ったらちゃんと教えてやるから」
「・・・はい」
 返事をしてから、しばらく碧が携帯電話と格闘している。
 思った文章が打てないのか、何度もカチコチとプッシュを繰り返しその度にピポパポと電子音が鳴る。
「お、送りました・・・・」
 語尾が小さくなるのは、まだ自信がない碧の心の現われだろう。
 竜斗はメールを受信したのを確認してから一つ頷き、慣れた手つきでメールを開く。

≪きようはありがとうこざいました≫

 だいたい予想通りのメールに、竜斗は碧が分からないくら小さく口元を緩める。
「碧、ありがとうこ≠エいました、になってる」
「みゅぅ〜」
 言いながら竜斗はメールに返事を書き、素早く送信する。
「え? り、竜斗さん・・・何か動いてます・・・・」
「そりゃメールしたからな、何も無いほうが驚くぞ」
 メールを送信したまま放置していた碧の携帯電話の画面に、メールの着信を知らせる動画が流れる。
 だが碧は、それが何を意味しているかすら理解できないようで携帯電話を持ったまま硬直する。
「えと、竜斗さん・・・・」
 結局送られてきたメールに対処できずに、碧が小動物を思わせる仕草で竜斗に助けを求める。
「このボタンを押して、ココに合わせてもう一回。この封筒が閉じてるマークが読んでないメールのマークだから、これが送られてきたメールって事」
 竜斗にコクコクと頷くことで応え、携帯電話を操作してメールを開く碧。
「えっと、≪こちらこそ、喜んでもらえたなら幸いだ≫」
「いや、別に口に出さなくていいから」
 恥ずかしげもなく口に出してメールを読む碧に、竜斗はガックリとうな垂れツッコミを入れる。
「あ・・・み、みゅぅ〜・・・・」
 自分が恥ずかしい事をしていたと理解して、碧はまた真っ赤になって顔から湯気を上げる。
「剣の道を修める者が勝負に負けたと言うのに・・・・。女に現を抜かしているとは、良い御身分だな、紅月?」
 茹でダコ状態の碧に苦笑を漏らしながら先に頼んでいたコーヒーを一口啜る竜斗の耳に、なにやら聞いてはいけない声が届く。
 声がしたのは竜斗の後方、むしろ真後ろだ。
 竜斗は恐怖と絶望に引き攣った顔で、まるで錆びたボルトの様にギリギリと首を回して後ろを見る。
「紅月、随分と楽しそうじゃないか」
「こんにちわ、竜斗クンに輝里さん」
 タップリ20秒掛けて振り返った竜斗の目に映ったのは、つい数時間前に試合をし敗北した鳳凰寺 赤と、その恋人の葵 瑞波(あおい みずは)である。
 二人は登校する際とは違う、洒落に着飾った服を着ているところから、部活の後に一度帰宅して着替えてきたのが窺える。
「は・・・はは・・・、奇遇っスね、お二人もデートっスか?」
 もう空笑いくらいしか出てこない、竜斗は緊張に乾く喉に声を出すのさえ大変な労力を要する。
「何かおかしいか? 休日の午後、恋人同士がデートの一環に喫茶店に寄るくらいは普通だろう?」
「ねぇねぇ、お二人も≠チてコトは、竜斗クン達もデートなんだ♪」
 冷笑でプレッシャーを押し付けてくる赤と、人懐っこい笑みでズバリ直球の質問をする瑞波。
 竜斗をからかう事にある種の喜びを感じている二人にはスキンシップ程度の感覚だが、竜斗にしてみれば良い迷惑だ。
「みゅぅ〜・・・・ふぇ? ほ、鳳凰寺先輩に葵先輩?! こ、こんにちわ!」
 良いのか悪いのか理解しにくいタイミングで正気に戻った碧が、いつの間にか竜斗の後ろに立つ二人の先輩に頭を下げる。
「ああ、邪魔している」
「ふふ・・・こんにちわ、輝里さん」
 最初に会議室で見た生徒会長の碧と今の碧とのあまりのギャップに、自然と微笑を浮かべる二人。
 それだけで済んでいたら良かったモノを、瑞波は竜斗と碧の手に握られた携帯電話を目に留めた。
