幻獣勇者の力を限界以上に引き出し、あらゆる邪鬼を倒すことの出来る力。
 永遠の希望≠ニ呼ばれるそれは、幻獣勇者一組の命を消費し、その幻獣勇者の希望を永遠のモノにする力だ。
 これは幻獣勇者であれば誰でも持っている力であり、その実幻獣勇者という存在が生まれて以来、使われた回数は非常に少ない。
 この力を使った幻獣勇者は、概念的には死する≠アとになるが、その源たる希望は幻獣界と人間界を満たし、命あるモノ達の抱く希望と融合する。
 よって、永遠の希望≠ヘ幻獣勇者という個≠失う代わりに、命あるモノ達の心の中で一握りの希望という形で生き続ける。
 つまり、希望を抱く事の出来る命あるモノ達が永遠に生き続ける限り、永遠の希望≠使用した幻獣勇者もまた永遠に生き続けるという事だ。
 ありきたりな言葉ではあるが、そうして双御沢 空弥は彼等の心の中で生き続ける。
 例えそれが、人としての姿を失おうとも。
 その結果、未だにその妹、双御沢 鏡佳が目を覚まさないとしても。
『すまない、それを知っていながら、ワタシは彼を止めることが出来なかった』
 感情を押し殺した声でそう締めくくり、エスペリオンの話は終わった。
 あの後、流石に病院の方は緊急患者で手一杯ということで、とりあえず紅月家に戻った竜斗達は一晩丸々休息に当てた。
 戦い詰めだった竜斗など、自室に着いた頃には既に意識を失い、グッスリと眠っていた程だ。
 皆、僅かばかりの休息にようやく安堵の声を漏らすのだった。
 そして翌朝、目を覚ました竜斗に合わせて集まれる面子を集め、エスペリオンが事の詳細と永遠の希望≠ノついての説明を行ったのだ。
 テーブルを壁に立て掛けて広くした居間の畳に座り、同じく床に置かれた紅竜刀から声を発するエスペリオンの話に耳を傾けていた竜斗は、自嘲気味に口許を緩めた。
「何言ってんだよ。そいつを言えば、俺の責任にもなっちまう。いや、事実そうなんだけど……って痛たたたたたたっ?!」
 相棒を励まそうとしながら、逆に自分が落ち込んでしまった竜斗は、自分の腕を襲う激痛に表情を歪め悲鳴を上げる。
「み、碧? あの、痛い…んですけ…ど?」
 視線を腕の方……というより自分の隣に向けると、そこには竜斗の腕に包帯を巻きながらも見事に間接を極めて、怒ってむっとした表情で睨んでいる碧と目が合った。
 不覚にもそんな表情の碧も可愛い、なんて思ってしまうのは不謹慎を通り越して病気かも知れない。
「竜斗さんも=Aそれを解ってて……」
 口を開くと、碧はも≠強調して話し始め、そしてその顔が急に翳る。
「……碧?」
「……解ってたのに……なんで…あんな事したんですか……」
 竜斗がその顔を覗き込もうとする前に、碧は竜斗の胸に飛び込んだ。
「……っとと」
 予想以上に軽い碧の身体を支えて倒れないようにバランスを取る竜斗。
「もう、あんな思いをするのは……嫌です!」
 碧の悲痛な言葉に、呆気に取られる竜斗。
 そう、碧の言う通りなのだ。
 竜斗もあの時、自分の命を天秤に掛けた上で、それでもあの力を使った。
 帰って来れたから良かったモノの、もしも、と考え出すと自分はとてつもなく愚かな選択をしたのではないか。
 自分の胸で隠された碧の涙に、竜斗はそう思わずにはいられなかった。
「ゴメンな、碧」
 でも、それが逆に帰ってこられた事に対する嬉しさを引き立たせる。
 竜斗は包帯が巻き掛けになった腕で碧を抱き寄せ、もう片方の手で髪を梳く様に優しく碧の頭を撫でる。
