放課後、竜斗は担任に聞いた話を赤(せき)に伝え、部活を早退させてもらうことにした。
普段なら許可など出ないが、今回ばかりは赤も厳しい表情でOKを出した。
「わざわざ外に連れて行くなんて、ありえねぇよな」
竜斗の言う"外"とは、この海上学園都市八雲学園の外、いわゆる日本の本土のことだ。
あの後教師達に色々聞いて回ったのだが、獅季が何処の病院に入院しているかは解らなかった。
面会謝絶だと言って誤魔化す教師もいたが、中には本当に知らないと首を振る教師もいたのだ。
ならばと竜斗は、八雲学園内に設備されている病院に足を向けていた。
学校からバスで30分強の場所に、その病院はある。
"財団法人八雲学園総合病院"と書かれたプレートが塀に取り付けられたその病院は、八雲学園内に設備された、大型の総合病院である。
この病院は世界最先端級の医療設備が整っており、普通なら学園内の患者はここに担ぎこまれる。
怪我人が重症であれば重症であるほど、近くて医療設備が整った場所に連れて行かれるのは自然なことだ。
ならば入院先を一々隠すのは不自然だ、何か別のことを隠しているとも思える。
そう思い至った竜斗は手始めにこの病院を訪れていた、しかし……
「申し訳ありません、その患者は面会謝絶となっておりますので案内は出来ません」
受付の人から帰ってきた答えは、学校の教師となんら変わらぬモノだった。
「せめて病室だけでも教えてもらえないんスか?」
「大変申し訳ありません、通常の病棟ではありませんので、病室をお教えすることはできません」
"お教えできません"、その一点張りだった。
(このままじゃ埒があかねぇ、一端帰っておじさんに話聞くか)
獅季の父親であり、中学頃まではよく稽古をつけてもらった獅季の父親のことを考え渋々病院を後にする。
病院を出てまず最初に見えるのは、八雲学園外に繋がる電車の駅だ。
そこには基本的に学園内の住民はほとんど縁は無く、特に学生服の者が歩いていれば目立つことこの上ない。
そして竜斗は駅の前で周囲をキョロキョロと見回している、八雲学園高等部の女生徒を発見した。
ただそれだけなら気にせずその場を離れたのだが、その女生徒はあろう事か碧だったのだ。
「……碧?」
目を点にして唖然とする竜斗を他所に、碧は竜斗を見つけるや否や笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。
「竜斗さん、やっと見つけました」
まだ碧のことを良く知っているわけではないが、少なくとも高等部の生徒がこんな所にいるのは不釣合いなのは理解できる。
しかも"やっと見つけました"というのは、明らかに自分を探していたということだ。
「いや碧、こんなトコで何やってんだよ」
「竜斗さんがこっちの方に行くのが見えたんで、追いかけてきたんです」
なにやら幸せそうにはっきりと答える碧に、竜斗は頭を抱えたくなった。
「俺を追っかけてきたって、なんか用事でもあったか?」
こめかみを押さえたくなるのを必死に堪える竜斗に、碧は不安そうな表情になる。
「いえ、ただ竜斗さんと一緒に帰りたいなぁって。迷惑でしたか?」
迷惑かと聞かれればそうではない、しかし普通なら見失った時点で諦めて帰りそうなものだが。
「それで、こんなトコでまで探してたのか」
もはや溜息しか出ない竜斗に、どうしたのかと小首を傾げる碧。
どうやら碧は竜斗が考えていた以上に、天然だったらしい。
「はぁ、ん?」
思ってもいなかった碧の姿に溜息を吐いた竜斗は、ふと碧の首許に光るものを見つけた。
「……? なんですか?」
竜斗の視線に更に首を傾げる碧、どうやら自分では気付いていないらしい。
「その首に下げてるの、指輪か?」