「あれ? ・・・あれあれ?」
「ん? どうした、瑞波」
 急に嬉しそうに笑い出す恋人に、怪訝そうな顔を向ける赤。
 しかし瑞波の視線を追って、その意味にあっさりと辿り着く。
「紅月、お前もなかなか隅に置けんな」
「な、なんっスか?」
 ニヤリと意味深な笑みを浮かべる赤に、竜斗の背中に冷たい物が流れる。
「ねぇ竜斗クン、・・・・ラヴラヴ?」
「ブ〜ッ!!!」
 瑞波の発言に取り乱す、と言うよりも吹き出した竜斗。
 コーヒーを口に含んでいようものなら、確実に二人に吹きかけていただろう。
「な、何言ってんスか。き、今日はたまたま碧が昼飯に弁当持って来てくれたから、そのお礼に色々遊んで回ってるだけっスよ」
「なるほど、それでデートついでにケータイをお揃いにしてきた訳か」
「さり気なく輝里さんへのポイント稼ぎするなんて、竜斗クンもやっぱり男の子だねぇ」
 竜斗をからかうのが目的な先輩二人は、竜斗の異議申し立てを軽く聞き流してしまう。
「あ、いや、ケータイはこの方が色々と便利だったんスよ。いや、ホントに。碧がケータイ使ったことないって言うんで、使い方教えるなら同じ機種の方が俺も教え易いって、ホントにそれだけっス」
「ほ〜、紅月が輝里さんに使い方教えているのか」
「へ〜、竜斗クン優しいんだぁ」
 毎度毎度からかわれているのは解っているのだが、竜斗は反射的に二人に対して言い訳がましい言葉を並べてしまうのだ。
 碧は碧で、こういった場面に遭遇したのは初めてのため、どうして良いか解らずにオロオロと事の成り行きを眺めている。
「あ、そうだ。折角お揃いの機種にしたんだから、記念におねーさんからプレゼントあげちゃう」
 そう言って瑞波は手に提げていたポーチから小袋を取り出し、その中身を竜斗と碧に一つずつ手渡す。
「はい、ちゃんと付けてくれないと赤がお仕置きするからね♪」
 手渡されたそれは、つまるところ携帯ストラップだ。
 携帯を購入した相手に渡すものとしては、妥当な所だろう。
 ただ問題なのは、そのストラップに付属する白くて丸い物体である。
「・・・・コレは・・・・」
「・・・・ひんちゃんです♪」
 そう、ストラップに付属する白いソレは、黄華が嬉しそうに抱いていたニワトリ(?)のヌイグルミの小型版である。
「瑞波、ソレは俺が・・・・」
「いいじゃない。可愛い後輩へプレゼントするのも、先輩の務めでしょ?」
 ちなみに瑞波の手にある小袋には、この近くにあるゲームセンターのロゴが入っている。
 恐らくこのストラップは、赤がキャッチャーマシーンで手に入れた景品なのだろう。
 ちなみにストラップの紐には、小さな字でひんデンブルグT世≠ニ書かれている。
(そう言えば、黄華もV世がどうとか言ってたな・・・・)
 と先ほどの大通りでのやり取りを思い出しながら、竜斗は強烈な殺気を帯びた視線に反射的に顔を上げた。
「紅月・・・。俺が取ったひんちゃんだ、大切にしろよ・・・・」
 いつもとは明らかに種の異なる赤の凄みに、声も出せずにただカクカクと頷くことしか出来ない竜斗。
「葵先輩、鳳凰寺先輩、ありがとうございます。とっても、可愛いです・・・♪」
 と言ってストラップを大事そうに握る碧、やはりソレが携帯電話に付けるものだという概念がないらしい。
「碧、これはな、この穴にこうやって通して・・・ケータイに付けるモンなんだ」
「えと、こうやって・・・あ、出来ました♪」
 竜斗がやって見せ、碧がソレを真似て携帯電話にストラップひんデンブルグT世を付ける。
「こうしていると、中学生のカップルを見ている気分だな」
「ホント、初々しくて見てるこっちまで恥ずかしくなっちゃう」
