それはある日曜日、八雲学園を謎の二体の邪鬼が襲った翌日のこと。 休日だというのに学校区内高等部校舎には、幻獣勇者の一人、輝里 碧の姿があった。 理由は至って簡単。彼女の表向きの肩書き、高等部生徒会長としての役割をこなしていたのだ。 先日の戦闘で中断をやむなくされた生徒会の仕事を終わらせるため、こうして休日にも一人登校している。 とは言え、この八雲学園は部活動も非常に盛んな学校だ。 碧だけでなく幻獣勇者の面々もそれぞれの部活動に励んでいるはず。 生徒会の仕事を効率よくこなすために各部活の活動時間を可能な限り把握している碧は、生徒会の仕事を手早く終わらせると竜斗が部活動に精を出しているであろう第一武道場・剣道場に向かっていた。 単純に竜斗の部活風景を見たいと思っての行動だが、あわよくば一緒に昼食を・・・・、という考えがないといえば嘘になる。 竜斗との昼食風景を想像し頬を朱にしながら碧は高等部校舎の一棟三階、その端に設置されたホームから自動運行のモノレールに乗りこむ。 このモノレールは広大な学校区を円滑に行き来する為に設置された、学生や教職員の足である。 学校区は第一運動場を中心に各学部校舎を円形に配置し、その周囲を学園大通りと呼ばれる道路がぐるりと一周、更にその円周の外側に第一〜第九部道場、第二〜第十運動場、第一〜第九体育館が円を広げていく配置になっている。 第四部道場に面している高等部校舎からなら、徒歩よりもこちらの方が速い。 モノレールは幼稚舎のホームを経由して、直ぐに第一武道場と第二運動場の間に設置されたホームへと向かう。 こんな時間にモノレールを使う者はおらず、一人上空を走る列車に揺られながら碧は第一武道場最寄のホームに到着する。 時間は正午を越えたところ、部活の昼休憩はまだのはずだ。 その証拠に碧の耳には百数十人もの部員が奏でる気合いと、竹刀が防具を打つ乾いた音が届く。 「あ、竜斗さん…」 竜斗の声が特別なのかそれとも碧に何らかの理由があるのか、剣道場に近付くにつれ碧は竜斗の声をはっきりと聞き取る。 特に立ち入りを禁じているわけではなく、碧も音を立てないようにだけ気をつけて剣道場に入る。 「気を抜くなぁ! ラスト5分だっ!!」 碧が剣道場に入った瞬間、剣道部部長・鳳凰寺 赤(せき)の声が剣道場内に響き渡る。 「うぉおぉぉっ!!」 長辺100m・短辺60m近くある広大な剣道場に、一際目立つ竜斗の気合い。 碧の視線も自然とそちらに吸い寄せられる。 声の発生源では、二人組みになった高等部・大学部と思われる部員達が一斉に打ち合っている。 技の指示はなく、号令が掛かるまで打ち合うだけの稽古のようだ。 竜斗はと言えば、周囲から浮いて見えるほど激しく赤と打ち合っている。 「だぁあぁらぁぁっ!」 「はぁぁぁぁぁぁっ!」 竜斗と赤が同時に気合い一閃、互いの竹刀が身体ごとぶつかり合い鍔迫り合いの体制になる。 が、二人の攻めは終わっていない。 二人は同時に後ろに重心をずらし、退きながら竹刀を振るう。 しかしそれも互いの決定打にはならず、竹刀同士が打ち合うだけに終わる。 他の生徒達が激しく打ち合う中、引き技で間合いの外れた二人だけが時間が止ったように静止し、一瞬後、赤が号令を掛ける。 「それまでぇぇぇっ!!」 剣道場の外にまで響くその声に、部員達は最後の気力を振り絞って姿勢を正し己の相手と竹刀を構え合う。 綺麗に横二列に並んだ部員達は、竜斗と赤を除き剣道の作法に則って竹刀を納め礼を交わす。 「よしっ、全員下がって面を取れ! これから見取稽古だっ!」 赤の指示を受けた部員達は、疲れきった身体から搾り出した(それでも十分に響く)返事を返し、既に整列している小中学生の横に正座し面を取る。 「さて、準備は良いか?」 直立不動で呼吸を整える竜斗に向き直る赤と、それに気付き鋭い視線を返す竜斗。 「今日こそは勝たせてもらいますよ」 「まだ負けてやるわけにはいかんな」 互いに不適な笑みを浮かべ、礼を交わす。 この瞬間から、二人だけの空間が展開される。 ここ最近の恒例になっている竜斗と赤の一本勝負、こうなってはどちらかが一本取るまでは誰が何を言っても止まらないのだ。 二人が竹刀を構え蹲踞の姿勢になったのを見計らい、部員の一人が開始の太鼓を力一杯叩く。 「うおぉぉぉっ!!」 「はあぁぁぁっ!!」 太鼓の音とほぼ同時に立ち上がり、道場内の空気がビリビリと震える程の気迫と共に二人の剣士がぶつかり合った。 勇者幻獣神エスペリオン 番外編:『休日』 八雲学園学校区内・高等部校舎の一階に設けられた学生食堂に、竜斗と碧の姿があった。 