竜斗が碧の首許に見つけたそれは、チェーンを通して首から下げられた羽飾りの付いた銀の指輪だった。
「え? あ、これですか?」
碧もようやく気付いたのか、手にとって一瞬だけそれを眺める。
「お母さんが、子供の頃に買ってくれた誕生日プレゼントなんです」
何か懐かしむような口調の碧に、竜斗は自然と碧の言葉に耳を傾けていた。
「これを買ってくれた時にお母さんが、"これがピッタリになった頃には、碧も立派な大人ね"って言ってくれたんです」
瞼を閉じて語る碧の姿を見ていた竜斗も、どこか何かを懐かしむような表情になっている。
「その所為か、まだはめれない指輪をこうしてペンダントにしていつも着けてるんです。 いつかはめれるようになる日まで……」
そこまで言った碧は、一変して悪戯を友達に聞かせる時のような表情を浮かべる。 「いつもは服の中に隠してるんですけど、竜斗さんを探してる間に出てきちゃったみたいです」
「出てきちゃったみたいですって」
つまりはそれだけ必死になって探していた、ということなのだろう。
ひょっとしたら竜斗が病院のなかで粘っている間、ずっと走り回っていたのかもしれない。
そんなことを考えて呆れると同時に、なんだかむず痒いものを感じる竜斗。
こういうタイプの人と接するのは初めてだからだろう、碧の健気さに照れているのだ。
「それであの、一緒に帰って、いいですか?」
不意に上目遣いに竜斗を見つめる碧、その僅かに潤んだ瞳に竜斗は一瞬頭が真っ白になる。
整った顔立ちと腰辺りまであるストレートの黒髪、碧は客観的に見て美少女と言っても過言では無い。
そんな少女にこんな顔をされて平静を保てるほど、竜斗はまだ人が出来ていない。 「そ、そうだな。時間ももう遅ぇし、帰るか」
ガリガリと頭を掻きながらぶっきら棒に答える竜斗に、しかし碧は満面の笑みを浮かべて横に並ぶ。
「本当はお買い物とか出来たら良かったんですけど……」
自覚はしていないようだが、碧はほとんどデート感覚のようだ。
ちなみに、竜斗はそんなことには全く気付いていない。
「いいぜ、買い物くらいなら。っと、碧が時間大丈夫ならな」
自分の言葉に気を使って無理をしないよう、一応釘を刺しておく。
「私は大丈夫ですよ、家に帰っても独りになるだけですから……」
どこか陰りのある表情でそう答える碧に、竜斗が墓穴を掘ったと苦い顔になる。
「ほ、ほら、早く行かねぇと店閉まっちまうぜ」
「あ、り、竜斗さ、ん。あの……」
なんとか重たくなった空気を和らげようと、碧ねの手を引き走り出す竜斗。
碧は碧で突然竜斗に手を引かれ面白いくらいに動揺している。
だが次の瞬間、そろそろ夕焼け空になろうかとしていた空が突如暗く分厚い雲に覆われ太陽の光を遮られた。
それと同時に竜斗は、別の変化も瞬時に察知した。
「なんだ、この気配……」
幻獣勇者としての竜斗の感覚が、近くに邪鬼の気配を捉えていた。
それも今までに感じたことの無い、背筋の凍るような異様な気配だ。
しかも周囲を見渡せば、駅前を歩いていた人々が次々に倒れていく。
近くで倒れた人に駆け寄ろうとする竜斗の服を、何かがキュッと掴んで引っ張っている。
振り返れば俯いた碧が、ガタガタと肩を震わせていた。
「竜斗さん、何か、とても嫌な気がします……」
俯いたまま今にも倒れてしまいそうな様子の碧が、明らかに何かに脅えるような声で訴えてくる。
竜斗も今起ころうとしている事がただ事でないことは理解していたが、邪鬼というのは人にこうも影響を及ぼすモノなのかと疑問にも思っていた。
『この気配は! 気をつけるんだ竜斗、これは邪戦鬼の気配だ』
考え込む竜斗に、愛用の木刀からエスペリオンの声が発せられる。
その声に我に返り、同時に言葉の意味を理解してエスペリオンに聞き返す。