「……竜斗さん?」
 今までされた事のない、でも不思議なくらい心の安らぐ竜斗の行動に、戸惑いながらも身を任せる碧。
「もう、あんな事絶対にしない。碧を悲しませたりもしない、独りにもしない。ずっと俺が、側で守る。碧を傷つけるモノからも、碧を悲しませるモノからも、俺が碧を守ってみせる」
 さりげなくとんでもない発言をする竜斗だが、碧の心はそんな竜斗にすっかり寄りかかっている。
「竜斗さん? ありがとう…ございます……」
 目蓋を閉じ、竜斗の胸に耳を当てて完全に竜斗に身を任せる碧。
 トクン、トクン、という竜斗の鼓動と頭を撫でられている心地良さに、このまま眠ってしまいそうになる。
「……こほんっ!」
 そんな眠る寸前のまどろみの様な時間は、一人の少女の咳払いによって中断される。
「お兄ちゃん? 今日は、ゆっくり寝てた方がいいと思うよ?」
 ニッコリと、しかしこめかみの辺りにぶっとい青筋を立てた黄華が、優しく竜斗に助言……いや、警告する。
「ぉ、おう、そう…だな」
「あぅ……」
 珍しく怒りを目に見えて表現する黄華に竜斗はカクカクと頷き、碧も頬を朱に染めて途中だった治療を再開する。
「それで、空弥の事はわかったけど……」
 はぁ、と猛る怒りを何とか吐き出した黄華は、一番重要な事を話していない竜斗に問いかける。
「もう一人の、獅季…だっけ? はどうしたの?」
 黄華の疑問はこうだ。
 当初の目的であった竜斗の親友、神崎 獅季の名前が途中からまったくでなくなったのだ。
 空弥がその命を賭してまで救出し、竜斗に託した獅季は、いったい何処に行ったのか。
「ん? あぁ、獅季なら……」
「神崎くんでしたら今は病院のベッドの上ですよ、黄華さん」
 竜斗の言葉を遮り、竜斗達のいる今の縁側の方から声が届く。
 その声と独特な丁寧な口調は、その場にいる全員の記憶にあるものだった。
「療養中失礼しますね、紅月くん」
 竜斗達が名前を呼ぶよりも速く、縁側との境である障子が開き声の主が姿を現す。
「恭也先生、来てくれたんスね」
 八雲 恭也。八雲学園の国語教師であり、最近になって不思議と竜斗達との接点の増えてきた謎の青年だ。
「身体の具合はいかがですか?」
「えぇ、碧のお陰でかなり楽ですよ」
 拳を握って見せたり腕を動かして見せたりと、竜斗は自分の身体が快調に向かっているのを恭也に伝える。
「それよりも、あの時はありがとうございました」
 座ったままだが身体ごと向き直り、恭也に頭を下げる竜斗。
「生徒の身の安全を守るのも、教師の役目ですからね。あのくらいはお安い御用、といったところですよ」
 対して恭也は、さもなんでもない風に微笑み返すだけだ。
「竜斗さん、何のことですか?」
「あぁ、邪神鬼と戦ってる時にな、恭也先生が獅季を連れてってくれたんだ。獅季を抱えたままじゃ思い切って戦えないだろう、ってな」
 そうなのだ。恭也はあの時、獅季を戦場から連れ出した張本人だ。
 漆黒の破壊の奔流がロードエスペリオンを襲った瞬間、爆風の中で竜斗に近付き獅季は自分が安全な場所に避難させる、とそう言ってきたのだ。
「ねぇ、前から思ってたんだけど」
 そこまで口を塞いでいた黄華が、初めて恭也に向けて口を開く。
「なんでしょうか?」
「あなた、何者なの? ただの先生じゃ、ないわよね」
 それは正しく、彼女らしい直球な質問。
 黄華は瞬きもせずに恭也を見据え、恭也もまた真っ直ぐに視線を返す。
