私の名前は輝里 碧(きざと みどり)、八雲学園に通う16歳の高校二年生。
 父は世界的に有名な大企業の海外支社で支社長を勤めるすごい人。
 母は同じ会社の八雲学園支社に務めるキャリアウーマン。
 二人とも私にとってとても大切な、そしてみんなに自慢できるすごい両親です。
 幼い私が何か新しい事を出来るようになるとすぐ褒めてくれて、一緒になって大騒ぎして喜んでくれた。
 だから私は何でも頑張った、そうすれば父も母もずっと笑顔でいてくれると思っていたから。
 だから小学校に入って、私は人一倍努力した。
 勉強も上の学年に負けないくらい、スポーツだって男の子に負けないくらいに。
 両親は喜んでくれた、他の誰よりも優れた私を褒めてくれた。
 でも私は気付いた、いつしか自分の周りに両親以外の誰もいないことに。
 時間があるときは同年代の子と遊びもせず、ずっと勉強をしていた。
 一緒にスポーツをしても人一倍優れた私は、最初こそ歓迎されたが時間が経ち煙たがられるようになった。
 女子のしているような遊びは全く知らなかったから、一緒に遊ぶことは出来なかった。
 遊ぶための時間を勉強やスポーツに費やし、両親の笑顔のために努力した。
 ある日、すっかり他の子と遊ばなくなった私は、学校で苛めの対象になっていた。
 教科書や筆箱がなくなったのは数え切れない程、靴や鞄、コートがなくなったこともあった。
 それは決まって次の日、ボロボロになって私の机に放置されている。
 クラスを見渡せば、誰もがクスクスと私を見て笑っているような気がした。
 そんな中でもなんとか小学校を卒業して、苛めの事を知った両親は八雲学園への入学を勧めた。
 そこは誰もが自分のやりたい事を実現する、本当の生徒のための学校。
 生徒が何でも出来るようにどんな施設、どんな教師も揃っていて、私を苛める嫌な人達もいなかった。
 私にとって八雲学園は本当に楽園のように思えたし、そうなるはずだった。
 でも、小学校時代苛めを受け続けた私は、気付けば両親以外誰も信じられなくなっていた。
 周囲の人はみんな、私を嘲笑っているように見えた。
 いつの間にか人が集まる場所は、私にとって苦痛の空間になっていた。
 それと時期を同じくして、両親の仕事が急に忙しくなり始めた。
 父は海外支社に転勤し、ほとんど家に帰らなくなった。
 母も同じように役職が変わり、家にはほとんど寝に帰ってくるだけになった。
 私は独りになっていた、学校にも、家にも、私の味方は何所にもいなかった。
 でも今は違う、だって私には……。

勇者幻獣神エスペリオン

第3話:『友達』



 恐怖や絶望、破壊や欲望、そんな負の感情はやがて意志を持つ。
 膨大な感情の奔流は巨大な流れと共に、それが渦巻く世界を生み出した。
 世界が生まれればそこには命が生まれる、たとえそれがどんな世界であっても。
 そんな世界で生まれた命は、そこに渦巻く感情に影響され強い負の感情を糧として生きる。
 人を遥かに超えた巨体で、外骨格にも見える硬質な皮膚を持つその異形のモノは、額に鋭い角を携える悪鬼。
 負の感情の塊であるソレはその禍々しき姿から邪鬼(じゃき)と呼ばれ、邪鬼が跋扈する世界を邪鬼界と呼んだ。
 望まれず生まれ負の感情しか抱かない邪鬼は、ただ互いに滅ぼし合い破壊の限りを尽くした。
 互いを滅ぼし合う邪鬼でもそれは既に一個の命、命あるモノは生き残るために進化する。