「邪戦鬼ってあの、昨日言ってた邪鬼の戦士みたいなヤツか」
「その通りだ」
竜斗の問いに、エスペリオンではない別の声が答えた。
それは力強く逞しい男性の声で、だが人のそれとは異なる響きを持っていた。
「誰だっ!」
声の方へと振り返り叫ぶ竜斗の視界に、何の変哲も無い普通の男性の姿が映った。
ただ唯一、人間にはあるはずのないモノがその額から天を指していた。
「……角?」
それを見た碧は、そう呟くことしか出来なかった。
そこから放たれる、否、二人の前に現れた男の全身から放たれる禍々しい空気に、身体が言うことを聞いてくれないのだ。
額の中央に一本角を携えた男は、口許に笑みの形に歪め二人に歩み寄ってくる。
「邪戦鬼とは、邪鬼の中でも戦士と呼ぶに相応しい者にのみ与えられる称号(な)……」
突如男の右腕が発火し、腕を包み込む程の炎の中でその腕が徐々に形を変化させていく。
「この、オレのようにな」
男が炎に包まれた右腕を一閃すると、炎が払われ異形の右腕が露になる。
外骨格の様な硬質で黒光りする表皮に、肘や肩から飛び出した突起、更には人の肉でも簡単に引き裂きそうな鋭い爪。
「炎と、爪……」
男の異形の右腕を見た竜斗の脳裏に、今朝見た教室の惨状が過ぎる。
炎に焼かれ鋭い何かで切り裂かれた教室、そこに落ちていた折れた獅季の木刀。
「お前が……」
「そういえば、昨日は見事な戦いぶりだったな。"ガッコウ"とやらの中から見させてもらったぞ」
まるで怒りや憎しみを誘うような男の言葉に、竜斗は歯軋りしながら木刀を紅竜刀に変化させる。
「確かその時に威勢の良いガキがいたな、余興にもならなかったがな」
その時を思い出しているのか、男は異形の右腕の拳を開き、再び閉じる。
「テェェメェェェェッ!!」
男の挑発に感情を爆発させた竜斗が、無防備に紅竜刀を振りかぶって飛び出す。
『待つんだ竜斗ッ!』
エスペリオンの制止も竜斗の耳には届かず、竜斗は邪悪な笑みを浮かべる男へ紅竜刀を振り下ろす。
だが男はその身体に紅竜刀が触れる直前、突き出した右腕から小規模の爆発を発生させ竜斗の身体を吹き飛ばす。
「ぐぁぁぁっ!」
「竜斗さんっ?」
宙を何メートルも吹っ飛ぶ竜斗に、爆風に顔を顰めながら悲鳴を上げる碧。
無防備な状態で爆発を真正面から受けた竜斗は、受身も取れずにアスファルトの上を転がっていく。
「無様だな、幻獣勇者とはその程度か?」
男はアスファルトを転がる竜斗を嘲笑うと、自分の身体を確かめるかのように拳を握り締める。
「しかし、人の身体とは良いものだ。恐怖を与えるだけで絶望が満たされる」
碧が駆け寄りフラフラと立ち上がる竜斗は、男の言葉に思わず呟いていた。
「人の、からだ?」
『まさかっ?!』
竜斗に続き、エスペリオンまでもが明らかな驚きの声を上げる。
しかしエスペリオンのそれは竜斗のモノとは違い、何かを悟った事を感じさせる声だ。
「流石に気付くか、その通りだよ幻獣」
エスペリオンの反応に満足したのか、男は人の形をした左の腕で自分の胸に触れる。
「この身体は元は人間の物だった。この、炎狼鬼(えんろうき)の手に落ちるまではな」
炎狼鬼と名乗る男は勝ち誇ったように右の拳を握り締め、それを天高く掲げる。
そしてその腕が再び爆炎を纏い、周囲を照らすほどの炎を宿す。
『ならばキサマは、我々幻獣と同じ方法で人と接触しその身体を乗っ取ったというのか』
「本当にいいモノだ、この人間というのは。そうだろう、幻獣?」
エスペリオンのほぼ確信に近い推測に、炎狼鬼は挑発を持って返す。
「オレは邪鬼界で感じる人の悪夢(ゆめ)に入り込む方法を研究し、人間界に自分の意識と力を顕現させることに成功した。そして……」