「ちっくしょぉ〜、また負けちまった・・・・」 防具は着けていないが、まだ剣道着姿の竜斗が溜息混じりに呟く。 結果から言えば、先程の一本勝負に負けてきたのだ。 「でも、すごく惜しかったじゃないですか」 ぐったりとテーブルに伏せる竜斗に、苦笑混じりのフォローを入れる碧。 事実、勝負はどちらに転んでもおかしくない程白熱していた。 最終的にモノを言ったのは、やはり経験の差なのだろうか。 「これでもう50戦50敗だ、ちくしょぉ〜」 何時の間にそれだけの回数を重ねたのか、始めたのはほんの二週間ほど前のはずだが。 「元気出してください。私、頑張って応援します」 ここ一月程で大分自然に喋れるようになった碧。 こうして誰かを励ませるようにまでなったのは、やはり竜斗に出会ったお陰なのだろう。 「あの、お弁当作って来たんです。良かったら一緒に食べませんか?」 誰かのために、両親以外にそんな感情を向けるのも、碧にとっては小学校以来だ。 「お、ホントか?! 今日は昼までだから持って来てねぇんだよ、助かるぜ」 弁当と聞いて元気になる辺り、竜斗も育ち盛りである。 もっとも、竜斗は普段から家で自分の料理しか口にしない為、他人の手料理が珍しいのもあるのだろう。 「お口に合うかどうか。美味しくなかったら、気にせずに残してくださいね」 そう言いつつ頬を朱に染めて鞄から取り出したのは、ハンカチに包まれた二つの弁当箱。 「んな勿体ねぇこと出来るかよ、自分の作ったモン以外はなかなか食えねぇんだから」 まだ見ぬ碧の手料理に想像を膨らませ、嫌でも口許が緩む竜斗。 その瞳は正しく、獲物を前にした空腹の獣そのものだ。 ハンカチが解かれ、弁当箱の蓋が外され、竜斗の視界に白地に黒のアクセントを添えた弁当の主食の定番・オニギリと、赤・黄・緑など色とりどりのオカズが飛び込んでくる。 「やべ、ヨダレが・・・・」 思わず唇から溢れる涎を腕で拭い、改めて碧の弁当を眺める竜斗。 弁当箱の中に処狭しと、しかし形を崩す事無く詰められたオカズは、どれも見事の一言だ。 竜斗自身、幼少から続けている料理は趣味でもあるが、ある程度は我流で鍛えたモノだ。 それに比べ碧の料理は、確りとした基本に基づき、ちゃんとした料理の勉強をしている事が窺える。 「はい竜斗さん、おしぼりどうぞ」 手渡されたおしぼりで丁寧に手を拭き、恥ずかしげもなく音が鳴る程に掌を打ち合わせる。 「いただきます!」 獣と化した今の竜斗に遠慮などあるはずもなく、早速オニギリにに手を伸ばす。 碧が真剣な面持ちで見守る中、竜斗はそのオニギリにかぶりつく。 「・・・どう、ですか・・・・?」 かぶりついた直後、俯いたまま肩を震わせる竜斗の顔を、不安そうに上目遣いで覗く碧。 「・・・・・・・・い」 「え?」 俯いたままの竜斗から発せられた呟きを聞き取ることが出来ず、?マークと共に碧は小首を傾げる。 「美味い・・・・」 言葉を繰り返すのと同時に顔を上げた竜斗は、目幅の涙を流しながら感動に肩を震わせていた。 一口かじれば口に広がる絶妙な塩加減の米の味とパリパリとした焼き海苔の食感が、二口かじれば強烈な酸味で食欲を誘う梅干の味が竜斗の口いっぱいに広がる。 梅干は種が抜かれているにも拘らず果肉自体は崩れておらず、碧の丁寧な作業を想像させる。 ここで断っておくが、この物語は決して至高の食材を用いて料理を生み出していく料理人の物語ではなく、幻獣勇者が世界を破壊せんとする邪鬼と戦う物語である。 「碧、スッゲェ美味いよ。こんな美味いオニギリ初めてだ」 感涙に顔を濡らしたまま、空いた方の手で碧の手を握る竜斗。 「り、竜斗さん?! そ、その・・・ありがとう・・・ございます・・・・」 突然手を握られ顔全体を真っ赤に染めた碧が、カチカチになった身体から小さな声で言葉を返す。 そんな碧を置いて、竜斗はオニギリを箸に持ち替えオカズに伸ばしている。 「うん、こっちもマジで美味いぜ。から揚げとか冷えてるのにまだカラっとしてるし。どうやって作ってんだ?」 「えっと、それはたっぷりの油で揚げるのが・・・ポイントなんです・・・」 竜斗の質問にも一応答えてはいるが、もう半分以上聞こえてはいないだろう。 竜斗は竜斗で、一度勢いが付いてしまえばもう止まらない。 手を握られた上、自分の弁当を嬉々として食べてくれる光景に真っ赤になって固まった碧が弁当に手をつける間もなく、竜斗は弁当箱二個分の弁当をペロっと平らげてしまう。 「ふぃ〜、あ〜美味かったぁ〜」 獣のようだった瞳はのんびりとしたモノに変わり、竜斗は食後の満腹感に酔いしれている。 「ご馳走様でした。サンキュ、碧」 食前とはうってかわって礼儀正しく手を合わせ、碧に大満足の笑顔を向ける。 