 邪鬼はただ生き残り強大な存在になる事を求め、全てを破壊する事で自分の存在意義を見出すようになった。
 進化を続けた邪鬼はやがて人間に近い自我を持ち、その強大な力で他の者を支配するようになった。
 自らを邪戦鬼(じゃせんき)と名乗るその邪鬼はより強力な能力と強靭な肉体で、邪鬼の群れを率いて戦うようになる。
 そして互いに滅ぼし合うのではなく、幻獣界や人間界にその矛先を変え他の絶望を求め始めたのだった。













 幻獣勇者として覚醒したその晩、竜斗はエスペリオンの指示の元夜の街を巡回していた。
 その間竜斗は現状把握のため、エスペリオンに幻獣と邪鬼の関係について話を聞いていたのだ。
 幻獣勇者に覚醒した者は、契約時に媒体とした物を通していつでも契約した幻獣と会話することが出来る。
 もっとも、この幻獣の声が聞こえるのは幻獣勇者か、その素質を持つものだけである。
「へぇ、そんなことがあったのか」
 しばらく話しながら歩いている内に、竜斗は居住区の一般住宅地に来ていた。
『ワタシ達の力が至らなかったために、キミ達の世界にまで……』
 竜斗が常に持ち歩く愛用の木刀、そこから発せられるエスペリオンの声は実に申し訳なさそうだ。
 ちなみにこの木刀、本来なら紅竜刀(くりゅうとう)のままにしておくのがいいのだが、流石に銃刀法違反で捕まってしまうので力を抑えて木刀の形を装っている。
「何言ってんだよ、元はといえば俺等の責任だろ」
 重い口調で話すエスペリオンに、竜斗は気にしない風に明るく答える。
 感情の奔流、それは元を正せば人が生み出したものだ。
 だが感情を抱かなければ、それは既に人ではなくなってしまう。
 やはりこの戦いは必然だったのだろうか。
「それにもしエスペリオンがいなかったら学校の連中や、俺だってここに立ってなかったかも知れねぇんだから」
 手に下げていた木刀を空に掲げ、それを見ながら呟く竜斗。
「サンキュ、エスペリオン」
『ああ、ワタシもキミに感謝している。ありがとう、竜斗』
 互いに礼を言い、どちらからとも無く笑い出す。
 何が可笑しかったわけでもない、ただ笑いが込み上げて来た。
 だがそんな笑いも、直ぐに止んでしまう。
「っ?!」
『邪鬼の気配だ』
 近くから発せられる邪鬼の気配に、ほぼ同時に反応する竜斗とエスペリオン。
 幻獣であるエスペリオンは勿論の如く、幻獣勇者に覚醒した竜斗の感覚は邪鬼の気配を明敏に捉えていた。
「吼えろ我が刃、紅竜刀!」
 即座に木刀を袋から引き抜き、力を解放することで紅竜刀へと変化させる。
 気配は二つ先の曲がり角、竜斗は迷わず走り出す。
『分かっているな竜斗、邪鬼を殺してはいけない』
「ああ、分かってる」
 エスペリオンの忠告に竜斗が頷く。
 邪鬼へと変質した人は、幻獣の力をもってすれば元の姿に戻すことが出来るのだ。
 丁度初めて竜斗がエスペリオンと遭遇した時の、あの不良達のように。
 ただし、自分であれ他人のものであれ命を奪ってしまえば、それも叶わない。
 故に幻獣勇者は邪鬼に変わった人を救うため、決して相手を殺しはしなかった。
 邪鬼の象徴である角を砕く、それが幻獣勇者が邪鬼を倒す方法だ。
 竜斗はエスペリオンに受けた説明をもう一度思い出し、紅竜刀を握り直す。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ?!」
 竜斗が角を曲がる直前、少女の悲鳴が聞こえてきた。