炎狼鬼の右腕で燃え上がった炎は、弾丸のように放たれ黒雲に覆われた空へと飲み込まれてゆく。
「人間の悪夢(ゆめ)と身体を媒体に、この人間界にようやくオレの身体を喚ぶことが出来る」
炎狼鬼の放った炎を飲み込んだ黒雲から、次第に無数の雷鳴を轟かせ何かがせり出してくる。
『竜斗、早くワタシを召喚するんだ。邪戦鬼の本体が来るぞっ!』
エスペリオンの言葉を聞いてか、それとも本能的にか、竜斗は紅竜刀を地面に突き立てる。
「幻獣、招ぉぉ来ッ!」
もはや碧の姿も見えていないのか、その場で魔法陣を展開しエスペリオンを召喚する竜斗。
その瞳には敵である炎狼鬼しか映っていないのだろう。
エスペリオンが召喚されるのと同時にその頭部に乗った竜斗は、すぐさま夢幻一体を行う。
『落ち着くんだ竜斗、負の感情を抱いては邪鬼の思うつぼだ』
怒りや憎しみといった負の感情が膨れ上がる竜斗にはエスペリオンの声も届かず、竜斗は人型に変形したエスペリオンで紅竜刀を振るう。
「獅季を、テメェが獅季をっ!!」
感情のままに乱れた剣では敵は斬れない、だが今の竜斗では感情を抑えることなどできようもなかった。
「これではさっきと同じだな、未熟な戦士ッ!」
無謀に突撃する竜斗は地上に降りた何かの放つ爆発にあっさりと弾かれ、エスペリオンの身体が八雲学園の駅の方へと吹き飛ばされる。
『いかん?!』
このままでは一般人に被害が出る、そう判断したエスペリオンは身体を捻り駅への衝突を免れたが、敵に背を見せるように倒れ込んでしまった。
地上に降り立った何か、それは20メートルを越える巨大な邪鬼。
それも頭部は狼の形をしており、両腕からは鋭く長い爪が伸びている。
コレこそが多くの邪鬼を倒し邪戦鬼の称号を得た、爆火の邪戦鬼・炎狼鬼の真の姿だ。
「オレは邪戦鬼が一鬼、炎狼鬼ッ! 貴様の様に夢も持たぬ人間など相手ではないっ!」
そう叫ぶと、炎狼鬼は両腕の爪に炎を燃え上がらせ体勢を低くして突撃の構えを取る。
全身のバネを惜しげもなく使い、猛獣が如く突進でエスペリオンに迫る炎狼鬼。
「貴様の死に様で、この街を絶望に染め上げてくれるわっ!」
「うおぉぉぉぉっ!」
竜斗は振り返りながら立ち上がり、振り返る遠心力を使って斬撃を放つ。
「遅いっ!」
竜斗が紅竜刀を振り下ろすより一瞬速く懐に飛び込んだ炎狼鬼が、燃え盛る両腕の爪をエスペリオンの腹部に叩きつける。
「爆狼爪(ばくろうそう)ッ!!」
燃え盛る爪がエスペリオンの身体に触れると同時に、周囲の建造物を吹き飛ばすほどの爆発が起きる。
「うぁぁぁぁっ?!」
『ぐぉぉぉぉっ?!』
刀を振り下ろす瞬間という完全に無防備な状態で爆発を受けたエスペリオンは、八雲学園の校門たる駅を跳び越しその先の海面へと派手な飛沫を上げて消えた。
学園の外へと消えるエスペリオンの姿を、唯一碧だけが見ていた。
「竜斗さんっ?」
そこに竜斗がいると解っているが碧には何の力もない、助けることも支えになることも出来ない。
ただ陰で悲鳴を上げていることしか出来ない、そんな無力な自分を心の中で嘆いていた。
(竜斗さんの力になりたい。でも、私に何が出来るの?)
エスペリオンが消えた方を眺め仁王立ちする炎狼鬼を見上げ、碧は恐怖に足がすくんでしまう。
自分では戦うなどとても出来はしない、でもせめて何か竜斗の力になりたい。
そんな想いが碧の中で膨れ上がり、それは徐々に形を成していく。
(私には戦うなんて出来ない、ならせめて竜斗さんを護れる力が欲しい)
碧の想いが形を成して、それはある場所へと伝わる。
『その気持ちは本物かしら?』
それは何処からともなく聞こえてきた、とても暖かい声だった。
それが空気の振動を通じた実際の音でないことは、碧にもすぐに理解できた。
(なに、頭の中に直接声が?)