「へ? あ、はい、お粗末さま・・・でした・・・・って、あれ?」 そこまで口に出して、碧はようやく自分が用意した割り箸を割ってすらいない事に気付く。 「み、みゅぅ〜」 折角一緒に食事できるチャンスだったというのに、嬉しさのあまり何もせずに逃してしまった事に酷いショックを受けたようだ。 「碧、どうしたんだよ。って、お前全然食ってなかった・・・のか?」 先程の竜斗のように目幅の涙を流さん勢いで項垂れる碧の姿に、竜斗は悪いと思いつつも口許が緩んでしまう。 (こんな感情豊かな碧、クラスの奴等が見たら驚いて腰抜かすな) 普段授業も生徒会も事務的にこなすだけの碧が、照れたり笑ったり泣いたりする姿はなんとも微笑ましい光景だ。 しかし何時までも笑っているのは、いくらなんでも失礼が過ぎる。 竜斗は先程までとは別の意味で手を合わせ、一緒に頭を下げる。 「悪りぃ、あんまりに美味かったからよ。その、ホント悪りぃ」 真剣に頭を下げる竜斗に、碧は「いいんです、私がボーっとしてただけですから」と涙を拭う。 だがそれでは竜斗の方の罪悪感が拭われない。 そこで竜斗は名案だとばかりに握った手でもう片方の掌をポンっと叩く。 「よし、それじゃこれから商店区行こうぜ。そこでなんか奢らせてくれよ」 「ふぇ? 今から、竜斗さんと二人で・・・・ですか?」 竜斗の言葉を聞いて、途端にまた碧の頬が朱に染まっていく。 食べてしまった物は返せないのだらか、別の物を奢る。 妥当と言えば妥当だろう。流石に竜斗が別の物を作るのは時間が掛かり過ぎる。 だが、その問題点に竜斗も直ぐに気付く。 「あ、ひょっとしてこの後用事入ってるか?」 「い、いえ!ぜんぜん、まったく、これ以上ないくらい大丈夫です!」 突然大声で否定する碧に気圧され、微妙に後退る竜斗。 「お、おう。んじゃ、校門で待っててくれよ。着替えて来っから」 「はい!」 返事一つにも妙に力の入る碧を不思議に思いながらも、竜斗は剣道場に着替えに行った。 校門で待ち合わせた二人は、タイミングよく来たバスに乗って商店区に到着した。 「んで、何食いに行く?」 バスを降りた竜斗の第一声が、それだった。 それが目的だったのだから、当然といえば当然だ。 しかし、肝心の碧はというと・・・・ 「えと、あのえと、その・・・・」 といった感じで、ずっとカチコチに緊張しきっている。 竜斗が着替えて校門──この場合学校区を他の区と区切る学園内校門、通称内門≠フこと──に着いた時には、既にこの状態になっていたのである。 何がなんだか理解できないが、とりあえず嫌がっているわけでもないのでこうして商店区まで来た、というわけだ。 ちなみに、竜斗としては歩いても良かったのだが、碧がこの調子なのでバスの使用をやむなくされたのは余談である。 「どっかファミレスでも入るか? それとも喫茶店とかの方がいいか? レストランは・・・この街のはグレードが高すぎるからお手柔らかに頼む」 冗談めかして話しかける竜斗だが、果たしてその声が碧に届いているかどうか。 (あうぅ〜、こんな、竜斗さんと二人で街を歩くなんて、まるで竜斗さんとで、で、で・・・・みゅぅ〜) 全く聞こえていないようだ。 最初は再び到来したチャンスに張り切ったのだが、いざ二人で街を歩く姿を想像したら急に緊張してきたのだ。 そう、まるでデートでもしているようだと、一度思ってしまうとそこから意識が離れなくなり周囲の音さえ聞こえなくなってしまう。 「お〜い、碧? 聞こえてるか〜?」 バスを降りたまま動かない碧に、竜斗も流石に心配になったのか顔を覗き込んで声を掛ける。 「ひ、ひゃい?!」 視界いっぱいに竜斗の顔が見えたことでようやく帰って来た碧が、裏返った声で返事をする。 「いや、だから何食いに行く?」 何度も邪鬼の襲撃を受けているにも拘らずその都度修復されるこの商店区には、ファミレスから喫茶店、ファーストフードから高級レストランに丼物うどん屋ラーメン屋と、飲食関係の店は探せばある程度は見つけることが出来る。 つまり、こういった場合は逆に何を食べるかで悩んでしまうのだ。 今回は弁当の礼と埋め合わせなので、竜斗も何を食べるかは全面的に碧に任せるつもりだ。 「えっと、何を食べましょう?」 返ってきた言葉にがっくりと肩を落とす竜斗は、苦笑を浮かべつつここに来た目的を改めて説明する。 「だから、碧の昼飯食いに来たんだろ? なんか食いたい物とかねぇのか?」 そんな竜斗の言葉に、碧はやはり碧らしい控えめな言葉を返した。 「その、竜斗さんと一緒なら、何でも・・・・」 笑って良いやら困って良いやら、なんとも返答しがたい碧の要望に竜斗も言葉に詰る。 