「くそっ、間に合えぇ!!」
 更に速度を増して走る竜斗は、角に設置してあったミラーのポールを掴み勢いを殺さずに角を曲る。
 角を曲がった瞬間見えた邪鬼の姿に、竜斗は迷わず紅竜刀を振るう。
「紅月流剣技、鋭月(えいげつ)ッ!」
 紅竜刀の直撃を受けた邪鬼は、しかし切断される事はなく見事に吹っ飛んでゆく。
 よく見れば竜斗の手に握られている紅竜刀は峰が返されている。
 峰打ちの鋭月を受け倒れた邪鬼に近付き、竜斗はその角を刃を返した紅竜刀でその角を切り落とす。
 刀越しに角を切った手応えを確認した竜斗は、邪鬼に襲われていた少女の方に振り向く。
「大丈夫か?」
 脅えて震える少女に声を掛ける竜斗、しかし少女の顔は影に隠れていて窺うことは出来ない。
「……紅月、君?」
 弱々しく自分を呼ぶ声に影の中を凝視すると、そこには竜斗が先日不良から助けた輝里 碧(きざと みどり)が尻餅をついていた。
「あ゛、輝里だったのか」
 思わぬ所で見知った顔を見て、流石に竜斗も一瞬戸惑ってしまう。
 ふと、碧の視線が紅竜刀に向いている事に気付き、竜斗は慌てて木刀の姿に戻す。
「え〜っと、大丈夫だったか?」
 改めて碧の身の安全を問う竜斗、右手を差し出し碧が立つのに手を貸す。
「あ、平気です……」
 おずおずと竜斗の手を取り立ち上がった碧は、落ち着かない様子で俯いている。
 竜斗にしてみても落ち着かない気分だ、なにせ自分が昼間戦っていた者ですと言っている様なものなのだから。
 視線を巡らせれば先ほど竜斗が倒した邪鬼が、何事も無かったかのように人の姿でアスファルトの上に倒れている。
『ここでは人目に付く、移動した方がいい』
 空気が読めないのか、それとも気を使ってくれているのかエスペリオンが声を掛けてきた。
「あ、あぁ、そうだな。輝里、家まで送るぜ」
 振り向いた竜斗に、碧がビクッと身体を震えさせる。
「そ、その…もう大丈夫、ですから。ありがとうございました」
 まだ何処か脅えた風のまま一礼して、碧は竜斗に背を向けて走り出す。
「ちょ、おい、危ないって」
「きゃっ?」
 暗い中急に走り出した碧は先程まで自分に襲い掛かっていた人に躓き、その上に成す術なく倒れてしまう。
「ったく、大丈夫かよ」
 呆れた様に笑みを浮かべる竜斗が、再び碧に手を差し伸べる。
 だが碧は手を取るどころか、倒れたまま何かに脅えて震えているようだった。
「とにかくここに居るのは良くねぇ、移動しようぜ」
 竜斗の言葉に何とか碧は立ち上がり、竜斗に背中を押されることで歩き出す。
「……」
 碧は何も言おうとはしない、竜斗もただ黙って碧が何かするのを待っている。
 二人の間に沈黙が過ぎる、時間にしては1分にも満たないが特に碧にしてはとても長く感じられた。
「どうして……」
 ようやく碧が口を開いた。
「どうして紅月君は、私の事、気に掛けてくれるんですか?」
 まだ俯いたまま、それでも碧は竜斗に尋ねてきた。
 竜斗にとっても以外な質問だったが、ようやく出来た会話のきっかけに少し安心する。
「どうしてって、わざわざ邪険にすることも無いだろ? クラスメートなんだしよ」
「……ぇ」
 当然とばかりに言う竜斗、しかし碧の方は不思議なくらい驚いていた。
「お互い知らない訳じゃねぇし、困ってたら助けるのが普通だろ」
 何気なく言ったつもりが、顔を上げ驚きの表情のまま碧が立ち止まってしまっている。