そして気付けば碧は、何処とも知れない真っ暗な闇の世界に立っていた。
『力が欲しい。貴方は今、そう言ったわよね』
真っ暗な世界の何処からか聞こえてくる声は、やや厳しい調子で碧に問いかける。
(……はい、私は力が欲しい、竜斗さんを護れる力が。竜斗さんが怪我をするのなんて見たくない)
人と話すのは苦手で引っ込み思案に見えがちな碧だが、本当は強い心を持っている。
一度決意すれば、その想いを、その気持ちを曲げることはない。
『それはあの男の子が、自分に手を差し伸べてくれたから?』
まるで意地悪でもするような問いかけに、碧ははっきりと笑みを浮かべて答える。
(それもあります、でもそれだけじゃありません)
そこで一度言葉を区切ると、碧はあくまで一人の少女としての顔で言葉を紡ぐ。
「だって、竜斗さんは、私の友達だから」
碧の言葉に満足したのか、真っ暗な世界の奥から暖かな光を放つ何かが近付いてきた。
『フフッ、敵わないわね、まったく』
それは全長10メートルをゆうに越える巨大な純白の天馬、先ほどから聞こえていた声はこの天馬が発しているようだ。
普通ならその巨体に恐怖すら感じるはずが、碧は何故か落ち着くどころか安らぎすら感じていた。
『アタシはシードペガサス、"何かを護ろうとする優しさ"と共に生まれた幻獣よ』
「シード、ペガサス?」
とても優しい、とても安らぐシードペガサスの声に、碧は自分が求めているものがそこにあるのを確信した。
『貴方の想い、確かに受け止めたわ。さぁ、共に護るアタシに貴方の望む形を』
シードペガサスの言葉に碧は首から下げた指輪に視線を移し、一拍置いてからチェーンを外し右手の中指にはめる。
「"夢"に生まれし優しき天馬よ、我が指輪に宿りてその光を照らせ」
碧がそう唱えると、シードペガサスはソフトボール大の光球へと変化し碧の胸の辺りに吸い込まれていく。
碧の身体を光が満たすと、はめていた指輪にまで変化が現れた。
指輪から布状の光が伸び碧の腕をを包み、指輪に繋がった肘までを覆う手袋を形成する。
そしてその手袋からは純白の翼が広がり、その羽が散ると同時に碧の周囲は元の駅前に戻っていた。
『碧ちゃん、貴方の力は何のため?』
あえて今一度問いかけるパートナーに、碧はやはり一人の少女として決意に満ちた瞳で答える。
「もちろん、大切な人を護るため」
そう告げた碧は右手を天へとかざし、今はまだ別の世界にいるパートナーを呼ぶ。
「幻獣招来、来たれ輝ける天馬!」
碧の腕から広がる翼が天へと光を放ち、空を覆っている暗雲に輝く魔法陣を描く。
魔法陣は完成と同時に雲を払い、その更に上空に同じ魔法陣があることを見せた。 上空にある魔法陣から光が溢れると、そこから碧が真っ暗な世界で出会ったシードペガサスが飛び出しもう一つの魔法陣へと羽ばたく。
二つ目の魔法陣を通った瞬間、シードペガサスは純白の色はそのまま鋼の身体へと変化した。
「幻獣、まだいたのか」
空に現れたシードペガサスを見て呟く炎狼鬼が、再びその爪に炎を灯す。
『いくわよ、狼みたいな赤鬼さんっ!』
急降下したシードペガサスが羽ばたくと、散った羽が光弾となって炎狼鬼に降り注ぐ。
しかし炎狼鬼は片腕を振るだけでそれを払い除けると、急降下してくるシードペガサスに向かって飛び上がる。
「貴様もオレの爆炎の餌食になれッ!!」
『わぉっ?!』
シードペガサスがもう一度羽ばたくと、今度は散った羽が光を放ちその場に障壁を生み出す。
「すごい」
下から見ていた碧が、炎狼鬼の攻撃を受け止めるシードペガサスに感嘆の声を漏らす。
『攻撃は苦手だけど、防御なら自信あるわよ』
そう言って炎狼鬼をやり過ごすと、大きく迂回してから碧の下に降り立つ。
『一緒に来て碧ちゃん、アタシだけじゃ護れないわ』
「今、行きます」