 付き合いだしたばかりの自分たちを思い出しているのか、赤達は微かに遠い目をする。
「な、なんスか? ニヤニヤして。なんか怖いっスよ」
 自分を見て微笑む二人の先輩に、居心地悪そうにコーヒーを一口啜る竜斗。
「いや、俺達が高校生だった頃を思い出していただけだ」
「竜斗クン達みたいにラヴラヴじゃなかったから、ちょっと羨ましいかなぁ」
 そう言う赤と瑞波には、竜斗と碧にはない付き合いの長さを感じさせる空気がある。
「幼馴染相手に、初々しさなんてあったものではない」
「そう言や、そうでしたね」
 肩をすくめて見せる赤に、竜斗は二人が幼馴染だったことを思い出す。
 恋人として交際を始めたのは高校に入ってかららしいが、幼馴染という関係上互いの認識が恋人≠ノなった以外は大した変化はなかったという。
「輝里さん、男ってゆーのは軽くお尻に敷くくらいが丁度良いんだよ?」
「お尻に敷く・・・ですか?」
 男が二人で話している横では、瑞波が碧になにやら善からぬ事を教え込んでいる。
「嫌われない程度に加減して、逆らえないようにするのがポイントよ♪」
「が、頑張ります」
「なに変な事吹き込んでるんスか」
 人差し指を立ててウィンクする瑞波に、碧は尊敬の眼差しを向け、竜斗はガックリとうな垂れる。
 あくまでもお茶目に振舞う瑞波に溜息を吐き、その瞬間竜斗の第六感的な感覚が街中に邪鬼の気配を察知する。
 碧も同じく気付いたのか、ガラス張りになった喫茶店の壁越しの外へ竜斗と同時に視線を向ける。
「鬼だー! 鬼が出たぞー!!」
 一瞬にして街中に広がる悲鳴の中に、そんな叫びが混じっていることを二人は聞き逃さなかった。
「先輩・・・」
「何をしている、逃げるぞ紅月」
 赤達に声を掛けようとする竜斗だが、逆に赤の言葉に遮られてしまう。
「例の化け物が出たのだろう。俺達だけならまだしも、女を連れて立ち向かう相手ではない」
 厳しい口調で嗜める赤に、竜斗は自分や碧が戦うことが当たり前のように振舞おうとしていた事に気付く。
 もし赤の制止がなければ、赤や瑞波に幻獣勇者であることがばれていたかもしれない。
「まずは自分の命最優先。それで、拾える命があるなら全力で拾う。あんなの相手に捨てる程、人の命は軽くないでしょう?」
 いつもより幾分厳しい表情で、それでも最後には笑って見せる瑞波。
「わかりました。ひとまず、お店の人たちを安全に逃げれるよう誘導しましょう。私と竜斗さんはあっちを、先輩たちは向こうをお願いします」
 仕事モードに切り替わったのか、碧がテキパキと話を進める。
 同時に悟れらないように、自分達と赤達を引き離して戦いやすいように仕向ける。
「任せろ。・・・一応言っておくが、無理はするなよ」
「先輩達も、気を付けて」
 4人で頷き合い、竜斗達は店の正面入り口方面を、赤達は従業員の使う裏口方面に分かれ避難の誘導を始める。
 学園の生徒会だと名乗れば、この学園内ではある程度の避難指示などを受け入れられるだけの支持がある。
 学園都市だけに、学生の権力は普通の街よりも圧倒的に高いのだ。
「八雲学園生徒会の者です! 皆さん、慌てないでください!!」
「地下シェルターへ誘導します!! 落ち着いて俺に付いて来てくれ!!」
 竜斗達が声を張り上げ、避難用に建設された地下シェルターへ逃げ惑う人々を誘導していく。
 八雲学園の街中には、災害やテロなどに際して民間人が避難できるよう地下シェルターが設けられている。
 各シェルターは地下の更に下層にある通路で繋がり、何処からでも学園内の人間が全員避難できるように設計されている。
 今は落ち着いて避難できるように、入り口まで誘導するだけだ。