「いいえ、黄華さん。私は、昔少しだけやんちゃ≠しただけの、ただの先生ですよ」
 腰を折って黄華と視線の高さを合わせ、眼鏡越しにじっと黄華の瞳を見つめ微笑む恭也。
 誤魔化しているのは判るのだが、嘘を言っている風ではない。
「その内、詳しくお話する時が来るでしょう。それまでは秘密、という事にしておきますね」
 目を細めて優しい笑顔を作り、姿勢を正す恭也。
「神崎くんは総合病院の特別棟六〇八号室に、双御沢さんは九〇八号室に入院しています。御自分の身体に差し支えない程度に、お見舞いに行ってあげてくださいね」
 竜斗に視線を向け、ニッコリと笑って釘をさす恭也。
「ははは、わかりました」
 恭也が帰ればすぐにでも見舞いに行くつもりで頭の中で算段を立てていたのだが、鼻先を出す間も無く挫かれてしまう竜斗だった。
「では皆さん、また学校でお会いしましょう」
 挨拶と共に一礼し、縁側の廊下を通って玄関の方へと去っていく恭也を目で追う竜斗。
(しばらくはゆっくり休むとするか。赤先輩に見つかってしごかれるくらいなら、しばらくじっとしてるのが利口な判断だよな)
 内心苦笑を浮かべながら、竜斗は碧が治療を終えたのに合わせて畳の上に寝転がる。
 今日はこのまま眠るのも悪くない、そんな風に思えてくる。
(碧もいるし、タオルケットでも掛けてもらえば風邪引く心配もねぇだろ)
 目蓋を閉じ、身体から力を抜いた。その時、
『ある…じよ……われを…もと…め…よ……』
 そんな声が、竜斗の脳裏に響いた。
 最初はエスペリオンが語りかけているのかとも思ったが、明らかに違う。
 エスペリオンはこんな事を言わない。
 もう、竜斗とエスペリオンは一つと言っても過言ではない。
 共に死線を潜り抜け、力を合わせて戦い抜いた二人に、こんな言葉は必要ない。
 ならば誰なのか、竜斗に語りかけるのは、いったい。
『主よ……我を求めよ……』
 呼びかける声は、次第に鮮明になり、竜斗の心の奥底より響き渡る。
『主よ……我を求めよ……我が名は……』
「なっ…んだ……?」
 その声が言葉を続けようとした瞬間、竜斗は強大な邪鬼の気配を感知した。
 眠りに落ちるように、竜斗の意識が幻獣勇者としての感覚に集中していた為か、一緒にいた二人よりも速く、その気配を感じたようだ。
 今、戦えるのはここにいる三人だけ。
 そして、碧と黄華はまだダメージが完全には抜けていないはず。
 迷っている暇は、一秒たりとも無かった。
 何故なら、竜斗の感じた気配が、邪神鬼を凌ぐ程の強大なモノだったのだから。
 閉じたばかりの目蓋を開き、全身に力を入れ上体を起こす勢いで立ち上がり、そのまま紅竜刀を掴み庭に飛び出す竜斗。
「碧! 黄華! 完全に回復するまで、来るんじゃねぇぞ!」
 紅竜刀を庭の地面に突き立て、そのスペースからはみ出さんばかりの魔方陣を描く。
「竜斗さん?!」
「お兄ちゃん?!」
「幻獣招来! ロードエスペリオン!!」
 二人が呼び止める間もなく、地面に描いた魔方陣から紅の竜戦士を召喚し、自分の家を飛び出す竜斗。
 目指すは、つい半日程前に終結した、邪神鬼との激戦の爪痕を残し、瓦礫の山と化した八雲学園の一角。
 少しでも速く、そんな思いがロードエスペリオンの背で羽ばたく翼に更なる力を送り込む。
 しかし、
「っ?!」
 直後、ロードエスペリオンは地面へと着地する。
(どうなってんだ?! 翼が……いや、身体中が重い?!)