碧が右手をかざし、竜斗がしていたように言葉を紡ぐ。
「夢幻、一体……」
言葉と共に光を放つ碧の身体が、傍らに立つシードペガサスの身体へと吸い込まれていく。
『チェーンジ!』
シードペガサスが高らかに叫ぶと、その鋼の身体が変形を始める。
まず天馬の翼が分離すると脚が全て折りたたまれ、下半身が伸びて脚になり踵とつま先が迫り出す。
次に上半身が前に倒れると馬の頭部が右を向くように腰が捻られ、同時に首ごと馬の頭部が身体から分離する。
首の分離した部分から収納されていた腕が現れ、馬の前足が付け根の装甲ごと右腕の方に展開し肩になる。
更に分離した馬の頭部は首を短く変形させると、中から左腕が現れ身体の左側に接続される。
そして最初に分離した翼が後腰に装着され、頭部が起き上がり瞳に碧とシードペガサスの優しさが宿る。
『「幻獣勇者ッ! シーィドペガサスッ!!」』
大切なものを護るため、今ここに新たな幻獣勇者が誕生した。
「行きます!」
碧の掛け声で後腰の翼から光の粒子を散らし、人型へ変形したシードペガサスが空へと舞い上がる。
『まずは大事な彼を助けなきゃね』
エスペリオンが消えた海面を空から見下ろすシードペガサスは、楽しそうに言うと徐に翼を広げる。
「助けるって、どうするんですか?」
『簡単よ、こうするのっ!』
碧の問いに行動で答えるシードペガサスは、広げた翼から4枚の羽を外しそれエスペリオンが消えた海面へと光線を描き飛ばす。
エスペリオン同様海面へと消えたシードペガサスの羽、だがその直後海中から光があふれ出した。
「ペガサスさん、今何をしたんですか」
『"ヒールフェザー"、アタシは防御の他にも治療なんかも得意なのよ』
海中の光が収まると、海面を揺らしエスペリオンが立ち上がってきた。
「なんだ、傷が塞がってる?」
正気を取り戻したのか、普段の調子で呟く竜斗。
『海水を浴びて、少しは頭が冷えたか』
「すまねぇ、だいぶ取り乱しちまったみたいだな」
微妙に怒ったようなパートナーの声に、竜斗は申し訳なさそうに言葉を返す。
「誰だか知らねぇが、助かったぜ」
身体の調子を確かめまだ戦えることを確認すると、上空のシードペガサスを見上げる。
「良かった、平気なんですね竜斗さん」
「なっ? その声、碧か?! そんなトコで何やってるんだよ?!」
エスペリオンの近くに降りるシードペガサス、その中から聞こえた碧の声に竜斗が驚愕の声を上げる。
『何って、キミを助けに来たんでしょ?』
さもありなんと告げるシードペガサスは、再び後腰に装備した翼から無数の羽を飛ばし障壁を作る。
次の瞬間にはその障壁を目も眩むような爆発が襲う、炎狼鬼が攻撃を仕掛けてきたのだ。
「竜斗さんが傷付くのは見たくないんです。だから、私が竜斗さんの盾になります」
最早決めたこと、碧は竜斗に了解を取るのではなく自分の意志を直接伝える。
「……ここは戦場だ」
碧の決意に竜斗は勤めて冷静に言葉を返し、背を向ける。
「竜斗さん……」
竜斗の行動を拒絶と取ったのだろう、碧の表情が陰りを帯びる。
「自分で選んだ道は、最後まで貫き通せよ」
それだけ言うと竜斗は紅竜刀を構え、炎狼鬼を睨みつける。
数瞬の後、竜斗の言葉の意味を理解した碧がその表情に喜びを表し竜斗同様に炎狼鬼に向き直る。
「オレを無視して仲良くお喋りか、その行動後悔することになるぞ」
未だに駅前広場に仁王立ちする炎狼鬼が怒りの声を上げ、両腕の炎を一層大きく燃え上がらせる。
『後悔するのは貴様だ、邪戦鬼』
『そうよ、ここからが幻獣勇者の本領発揮なんだから』
炎狼鬼を挑発するかのようなエスペリオンとシードペガサス、二人は既に自分達が有利に立っていることを確信していた。
最初に動いたのはシードペガサス、一気に上空に舞い上がると翼を広げる。