「そーだなぁ。とりあえず、歩くか」 このまま立ち続けているのもバカらしいと、竜斗は碧に声を掛け歩き出す。 碧もまた、頬を紅潮させたままその隣に並び歩く。 ここまでくると、いい加減デートでないと言うほうが不自然でもある。 しかし古来より、デートには邪魔者がつき物である。 「あれ? お兄ちゃんだ」 そんな言葉と共に竜斗達の前に現れたのは、幻獣勇者の一人、壬生 黄華だ。 その両手には、何故か大きなビニール袋が幾つも下げられている。 「よう、黄華じゃねぇか」 「こ、こんにち・・・わ」 黄華の出現に全く動じない竜斗と、あからさまに動揺している碧。 いくら黄華でも、この二人を見て何も思わないわけがない。 「お兄ちゃんと碧、ひょっとしてデート?」 悪戯心が見え隠れする楽しそうな笑みを浮かべ、黄華が二人に問いかける。 「ばーか、そんなんじゃねぇって」 呆れた風に苦笑を漏らし、竜斗は黄華の額に軽くデコピンをして答える。 「俺が碧の昼飯食っちまったからよ、その埋め合わせだ。なぁ、碧?」 「あ、はい・・・・そうです・・・・」 だが話を振られた碧は、急に残念そうに肩を落として返事する。 「ふ〜ん」 あまりに普通な竜斗の態度に興味をなくしたのか、黄華はつまらなそうに唇を尖らせる。 「ってか、その大荷物はなんだよ」 今度は竜斗の番だ、というかそんな荷物を見て気にならない者はそうはいないだろう。 「これ? ヌイグルミだよ♪」 軽く持ち上げて見せて、黄華は満面の笑顔を竜斗に向ける。 「こんなにいっぱい、可愛いですね〜」 怪我の功名か、竜斗に否定された事で碧の緊張も多少は解けたようだ。 黄華の手に下げられた袋には、大小様々、デザインも種類もかなり豊富に、悪く言えば節操無しに入っている。 「これ、全部買ってきたのかよ」 その膨大な量に顔が引き攣る竜斗、ヌイグルミが不思議と高価だと知っているからだろう。 「えっとね、お店で買ってきたのは3つくらいだよ。他は全部ゲームセンターで取ってきたの」 腰に手を当てエッヘンと、張るにはやや慎ましやかな胸を張って得意気な表情になる黄華。 その拍子に、ビニール袋から一匹(?)の白いヌイグルミが転がり落ちる。 「あ?!」 両手の塞がった黄華が為す術なく慌てた声を出すのと同時に、竜斗が地面に落ちる直前にヌイグルミをキャッチする。 「ほら、気ぃ付けろよ?」 「うん! ありがとうお兄ちゃん♪」 ヌイグルミを黄華に返そうと顔を向けると、唐突に黄華が竜斗の胸に飛び込んでくる。 こんな仕草は、年齢以上に幼く見えてしまう。 幼い頃に誰かに甘える事を禁じた、その反動なのだろう。 「ったく、しょうーがねぇな」 抱きつく黄華の頭を撫でてやりながら、ふと手に持った白いヌイグルミに視線を落とす。 「・・・・なんだ、コレ?」 竜斗の知識を総動員しても、こんな生物の情報は存在しない。 それは、真っ白な人の頭程の球状の身体に、その左右に飾り付けられた小さな翼、頭頂部には赤い鶏冠に、正面には性格の悪そうな一対の目と黄色い嘴、真下にはオマケの様なお粗末な鳥の足が付いており、そのやや後ろからやはり小さな尾羽らしきものが飛び出ている。 「ひんデンブルグですよ、竜斗さん」 横から覗き込む碧が、まるで子犬か子猫でも見るかの様な表情と口調で答える。 「ひん・・・なんだって?」 理解したくないからか、それとも聞き逃してしまったのか、竜斗はその名前を再び聞く。 「もう、ひんデンブルグだよ、お兄ちゃん」 黄華も顔を上げて、ちょっぴり拗ねた顔で答える。 やはり聞き間違いではないらしい、竜斗はその得たいの知れないひんデンブルグ≠ネる生物を黄華に渡す。 「んで、このひんデンブルグはなんのヌイグルミなんだ?」 答えを聞きたくないという本能と、話題に出てしまったモノは仕方ないという理性が竜斗の中で葛藤する。 「何言ってるの? 何処からどう見てもニワトリだよ、可愛いでしょ♪」 受け取ったひんデンブルグ≠嬉しそうに胸に抱き、当然の如く竜斗に返される言葉。 「はい、とっても可愛いです♪」 黄華に返事したのは、竜斗ではなく碧。 (これ、可愛いのか・・・・? 女の感性は解んねぇな) というか、やはり女の子というのはいくつになってもヌイグルミが好きなのだと、今更になって知る竜斗だった。 最早空笑いしか出ないが、二人が妙に楽しそうなのであえて何も言わないことにする。 「今日はこのひんデンブルグV世が目当てだったの。も〜大満足♪」 どうやら、このニワトリモドキ、もといひんデンブルグが手に入ったのが相当嬉しいようだ。 