「そういう中途半端なのが嫌なら、友達だからでいいんじゃねぇか?」
 獅季ならこんな風に言うんじゃないか、そんな事を考えて言ってみるがどうも肌に合わない。
「ちょっとガキっぽいなって、あれ?」
 自分で言った事が恥ずかしくなって頬をかく竜斗は、そこで初めて碧が立ち止まっている事に気付く。
「とも、だち……」
 驚きのまま固まっていた碧の表情が、止まった時が動き出したようにクシャっと崩れ泣き顔になる。
 急に泣き出した碧に動揺する竜斗だが、とりあえず駆け寄ってなだめてみることにした
「な、泣くなって。なんかまずい事言っちまったか?」
 竜斗の言葉は聞こえているらしく、碧は首を振って否定する。
「ちがう、んです」
 泣き崩れそうになる碧の身体を受け止め、竜斗は居心地が悪そうに身動ぎする。
「久しぶり、だったから。友達なんて言ってもらえたの、本当に久しぶりで」
「えっと」
 竜斗の胸に泣きつく碧は、ただ目の前に現れた自分の味方に全てを吐き出した。
 今まで流したことの無いくらいの涙を流し、大声で泣いた。
 碧は自分の境遇を竜斗に話し、日付が変わるほどの時間まで泣き続けた。
 幸い近くに公園があり、泣きつく碧をなんとかそこまで引っ張って行ったのだが。
 碧が泣き止んだのを見計らって、竜斗の方から話しかける。
「なるほどね、誰もいない家が寂しくて散歩してたわけだ」
 公園のベンチに座る二人を、外灯と月明かりが照らし出す。
 孤独感を感じる家の中が嫌で、いつの間にか街を歩いていたのだという。
「すみません、迷惑でしたよね」
 しゅん……という擬音がピッタリの雰囲気で、碧が謝罪の言葉を口にする。
 だが今度はそれに竜斗が苦笑を浮かべる、自分は迷惑など思ってはいないのだから。
「俺、なんか迷惑なことされたか? んなの一々気にすなって」
 そんな竜斗の返事に、碧の表情も少し柔らかなものになる。
「そろそろ帰らねぇと、寝る時間がなくなっちまうな」
 勢い良くベンチから立ち上がり、竜斗が三度碧に手を差し伸べる。
「家まで送るぜ」
 だが碧はまだその手を取ることを躊躇い、おどおどした口調で竜斗に語る。
「あの、紅月君」
 何かを言おうとしているのだが、碧は躊躇ってなかなか口に出来ないようだ。
 それもで竜斗は気分を害することなく、碧の言葉を待つ。
「その、こんなこと誰かに話したの、初めてで。でも何故か、紅月君には話せて……」
 まだ不安気な碧に、それでも竜斗は我慢強くその話を聞く。
「だから、その……」
 そこまで言って碧は一瞬口を紡ぐが、思い切ってその言葉を口にする。
「わ、私、紅月君の友達になっても、いいです、か……」
 碧にしてみれば勇気を振り絞って思い切った発言だったのだろう、不安そうに語尾が小さくなってしまう。
 碧の大声に一瞬驚いた竜斗だったが、フッと口許に笑みを浮かべもう一度碧に見えるように手を差し出す。
「何言ってんだよ、いいに決まってるだろ」
 竜斗のその言葉に、碧の不安が一気に拭われていく。
「でも輝里じゃ親しみねぇよな。これからは碧って呼ばせてもらうぜ、俺も竜斗でいいからよ」
「っ!」
 不安を全て吹き飛ばす竜斗の言葉に再び溢れる涙を拭い、碧は今自分が出きる最高の笑顔を見せる。
「はい、竜斗さん!」
 碧ははっきりと竜斗の名を呼びその手を取り立ち上る。
 その後竜斗は何気ない話をしながら、碧を家まで送っていった。
 勿論、自分が幻獣勇者であることを口止めするのも忘れずに。