 そう、まるで鉛の鎧で全身を覆っている様な、尋常ではない重さを身体に感じたのだ。
 だが竜斗は、その理由に思考を向ける前に、構わず脚を踏み出した。
 そう、今は戸惑うより、悩むより、進まなければならない。
 翼が動かないのなら脚で、それが駄目なら腕で、それでも駄目なら顎で這ってでも。
 傷を言い訳に、逃げるわけにはいかないのだ。
 あれだけの力を持った邪鬼を、野放しには出来ない。
 自分だけで勝てるなど、そんな幻想を抱いているわけではない。
 しかし、自分が真っ先に戦うことで、仲間を鼓舞することなら出来る。
 自分が戦い、仲間を待ち、共に戦い、勝利する。
 きっとそれが、竜斗が描くベストな戦い方だ。
 だからこそ、自分は例え負けると判っていても、戦場へと赴き、戦わなければならない。
 周囲の建造物を避けながら、竜斗は戦場へと急ぐ。
『…………』
 そんな竜斗に、エスペリオンは無言のまま従う。
 今はただ、敵を倒さなければならないのだから。







 一方、竜斗に置いてけぼりを食らった仲間二人は、未だ降流山の頂にいた。
「覇ッ!!」
 契約武器である手甲、雷角【らいかく】を装着した右拳を虚空に叩き込む黄華。
 その拳は、見えない壁に衝突し、威力を拡散されてしまう。
「こ・れ・な・ら! どうよ!!」
 距離を取り、助走と全体重を乗せた拳を打ち込む。
 だがそれも、分厚い真綿に拳を埋めるような感触しか得られない。
 壁は確かにある。その位置も大体は把握できた。
 だが黄華の拳は、その壁を貫けないでいた。
「黄華さん、落ち着いてください」
 自分の全力全開の一撃でもまったく歯が立たない見えない壁に、ムキになる黄華。
 あの時、竜斗がロードエスペリオンで飛び出した直後、紅月家は謎の結界に包まれた。
 それは内部にいる人間に害を与える類のモノではなかったが、唯一幻獣勇者にとっては致命的な効果を持っていた。
「落ち着いてなんかいられないよ! またお兄ちゃんが独りで戦ってるのに、ユニコーン達を呼ぶ事も出来ないなんて!」
 言いながら追うかは、三度拳を結界に叩き込む。
 そうなのだ。
 この結界に包まれた瞬間、碧達は幻獣を呼ぶ事も、心を通わす事も、力を借りることも出来なくなってしまった。
 つまり、彼女達は幻獣達から隔離されてしまったのだ。
 境界≠ェ人間界から幻獣界と邪鬼界を隔離したように、新たに現れた敵は、碧達を幻獣達から隔離する結界を作り出し閉じ込めた。
 それはあたかも、竜斗を孤独に追い込む罠の様に思えて仕方が無い。
 だからこそ黄華も、自身の力で何とかしようと四度目の拳を構える。
(あの時の、センセーとの稽古の時の拳がもう一度打てれば、絶対に何とかなる)
 拳を握り締め、腰を落とし、拳が壁を貫くイメージを作る。
「でも、竜斗さんは私達に回復するまで来るな≠ニ言いました。竜斗さんの向かった敵は、それだけ強いんです!」
「なら尚更、早くこの結界を壊して回復すれば良いわ」
 四度目の拳が、結界に突き刺さる。
「ペガサスの能力では、体力まで完全に回復する事は出来ないんです。だから今体力を消耗してしまえば、竜斗さんをピンチにしてしまうだけなんです」
 最早碧の言葉は、黄華には届いていない。
 それほどまでに高められた集中力は、黄華に五度目の拳を構えさせる。
(間合いは見えてきた。ここから助走を付けて打てば、アタシの拳はあの壁を貫く)
 距離を測り、そして脚を踏み出す。
 助走は長すぎても間合いを外してしまう、故に歩数は最低限に抑える。
 今の黄華は二歩の分の距離を余分に取り、そこから踏み込めば打ち込んだ拳は見えない壁を貫いている計算だ。
(あの時もそうだった。もっと早く、もっと強く、もっと鋭く!)