「そんなに好きなのか、その・・・ヌイグルミ」 何故か名前を呼ぶのを躊躇ってしまい、咄嗟にヌイグルミと言い換えた。 「ヌイグルミは好きだけど、ひんちゃんは特別だよ。今日本中で大人気なんだから」 嬉々として語る黄華に、既に呼称が変わってもツッコミを入れる気力を失った竜斗である。 「ひんちゃんはヌイグルミだけじゃなくて、時計とかストラップもあるんですよ」 碧も知っているらしい、黄華同様に嬉々としてその詳細を語ってくれる。 というか、当初の目的を忘れてはいないだろうか。 「んで、そのニワトリが可愛いのはいいんだけどよ。昼飯、どうすんだ?」 いつの間にか黄華とヒンちゃん談議に花を咲かせる碧に、苦笑交じりに声を掛ける。 碧も当初の目的を思い出したのか、恥ずかしそうに手で口許を隠す。 「あぅ・・・すみません、折角連れて来てもらったのに・・・・」 申し訳なさを全身からオーラの如く放ち、シュン・・・と小さくなってしまう碧。 「いや、今日は碧が主役なんだから、碧が楽しんでくれんならそれでいいんだ」 不意に竜斗の脳裏に浮かぶ、夜の街で不良に絡まれていた碧の姿。 その表情は暗く、生きる事さえ機械的に行っている風な、感情の見えないモノだった。 そんな碧が、今こうして目の前で笑ってたり悲しんだりしている事が、どうしようもなく嬉しく感じられる。 それと同時に、こんな日ぐらい羽目を外しても良いだろうとも思えてしまうのだから、不思議なものだ。 「よしっ! 折角だ、それらしい事しようぜ」 そう言って竜斗は碧の手を取る。 「り、竜斗さん?!」 手を握るだけで真っ赤になるのだから、碧もウブである。 「黄華悪りぃ。荷物持ちでもしてやりてぇんだけど、今日は碧に譲ってくれ」 空いた方の手を縦にして謝罪する竜斗、それを見て黄華はまた唇を尖らせる。 「え〜、アタシも一緒じゃダメなの?」 恐らくは見つけた瞬間から、黄華の中では3人で買い物をする≠ュらいのスケジュールが組まれていたのだろう。 竜斗の言葉にあからさまな落胆の色を見せる。 「ホント悪りぃ。今度埋め合わせするから、な?」 「頼む」としつこく言葉を重ねられ、黄華も渋々了承する。 「わかったわ・・・・」 ひんデンブルグV世を袋に仕舞い、黄華は急に沈んだ顔を笑顔して口を開く。 「ヌイグルミ! 今日荷物が増えて買えなかったコがいるから、今度一緒に買いに行って」 これだけ手に入れてまだ足りないのか、黄華の瞳は期待に満ち溢れている。 「わかった、今度付き合うよ」 「オッケー、交渉成立ね♪」 すんなり折れた竜斗にウィンクと一緒に「それじゃ」とだけ言い残し、黄華はその場を走り去っていった。 「何だか、悪いことをしてしまいました」 鞄の持ち手をキュっと握り締め、黄華のいなくなった方を見つめている。 「いいの、その分は俺が埋め合わせすることになったし。今日は碧が我侭言って良い日なんだよ」 申し訳なさからしぼんでいく碧に、竜斗は繋いだ手を持ち上げて見せる。 繋がった手と手が視界に入った瞬間、碧の顔に浮かぶ表情が申し訳なさから恥ずかしさへと変わっていく。 「な? だから、行こうぜ」 そんな多少強引な竜斗に、碧は頬を紅潮させ控えめに頷くことで応える。 「よし、そうと決まれば早速行こうぜ」 言うが早いか、竜斗は碧の手を引いて歩き出す。 こうして見ていると、竜斗は女の扱いに慣れているように思えるが、実はそうではない。 (うっわ〜、俺何言ってんだ? くっさ! っつーかホントにこれで大丈夫だろうな?) 竜斗自身、自分がこんなにポーカーフェイスが出来るとは思っていなかっただろう。 本音を言ってしまえば、恥ずかし過ぎて今にも逃げ出してしまいたいくらいだ。 元々飯を奢ると言ったのだって、普段から友人にそうするように友達として提案したまでだ。 黄華にデートなどと言われた瞬間、内心顔が火を吹くかと思ったほどだ。 (え〜っと、獅季はこういう時どんな風に話してたっけ? 何処に行きゃ喜んでくれるんだ?) こういう時ばかりは、もう少しくらい女との接し方を勉強しておけば良かったと思わずにはいられない。 「とりあえず碧の飯だよな。歩きながら食うか? それともどっか入るか?」 とりあえず当たり障りのないファミレスや喫茶店などを指差して、碧に選択の幅を狭めてから聞いてみる。 「えっと・・・・、あ・・・」 とその時、竜斗達と同じように手を繋いで歩いていくカップルと思しき二人の男女が、碧の視界に映る。 高等部の制服を着ているところを見ると、竜斗達の様に部活帰りにデートでもしているのだろう。 しかしそんなことは問題ではない。 碧はその二人の手元に、視線が釘付けになっている。 二人の手にあるのは、最近学生達の間で評判のクレープだ。 