「慌てないでください!! 全員が避難できるだけの余裕はあります!!」
「こっちだ!! 誰かを押したり走ったりしないでください!! 避難の妨げになるぞ!!」
 表の通りには竜斗達以外にも避難を誘導する者がいるのか、誘導するのとは別のシェルターの入り口へ流れる人もいるようだ。
 人々に避難の流れが出来始めたあたりで、二人はようやく安堵の溜息を吐く。
「一先ずこれで避難は問題ねぇだろ」
「はい、後は流れに沿って皆さん避難してくれます」
 シェルターへ向かう人の流れを避けて合流し、悲鳴の聞こえた通りの先を目指して走り出す。
 そこには4体の人鬼の姿と、転んで逃げ遅れた中学生くらいの少女の姿がある。
「不味いっ!!」
 少女の姿が見えた瞬間、竜斗は周囲の状況や自分の立場などを忘れて飛び出した。
 それも、瞬間的にエスペリオンの力を具現化し、紅い竜の意匠のプロテクターを身に纏って。
 竜斗が飛び出したのとほぼ同じタイミングで、邪鬼は少女の存在に気付きまるで当たり前の様にその豪腕を振り上げる。
「間ぁぁぁにぃぃぃ合ぁぁぁえぇぇぇっ!!!」
 幻獣の力を身に纏い向上した身体能力は、全力で走ることで竜斗を弾丸如く加速する。
「い、いやぁぁぁぁっ!!」
「うぅおぉぉぉぉぉぉっ!!」
 少女の悲鳴、振り下ろされる豪腕、そして周囲に響く甲高い金属音。
「グルルルゥ・・・・ゲンジュウ・・ユウシャ」
 自分の腕が振り下ろされる途中で何かに遮られ、人鬼は視界に映る紅いプロテクターを憎らしげに睨み付ける。
 そう、間一髪で竜斗が人鬼と少女の間に割って入り、その豪腕から少女を護ることが出来たのだ。
「早く逃げろ! こいつ等は俺が食い止める!!」
 背中越しに少女に言い放ち、力一杯人鬼の腕を弾く竜斗。
 視線だけで後ろを確認すれば、生身のまま追いついた碧が少女を誘導していくのが見えた。
「さぁて、性懲りも無く出てきやがって。まとめて相手してやるぜ!!」
 幻獣勇者の出現に呼応するかの様に、人鬼達は一斉に咆哮を上げ竜斗に襲い掛かる。
「紅月流・・・月波ッ!!」
 腕を振りかぶる人鬼の懐に潜り、竜斗はバットをスイングする様に紅竜刀の峰で人鬼の腹部を強打する。
 月波により凄まじい衝撃を受けた人鬼は、文字通り吹っ飛び後ろにいた人鬼を巻き込んで盛大にアスファルトを転がる。
「紅月流・・・、鋭月ッ!」
 転がることを免れた人鬼には空かさず間合いを詰め、角を切り落とし無力化する。
 もう慣れたと言えるだけの回数をこなした人鬼との戦闘に、竜斗は更に気を引き締める事で己に渇を入れる。
 戦では何が起こるか解らない、慣れに頼っては勝つことは出来ない、とは龍造の言葉だ。
 視線を吹っ飛ばした人鬼へと移すと、以外にも人鬼は逃走を試みていた。
 邪鬼の生存本能がそうさせたのか、それとも人鬼になる前の人間の性格が反映されているのかは解らないが、非常に珍しい光景である。
『竜斗、逃してはならない』
「あぁ、分かってるっての!」
 鎧として具現化することで自分の体から発せられるエスペリオンの声に応え、竜斗もまた人鬼を追って走り出す。
 しかし、その横を何かが駆け抜けてゆく。
 プロテクターを纏った竜斗は常人の出せる速度を遥かに上回っているにも拘らず、ソレは竜斗の横を駆け抜け追い越していったのだ。
「な、なんだ?!」
 そして竜斗の前方、逃走する人鬼の元にソレは姿を見せる。
 全体的に白を基調とした青い装飾のプロテクター。
 背には翼、手足には鋭い獣の爪、頭部を覆うのは鳥の頭の意匠を持つヘルメットだ。
 顔を見ることは出来なかったが、恐らくは空弥であろう。
 あの速さと鳥と獣の意匠を併せ持つプロテクターは、空弥とシードグリフォンの物に違いない。