 翌日、竜斗はいつもよりやや遅い朝を迎えていた。
 昨晩の見回りが祟ったか、見事に寝坊したのだ。
「やばいやばいやばいやばいやばい」
 学園までの道のりを全力ダッシュする竜斗は、ポケットから携帯電話を取り出し時間を見る。
 剣道部の朝練が始まるまであと10分、準備に5分は掛かると考えてここから5分で剣道場に入らなければならない。
「うぅおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
 謎の雄叫びを上げながら走る竜斗は、内門で止まることなく剣道場に駆け込む。
「おはようございますっ」
 雄叫びを上げていたテンションのまま剣道場の入り口で一礼すると、竜斗は早々と準備に取り掛かる。
「遅いぞ紅月、……神崎はどうした?」
 既に防具まで身に付け朝練の準備を終えている鳳凰寺 赤(ほうおうじ せき)が、竜斗に声を掛けてくる。
「え、獅季のヤツまだ来てないんスか?」
 赤の言葉に着替えながら既に来ているとばかり思っていた親友の姿を探す竜斗、しかしその姿は剣道場には見当たらない。
「ふむ、神崎は今日は風邪か」
 疑問系ではない赤の言葉に、竜斗が顔を引き攣らせながら言い返す。
「って、何で遅刻とか考えないんスか?」
「ないだろ、神崎に限って」
 ガクッと項垂れる竜斗は、きっぱりと言い切る赤に親友の信頼の厚さを思い知る。
「さぁ、そんなことよりも稽古を始めるぞ」
 この場にいない獅季以外の部員は竜斗と赤を除いて全員相手を組み、練習の準備を済ませている。
 その事実を認識した途端、竜斗の顔から血の気が引いてゆく。
「張り切っていくぞ」
 そんな赤の言葉が、竜斗には地獄からの呼び声に聞こえた。
(俺、大丈夫かな……)
 きっちり一時間後、竜斗は何とか朝練を乗り切り廊下を歩いていた。
 結果から言えば、その日獅季は朝練には現れず、竜斗は一人で教室に向かっていた。
「あ、竜斗さん」
 そんな時に聞こえてきたのは、やや嬉しそうな碧の声だった。
「ん、碧か」
 竜斗が振り返ると、そこには丁度階段から降りてくる碧の姿があった。
 この階段の先にあるのは会議室系の教室と、生徒会室のはずだ。
 そして小走りに駆け寄る碧の手には、竜斗がぞっとするような分厚い書類の束があった。
 恐らく朝から生徒会の仕事があったのだろう、何せ碧は高等部の生徒会長を勤める身だ。
「おはようございます、竜斗さん」
「あぁ、おはよ。……それ、生徒会の書類か?」
 若干顔を引き攣らせる竜斗に、碧は困ったような笑みを浮かべた。
「はい、昨日の騒ぎで2−Cの教室が荒されていたんです」
 2−Cとは竜斗や獅季、それに碧のクラスだ。その教室が荒されていたとはどういうことだろうか。
 訳が分からず眉間に皺を寄せる竜斗に少し脅えながらも、碧は書類を何枚か捲り簡潔に説明してくれた。
「えっとですね、何でもあの怪物が教室で暴れていたらしくて、机も窓も滅茶苦茶に壊されていたんです」
 碧が書類をもう数枚捲り、それを竜斗に見せる。
 そこには荒されていた教室の写真がカラーコピーで印刷されていて、竜斗は一瞬我が目を疑った。
「なっ? んだよ、これ……」
 写真に写る教室の光景、そこには何かに強引に押し潰され、引き裂かれ、更には焼け焦げた机や椅子が散乱し、窓や壁も同様の状態になっている非現実的なモノだった。
(どうなってんだ、俺が出るまでなんともなかったぞ。獅季だって……っ?)