竜斗も噂ぐらいは聞いたことがある、商店区に最近出来たクレープ屋なのだそうだ。 味はパティシエを目指す学生の集まった八雲学園製菓部のお墨付き。 「食いたいのか?」 「いえ、ご飯を食べようって言っているのにお菓子を食べるのは・・・・」 恥ずかしいのか、耳まで真っ赤にした碧が慌てて否定しようとするが、その瞳は間違いなく食べたいと言っている。 「碧が食いたいなら、俺は全然問題ないぞ? 俺はもう飯食ってるし、デザートも悪くねぇ」 「ホントに、良いんです・・・か?」 他人に我侭を言うことに、誰かに甘えることに慣れていない碧は、どうしても自分の意見が控えめだ。 むしろよくこれで生徒会長なんて勤めていられると、心底感心してしまう。 「いいの。それに最近は、ホットクレープとか言ってご飯感覚で食えるメニューもあるらしいぜ」 折角碧が自分から興味を示したものだ、ここぞとばかりに碧を誘惑する竜斗。 「それじゃ・・・・、その・・・お願いします・・・・」 消え入りそうな小さな緑の声は、それでも確かに竜斗の耳に届いた。 「よし来た! 場所は商店区の南側って話だぜ」 碧の返事に満足げに頷くと、竜斗は碧の手を引き歩調を速める。 そんな竜斗に最初は引っ張られる形になるものの、碧もまた途中から自分で歩調を速めて竜斗ろ並び歩く。 たったそれだけのことなのに、不思議と可笑しくてどちらからともなく笑い出してしまう。 歩調はやがて早歩きになり、最後には二人して走り出していた。 「はははは、俺達なんで走ってんだ?」 「うふふふ、分かりません。でも、なんだか楽しいです」 街中で恥ずかしげもなくこんなことをしているあたり、この二人にもそういう自覚があるのだろうか。 なんにしても二人は今デート中だ、少しくらいはしゃいでも問題はないだろう。 そうして人ごみの出来た休日の商店区を駆け抜けた二人は、それらしい店を発見し足を止めた。 「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・、あれかな?」 「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・、大きなクレープです・・・・」 まだ真新しいその店は、看板代わりに大きなクレープが屋根に乗っており、遠くからでもその存在を確認することが出来る。 遠くから、というのは店の前に2桁に及ぶ人の列が出来ているため、近くまで行けないのである。 二人とも大きく肩で息をして呼吸を整えると、列の最後尾に並ぶ。 「なんかスゲェ列だな、流石人気の店」 「すごいです、なんだかドキドキしてきました」 これだけの人が並ぶということは、やはりそれ相応の味を期待してしまう。 一瞬あまりの行列に「また今度にするか?」などと口にしそうになる竜斗は、キラキラと期待に目を輝かせる碧を見て言葉を飲み込む。 行列の長さと進み具合からして、30分も待てば順番が回ってきそうだ。 その前に、と竜斗はポケットに仕舞ってある財布の中身を確認する。 (よし大丈夫、いくらなんでもこれで足りないことはねぇだろ) 財布から顔を出した3人の野口英世さん≠ノ、竜斗はほっと胸を撫で下ろす。 「あ、これメニューです。どうぞ」 そう言って突然前の客が、ファミレスのメニューブックの様な物を渡してきた。 「へ? ありがとう、ございます・・・?」 訳も解らずソレを受け取った竜斗は、徐にページを開いてみる。 「うわ、これ全部クレープのメニューかよ・・・・」 普通ならばセットメニューやらサイドメニュー、デザートなどが載っているかと思われるそのメニューブックには、数ページに渡って無数のクレープのメニューが載っていた。 唯一例外として、裏表紙には一般的なドリンクメニューが載っている。 「わぁ・・・、クレープってすごいですね♪ こんなに種類があるんですか?」 クレープ屋は初めてなのだろう、その凄まじいメニューに碧は子供の様にはしゃいでいる。 「あぁ、そーみたいだな・・・」 (クレープ屋って、すげぇんだな・・・・) どうやら竜斗も初めてらしい。 実際には普通のクレープ屋の実に数倍のメニューを誇るのだが、二人の知識ではそれにすら気付けない。 「さて、なんかすげぇ量だけど。ここはやっぱデザート系にするか?」 数ページにわたるメニューはページ毎に種類分けされているようで、その内のフルーツやクリームを使ったメニューのページを開く竜斗。 所謂普通のクレープのメニューなのだが、それでも十分種類が多い。 ちなみに、他にはツナサラダや生野菜を使ったメニューや、ウインナーやベーコン等の肉類を使ったメニューまであるが竜斗は見なかった事にした。 