 一瞬鏡佳だという可能性も考えたが、スラッと伸びる長身を見て一瞬で打ち消される。
 何せ空弥は竜斗が見ても見上げる程の長身だ、竜斗よりも身長の低い鏡佳はありえない。
「あの野郎、何だかんだ言ってしっかり戦ってるじゃねぇか」
 逃げる人鬼の前に立ち止まり、容赦なく蹴り上げる空弥。
 信じたくはないが、人鬼の吹っ飛び具合からして竜斗の月波に近い威力がある。
 いや、錐揉み回転している事を考慮に入れると、月波を上回る可能性も否定できない。
『あれは単純な脚力ではない。打点を中心に強力な風が渦巻いているようだ』
 竜斗の思考を察して、エスペリオンが感じたままの感想を述べる。
 先日の戦闘でも見せたとおり、空弥は風を纏うことで攻撃の威力を上げる術を持っているようだ。
『あの風、グリフォンの力じゃなさそうなのよねぇ』
 突然会話に参加するシードペガサスの声に振り返ると、避難誘導を終えた碧がプロテクターを纏って立っていた。
「もう戦闘は終わったんですね」
「ああ。それよりもグリフォンの力じゃねぇって、どういうことだ?」
 碧に応えてから、不可解な言葉を言うシードペガサスを問いただす竜斗。
『前の戦闘で合体した時ね、グリフォンとは違う圧倒的な風の力を感じたの。そりゃもうビックリするくらい強力なヤツを』
 それは表面上しか見えていないエスペリオンや竜斗には、気付くことすら出来なかった違い。
 シードペガサスの話では、確かにシードグリフォンは風の力を持っているらしい。
 だがそれはかなり微弱なモノで、表面上に見えているあの風の力は明らかに別の力だと言う。
 シードカイザーへの合体時は、まるでその力が3体の幻獣を包むようにして力を制御している感じだと。
「って事は何か、あの野郎はグリフォン以外にも幻獣を持ってるって事か」
『そのようだな。何故この様な状況になっているかは分からないが、彼は自身に強大な力を秘めているようだ』
 シードペガサスの話を聞いて、ますます空弥の事が分からなくなる竜斗。
 そもそも、まだ仲間内の事情をぜんぜん把握していない自分に気付かされる。
(こいつぁ一度集まって話し合った方が良いかも知れねぇな)
 自然とそんな考えに行き着く竜斗は、視界の端に建物の中に隠れる人陰を見つける。
 ウェイトレス服に身を包んみ、セミロングほど髪にはヘッドドレスを付けている。
 最初はそれが誰だか分からなかったが、すぐにそれが鏡佳だと気付く。
 そういえばアルバイトをしているような話を聞いていたが、まさか喫茶店のウェイトレスだとは。
 普段結っているポニーテールを下ろしていたせいで、直ぐに気付けなかったようだ。
「双御沢、大丈夫か?」
 周囲に人がいないことを確認してから力の具現を解除し、鏡佳に歩み寄る。
「あ、紅月先輩。大丈夫です、兄さんが護ってくれましたから」
 安心させる為に笑って見せるが、その笑顔はどこか寂しそうにも見える。
「やっぱあれ双御沢の兄貴か」
 残りの人鬼を一掃すると、何事も無かったようにこっちに歩いてくる空弥をみて苦笑いを浮かべる竜斗。
「なぁ、そっちの連絡先教えてくれねぇか。今度改めて仲間内で話し合いてぇんだ」
 そう言って今日購入したばかりの、ひんデンブルグT世(※ストラップ)付き携帯電話を見せる竜斗。
「あ、はい。ちょっと待ってください」
 空弥が戻ってくる前に手早く赤外線通信で番号をアドレスを交換し、兄の小言を聞く前にさっさと退散する竜斗と碧。
「竜斗さん、話し合いって・・・・」
「いやほら、俺達って幻獣勇者になったは良いけど全然お互いの事分かってねぇじゃねぇか。双御沢の兄貴に至っては戦う目的まで違いそうだしよ」