『セイントウイング展開、フェザー射出』
シードペガサスの翼、セイントウイングから射出されたフェザーは状況に応じて様々な能力を発揮する万能装備だ。
防御や治療に特化した力を持っているが、決して攻撃が使えないわけではない。
「シュートフェザー、行ってくださいっ!」
射出された無数のフェザーは光弾の雨となって炎狼鬼に降り注ぐ、一つ一つの威力は低くともこれだけの数では炎狼鬼とて無視できる攻撃ではない。
「だが、これだけではオレは倒せんっ!!」
自分の生み出す爆発を利用して光弾の雨を振り払った炎狼鬼だが、目の前には既にエスペリオンが迫っている。
「紅月流、鋭月ッ!」
「ぬぅっ?!」
間一髪で直撃は免れたが、紅竜刀は炎狼鬼の左腕に深い切り傷を作る。
『ジャスト、ヒィットッ♪』
エスペリオンの間合いから逃れた炎狼鬼を再び光弾の雨が襲う、だが今度の光弾はただの攻撃ではなかった。
「捕まえました、セイント・ディメンジョンッ!」
光弾は直接炎狼鬼には当たらず、周囲で光の障壁を生み出しその動きを封じる。
「しまっ、動けんっ?!」
『今だ竜斗、ヤツの角をっ!』
エスペリオンに頷きで答えると、竜斗は紅竜刀を構え炎狼鬼に向けて飛び出す。
完全に一足一刀の間合いの外から踏み込んだ竜斗は、炎狼鬼の前で紅竜刀を振りぬき大きく一回転、遠心力をつけて尚且つ間合いを詰め斬撃を放つ。
「紅月流……、月華(げっか)ッ!!」
「グウォォォォォッ!!」
遠心力を得て放たれる技、紅月流剣技・月華は炎狼鬼の角を確実に捉えた。
だが刃と角が触れる瞬間、炎狼鬼自信も巻き込みかねない大規模な爆発が周囲を支配する。
咄嗟にシードペガサスがフェザーで生み出した障壁を使い、爆発を上へと逃がさなければ街が半壊していただろう。
爆発とその煙が晴れた後、そこに残っていたのは爆発の影響で全身に傷を負ったエスペリオンと無茶な力の使い方をして消耗しきったシードペガサスだけだった。
「勝った、のか?」
エスペリオンと感覚を共有しているため、全身に痛みを感じながら竜斗が姿の見えない炎狼鬼を探す。
『どうやら、先ほどの爆発に乗じて本体を邪鬼界へと戻したようだ。近くに気配はない』
『もう、人の姿で街に逃げ込まれたら探せないじゃない』
状況を分析する2体の幻獣は、倒せなかったことを惜しんでいるがどこか安堵の気配を漂わせている。
「でもこれで、邪鬼の創った夜が晴れる・・・・」
邪戦鬼の召喚に伴って現れた暗雲は徐々に晴れ、空は夕焼けのオレンジから夜へ移り行く茜色へと変わっていた。
邪戦鬼の力の影響で気を失っていた人たちが目を覚ます頃には、エスペリオン達は竜斗達の中に戻り竜斗達も当事者とばれない様に帰路についていた。
「竜斗さん、私竜斗さんと一緒に戦います」
竜斗が碧を家に送っている道中で、碧が唐突にそう宣言した。
まるでそう言われることを予測していたかのように、竜斗は振り返りながら苦笑を浮かべる。
「何言ってんだよ、いいに決まってるだろ」
そうすることが自然であるように、昨晩と同じ言葉で竜斗は碧の決意を受け止める。
「っ?!」
碧も昨晩のやり取りを思い出したのか、驚いたような表情を見せる。
「本当はこんなことに巻き込みたくねぇけど、今日はホント碧に助けられちまったからな」
照れ隠しなのか頭をかいて顔を背ける竜斗は、今度は自分がとばかりに真剣な表情を受かべる。
「これからも、俺と一緒に戦って欲しい。それが俺にとっても碧にとっても一番だと思うから」
竜斗の言葉に感動のあまり目尻に涙を浮かべる碧、もちろん碧の返す言葉は決まっている。
「はい、竜斗さん」
碧の顔には昨晩と同じ、いやそれ以上の輝きを見せる笑顔が浮かんでいた。
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