「バナナにイチゴにオレンジに桃、キウイにマンゴー・・・抹茶なんてのもあるな」 美味しそうな写真つきで載っているメニューに、竜斗は素直に感嘆の声を漏らす。 「どれも美味しそうで、なんだか目が回りそうです・・・・みゅぅ〜」 本当に目を回したのか、碧の体がフラフラと揺れる。 「ぉおい碧?! しっかりしろ」 「ぁう、・・・すみません」 竜斗に支えられて倒れることだけは免れた碧が、羞恥心からか縮こまってしまう。 「んで、どれにする? この値段なら3つくらいまでは余裕だぞ」 ちなみに値段は、メニューによって250円〜450円で設定されている。 無論、値段が高ければその分トッピングなどがグレードアップしていく。 「ぇと・・・竜斗さんはどれにするんですか?」 碧は多すぎるメニューに困り果て、竜斗に助け舟を求める視線を送る。 「そ〜だな、定番はやっぱバナナクリームか」 メニューの先頭に載っている名前を口にしながら、あたかもクレープを食べたことがある様な素振りを見せる。 碧を不安がらせないように、少し見栄をはっているのだろう。 「あ、でもこっちのイチゴも美味しそうです」 多すぎるメニューに他愛ない言葉を交わし、メニューを決めた頃には竜斗達は列の先が見える所まで来ていた。 ちなみに竜斗はバナナクリームにカスタードクリームとチョコソースのトッピング、碧はストロベリークリームにソフトクリームと練乳のトッピングのクレープを注文した。 竜斗にしてみれば碧が二つくらい注文しても問題は無かったのだが、あえて口にはしなかった。 わざわざそれを言えば遠慮がちな碧のことだ、逆にかしこまって折角の楽しい雰囲気を台無しにしていただろう。 竜斗は店員から受け取ったクレープを手に、一足先に列を抜け出していた碧の元に駆け寄る。 「ほら、碧の分」 「ありごとうございます」 竜斗からクレープを受け取り、花が咲いたように笑顔を見せる碧。 「と、とりあえず歩くか。折角歩きながらでも食えるんだし、色々見て回ろうぜ」 「あ、はい♪」 クレープ屋を目指していた時とは対照的に、互いに歩調を合せてゆっくりと歩く。 「みゅ〜、美味しいです♪」 猫のような声を出して幸せ感を顔いっぱいに浮かべ、碧は文字通りクレープを美味しそうに食べている。 「なぁ、最近気になったんだけどよ。そのみゅ〜≠チてなんなんだ?」 今日だけでも何度か聞いた碧の鳴き声(?)に、いい加減我慢の限界なのか問いかける竜斗。 「ぇ? 私、みゅ〜≠チて・・・言ってました?」 「あぁ、たまにだけどな。少し前から聞くようになったから、気にはなってたんだよ」 竜斗の話では、碧が自然に喋れるようになった頃に聞き始めたらしい。 碧にしてみれば言っているつもりはなく、ほとんど無意識な条件反射だったようだ。 「その・・・、笑わないで・・・くださいね・・・・」 小動物を思わせる潤んだ瞳で上目遣いに竜斗を見る碧が、恥じらいに身体をモジモジとさせる。 その姿に心臓が一際大きく鼓動するのを感じ、竜斗は言葉なく頷く。 「子供の頃・・・えっと幼稚園くらいの頃なんですけど。お父さんとお母さんがテレビに映ってる猫が可愛いって話をしていたのを見て、自分も可愛いって言って欲しくて真似をしたんです」 「真似って、猫の?」 耳まで真っ赤になりながら話す碧に、相槌を打つつもりで言葉を返す。 「・・・はい。それで、しばらく続けてたら・・・その・・・癖になっちゃって・・・・」 恥ずかしさが限界を超えたのか、俯いて身体も語尾もどんどん縮こまっていく。 「癖・・・ねぇ」 なんとかフォローできる所を探して会話を続ける竜斗に、碧も顔を上げて言葉を続ける。 「ずっと人前では言わないようにしてたんです。言ったらみんなに笑われるんじゃないかって、怖くて・・・・」 話すにつれどんどん落ち込んでいく碧、隣では竜斗もいつの間にか俯いてしまっている。 「・・・・・・・・」 竜斗の返事が聞こえなくなり、不安になった碧が顔を上げる。 そうすることで碧の視界に入った竜斗は、クレープを持ってない方の手で腹部を押さえ方を小刻みに震わせている。 「あの・・・竜斗さん・・・・?」 「・・・・くくく」 碧が声をかけると、小さく声を漏らす竜斗。 そして次の瞬間、弾かれた様に顔を上げて竜斗は今まで堪えていたであろう笑いを解放する。 「ぷっくくくく・・・・あっはははははははっ! ちょ、腹痛ぇっ! ぷくくく、はははははっ」 「・・・やっぱり、笑われました・・・・」 周囲をはばからず大声で笑う竜斗を見て、碧は想像を絶するショックを受けたようだ。 