 呆れた、というか疲れた声で説明する竜斗に、碧も納得したように頷く。
「それなら、生徒会室を使ってください。私の権限で少しの間なら貸し切れます」
 竜斗の力になれる事が嬉しいのか、嬉々として提案する碧。
 親にしっかりやっていると伝えたいが為になった生徒会長という肩書きが、こんな形で役に立つとは思ってもいなかっただろう。
「ホントか、そりゃ助かるぜ。なら後は何時集まるかだな」
「生徒会室は、平日でも休み時間ならいつでも大丈夫ですよ」
 そうこう話し合っている内に、明日の昼休みに昼食会を兼ねて集まろうと仮決定した。
『竜斗、少し良いか?』
 竜斗達が離し終わるのを待っていたのか、エスペリオンが声を掛けてきた。
「なんだ、エスペリオン」
『今日の襲撃、不審な点がある』
 深刻な雰囲気を漂わせるエスペリオンの言葉に、竜斗は眉をひそめて聞き返す。
「不審な点?」
『ああ、こんな白昼堂々と人鬼が現れたにも拘らず、邪鬼は一体も現れていない。これでは突然人が人鬼になった説明が付かない』
 エスペリオンの言うことももっともだ。
 そもそも竜斗達も、巨大戦闘の被害を想定して民間人をシェルターへと誘導したのだから。
『なんだか今日は解らない事だらけねぇ、おねーさん肩が凝っちゃうわ』
 何処でそんな人間くさい言い回しを覚えたのか、シードペガサスが思考を放棄した感じでぼやく。
「ここで話し合ってても答えは出そうにねぇな」
「そうですね。でも、今日は被害が少なくて良かったです」
 それが何よりだな、と竜斗も碧の言葉に満足げに笑ってみせる。
「とりあえずこれじゃデートも中断だな、家まで送るぜ」
「みゅぅ〜・・・、残念です・・・・」
 デートの話に戻り、急にテンションが下がる碧に自然と竜斗の口元が緩む。
「ほら、また今度一緒に出かけようぜ、な?」
「ほ、ホントですか?!」
 竜斗の言葉にほとんど瞬間的に元気になる碧、今日のデートはそれほど楽しかったのだろう。
「お、おう、勿論だぜ」
 微妙に気圧されながらも、力強く頷いて肯定する竜斗。
「それに今晩はメールの練習もするんだから、ゆっくりしてる暇なんてねぇぞ?」
 碧をからかうつもりでそう言ってやると、予想以上の反応が返ってくる。
「みゅ〜、一人で操作する自信がありません・・・・」
「大丈夫だって、なんだったら家の電話で話しながらでも出来るんだし。早めに覚えて、何時でもメール出来る様にしとこうぜ」
 元気付けるというか、励ますというか、竜斗は優しく碧の頭を撫でてやる。
 因みに、こうやって竜斗がよく女の子の頭を撫でているが、これは実は親友である獅季の真似をしているのである。
 獅季が泣いたりしている女の子を相手にこうして泣き止ませていた場面を度々目撃した竜斗は、こうすれば良いんだと見様見真似でやっている。
「さ、今日はとりあえず家に帰ろうぜ。シェルターの人達も出て来たみたいだぜ」
 学園の治安維持局が安全確認の放送をシェルターに流したのだろう、街にはチラホラと人の姿が見えてきている。
「竜斗さん・・・・」
 頭を撫でられて微妙に俯き気味になっていた碧が、不意に声を掛けてきた。
「ん? なんだよ」
 俯いている為泣いているのかと勘違いした竜斗が、色んな意味でドキリと胸を高鳴らせる。
 しかし予想に反して顔を上げた碧は、今日一番の笑顔を浮かべていた。
「竜斗さん・・・、今日は、とっても楽しかったです♪」
 まるで花の開花を思わせる眩しい笑顔に、竜斗は今日一番の収穫に心を満たされたのだった。






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