 そこまで思考を巡らせた時、竜斗の脳裏にある可能性が浮かび上がった。
 自分が出るまでいつも通りだった教室、そこには獅季が残っていて次の日には何か人でないモノが暴れたように荒されていた。
 そこから導き出されるのは、それは竜斗が教室を出た後、教室に邪鬼が現れたという可能性。
(あの後すぐに邪鬼が現れたなら、俺が気付かなかったのも解る。でも……)
 幻獣勇者になる直前だった竜斗にはまだ邪鬼の気配を感じることは出来ず、もし教室に邪鬼が現れていたとしても気付くことは出来なかった。
 だが、竜斗が最初に見たような邪鬼が相手ならば、例え何体かいたとしても獅季ならば逃げ切るくらいは出来たはずだ。
 幸い獅季は竜斗と同様、普段から愛用の木刀を持ち歩いているのだから武器がなかったということはない。
 それに咄嗟の判断は竜斗よりも余程切れるのだから、呆然としている間にやられたというのも考えにくい。
(それに見た感じ教室の何処にも血っぽいのはない、って事は獅季が怪我した可能性も低いな)
「……さん、竜斗さん」
 竜斗がそんな思考の中に潜っていると、いつの間にか碧が心配そうな顔で顔を覗き込んでいた。
「どうしたんですか? 怖い顔、してましたよ」
「あ、悪ぃ、ちょっと考え事してたんだ」
 僅かに脅えた風な碧の表情に、竜斗は思考を一時中断した。
 考えていても仕方がない、そんな心の中の呟きを漏らした竜斗は碧に何気ない顔で話を振る。
「なぁ、教室がこんななら、俺たち何処で授業受けるんだ?」
 竜斗の問いに何とか脅えた表情は解けた碧は、何故か嬉しそうに答える。
「えっとですね、丁度2−Cの真上の教室です。元々空き教室なんですけど、机の数とかも問題なかったんでそこを使うことにしたんです」
 碧の答えに「そうか」と一言だけ相槌を打つと、竜斗は碧に背を向け走り出す。
「あの、竜斗さん?!」
「ちゃんとHRには遅刻しねぇから、先行っててくれ」
 走りながら肩越しに振り返った竜斗は、それだけ言うと2−Cの教室に向かった。
(写真だけじゃ解らねぇなら、直に見るしかねぇよな)
 元々考えて答えの出るような造りの頭は持っていない竜斗だ、考えるよりも先に行動する。
 教室へと続く廊下を歩く竜斗の目に映るのは、生徒達がいない以外はいつもと変わらない風景。
 だがそこにある一つの異常、ドア自体がなくなった2−Cの入り口に張られた立ち入り禁止のテープ。
 竜斗はそのテープを一瞥すると、さして気にした様子もなく無造作に剥がし教室の中へと入っていく。
「……」
 教室の中には、竜斗が絶句するほどの光景が広がっていた。
 ある程度整列して並んでいた机と椅子はばらばらに薙ぎ倒され、その一部が何かに引き裂かれたように壊れ、また木の部分は黒く焦げ鉄の部分は原型を留めぬ程溶けていた。
 床や壁、天井や窓に至るまでその惨状は広がっており、昨日までここで授業を受けていたのが嘘のようだ。
「こんなことが出来るのは、やっぱ邪鬼か」
 と考えを漏らしたとき、床に転がっている一振りの折れた木刀を見つけた。
 不安を覚えた竜斗は木刀に駆け寄ると、折れた柄の方を手に取り柄尻を見る。
 そこには獅季が特注で彫って貰ったと言っていた"獅"の文字が刻まれていた。
「獅季の、木刀だ……」
 折れた木刀は何も語ることはない、だが竜斗は獅季の木刀を握り締めその場に立ち尽くしていた。
「獅季が、邪鬼に……」
 それ以上の言葉を口にするのが躊躇われ、竜斗は口を噤んでしまう。
(どこのどいつだか知らねぇが、見つけたら必ず!)
 願うのは親友の無事、脳裏に浮かぶのは邪鬼の存在、竜斗の中で少しずつ歯車がずれ始めていた。
 いつの間に時間がたったのか予鈴を聞いた竜斗は、渋々真上にある教室でHRを受けていた。
 だがそこで竜斗の担任が口にしたのは、驚愕と絶望に彩られた刃物の様な言葉だった。
「神崎が、入院した。相当な重症で面会謝絶だと聞いている」
 その言葉に竜斗は目を見開き、だが頭は何が起きたか理解できていなかった。
 他のクラスメイトも皆、他愛の無い話をしたままの姿で硬直している。
 数秒の沈黙の後、最初に声を出したのは竜斗だった。
「……ぇ?」
 生徒からの説明を求める視線に、担任の教師は難しい面持ちで続けた。
「私も詳しい事は聞いていないんだが、昨日の事件に巻き込まれたらしいんだ」
 更に数秒後、教室がざわざわと喧騒に包まれる。
 それもそうだ、クラスでも中心的な人物であった獅季が突然入院したというのだから。
 竜斗はいよいよもって自分の悪い考えが正しかったことを思い知らされ、激しく動揺していた。
(獅季、無事で、無事でいてくれ……)





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