悲しみのあまり死んでしまいそうな程、その表情が暗いものへと変わっていく。 「ちょ、悪りぃ、違うんだ・・・くくっ・・・、碧があんまり可愛いもんだからよ。なんか、無償に笑いが、込み上げて来て・・・・あはははは、ホント悪りぃ・・・」 笑いの所為で途切れ途切れに言葉を続ける竜斗に、碧がキョトンっと間抜けな表情のまま固まる。 「いやホンット悪りぃ、お詫びに俺の一口やるから勘弁してくれ」 差し出された食べかけのクレープと竜斗の顔を交互に見て、碧の思考がようやく動き出す。 「え・・・と・・・・、かわい・・い・・・? わた・・しが? 可愛い・・・かわ・・い・・・・みゅぅ〜・・・・」 竜斗の台詞の一部をリフレインし再びシャットダウン、口癖の鳴き声も忘れずに。 「ちょ、碧、クレープ落ちるっ?! おい、しっかりしろ〜!」 コレももう今日だけで何度目だろうか、倒れそうな碧の身体を支えて手放されそうなクレープを持ってやる。 「すみません、しゅん・・・・」 なんとか立ち直し、通りに設けられたベンチで並んで座る二人。 とりあえず、これで碧が倒れる心配はないだろう。 「クレープ溶けてねぇか? 確かソフトクリームかなんか入ってたろ」 「ちょっと溶けてますけど、大丈夫です。美味しいですよ」 やや疲れた感のある竜斗に答えながら、クレープを一口かじる碧の顔が幸せ色に染まる。 こうして見ていると、碧は見事なまでの百面相である。 今までは単純に感情を出すことを恐れていた、気を許せる相手がいなかったというだけの話だ。 そう考えると、竜斗には完全に気を許している状態なのだが。 「んじゃ、あ〜ん」 さっきの続きなのか、竜斗はすっと自分の手の中のクレープを碧に差し出す。 一度口にしたことは曲げない≠ニいう自分の信条を貫こうとするが、勢いでマズイ事を口走ったと後悔もしている。 碧の顔を見ないようにそっぽ向いているのが、せめてもの抵抗なのだろう。 「い、いいんですか? その、か、かんせ・・・・」 「言うな、こっちまで恥ずかしくなる。ほら、あ〜ん」 恥ずかしくなるなどと言いながら、しっかり「あ〜ん」とかやって恥ずかしさを煽っているのは謎だ。 「そ、それじゃ・・・い、いただき・・・ます・・・・。あ、あ〜ん」 今日は真っ赤になりっぱなしの碧は、それでも更に真っ赤になり竜斗の差し出すクレープを一口食べる。 「みゅぅ〜・・・・、恥ずかしすぎて味が分かりません・・・・」 口の中のクレープを飲み込んだ碧が、完全に茹でダコ状態になって湯気を上げる。 竜斗は竜斗で、照れ隠しに残りのクレープをさっさと口に放り込んでしまう。 「ほ、ほら、さっさと食わねぇと溶けちまうぞ」 そんな風に素っ気無く言うが、碧から視線を外して照れているのがバレバレである。 「み、みゅぅ〜・・・・」 碧がクレープを食べ終わるのを待って、竜斗がベンチから立ち上がる。 ちなみに、トッピングしたソフトクリームが垂れた指を舐めている碧に、竜斗は少なからず興奮していたようだ。 未だに竜斗の頬からは朱が抜けきっていない。 「さ、てと。次はどうする? このままゲーセンでもいくか? この時間じゃ映画は微妙だしな・・・・」 ポケットから携帯電話を取り出して時間を確認する竜斗は、ふと動きを止める。 「・・・? 竜斗さん、どうかしたんですか?」 携帯電話のディスプレイに視線を落としたまま動かなくなった竜斗の顔を、碧が心配そうに覗き込む。 「いやな、そーいや碧とまだ番号とアドレス交換してなかったと思ってよ」 手の中の携帯電話を操作し、竜斗は自分の電話番号とメールアドレスを表示させる。 だが今度はそれを見た碧が、急に申し訳なさそうに俯いてしまう。 「すみません、私・・・持ってないんです・・・・」 「・・・・へ?」 持ってない≠フ意味を理解するまで、竜斗はたっぷり10秒ほどを要した。 「今まで個人的に仲の良い人もいなくて、両親との連絡も家の電話で事足りたので。携帯電話、持ってないんです。それに私、機械って苦手で・・・自分で買ってもどうせ使えませんよ」 自分だけみんなと違う、貴方とは違うんだと寂しく訴える様な碧の言葉に、竜斗は何を思ったか口許を緩めた。 「そっか、持ってねぇのか・・・・」 「すみません・・・・」 別に謝ることではないのだが、碧はほとんど反射的に謝罪を口にする。 「謝ることないぜ、むしろ俺が感謝したいくらいだ」 何らかの悪巧みを思いついたのか、竜斗は碧が戸惑う程自信満々の笑みを顔に貼り付けている。 「え・・と、どういう・・・・」 「次の目的地が決まった、膳は急げだ」 碧の手を握って立つように促すと、竜斗は駅前の方へと歩き出した。 <NEXT> |