 少しずつ思い出していく。
 数日前、武道場で恭也に見せたあの拳を。
 あの時は無我夢中で打ち込んで、そして偶然にも武道場の壁を貫いていた。
 少し驚いたような、それでいて満足そうな表情の恭也を思い出す。
(あの後、すぐにお兄ちゃんの偽者が攻めてきて、どうやって打ったかも覚えてない……けど!)
 黄華は覚えていない、あの、拳を扱う方法を。
 あの、無謀とも言える踏み込みを。
 それでも、二歩目を踏みしめ、身体を前に押し出す。
(この拳が、この腕が、この脚が、この身体が! 覚えてるはず! だから!!)
 三歩目が踏み込まれ、それに続くように膝へ、腰へ、肩へ、肘へと溜め込まれた力が伝達される。
(何度でも打ち続ける!!)
「覇ッ!!」
 伝達された力が拳に達し、同時にその拳が見えない壁に衝突する。
 それは、敵を倒す≠ノは十分過ぎる破壊力を秘めた、一撃必殺の拳。
 だがしかし、それではまだ足りない。全くと言って良いほどに足りない。
 そう確信しているからこそ、黄華はその拳を、振るい続ける。







 建造物を避けるため市街地を縫うように走り続けて、もう一五分は経っただろうか。
 竜斗は全身に纏わりつく重量が枷となり思うように走れず、体力を消耗する一方だ。
 だが三〇メートル近い巨体のロードエスペリオンだ、これだけ走れば嫌でも目的地に着くというもの。
「はっ……はっ……この程度で……息が上がるなんて……鈍っちまったか?」
 両手を膝に突き、大げさに肩で息をする竜斗は、軽い口調で誤魔化しているが、その疲労は融合しているエスペリオンにも体感できてしまう。
『戦場は近い……竜斗、そろそろ来るぞ!』
 しかし、いやだからこそ、エスペリオンもその身体に力を入れる。
「あぁ、任せとけ!」
 愛刀・ロードセイバーを構え、周囲に気を配りながら戦場へと近付くロードエスペリオン。
 いつの間にか感じなくなった邪鬼の気配を探りながら、一歩一歩踏みしめる様に脚を進める。
 その先、オーバーロードエスペリオンが邪神デスペリオンと死闘を繰り広げた戦場へと脚を踏み入れた瞬間、世界がガラリと表情を変えた。
 それは、夜だ。
 太陽どころか、月も星もない。
 今はまだ昼というにも早い時間、にも関わらずあるのはただ、暗黒によって支配された夜の闇だけ。
 それが何を意味しているか、エスペリオンは、そして竜斗は、知っている。
『ったくよ、待ちくたびれちまったぜ』
『ほんとほんと、もうちょっとで街を焼き払うところだったんだよ?』
『あらあら、オイタはいけませんわよ』
『ふむ、しかしこの魂の滾りが抑えられぬのは、ワシ等とて同じ事』
 老若男女、それぞれ別人だと判る四つの声が戦場に積み上げられた瓦礫の上から発せられる。
 そして、竜斗は自らもどかしいと感じるほどにゆっくりと、視線を上げていく。
 そこには、五つの影があった。
 この夜闇の中でも不気味な程の存在感を放ち、浮かび上がる姿は邪鬼というよりは散々苦しめられたあの鎧、鎧鬼≠フモノ。
 それも、五体全てが全く違う姿をしているのだ。
 それはつまり、この鎧鬼の誕生に彼らが関わっていること、そして彼らがただの邪鬼でも、ただの邪戦鬼でもない事を竜斗に知らしめる。
『その姿で良くぞ来た……とでも言っておこうか、幻獣勇者』
 他の四つの声とは明らかに異質な、感情を殺した突き刺さるような第五の声。
『おい、黄麟【おうりん】。折角だしよ、邪神鬼を倒したっつー幻獣勇者様に敬意を評して、自己紹介でもしようじゃねぇか。俺様は白雷鬼【びゃくれいき】だ、冥土の土産に持ってきな』
 全体的に白を基調としたカラーリングに、虎を模した頭部、脚部もまた虎後ろ脚の様な形状をしており、そして両手両足には鋭く太い獣の爪。
 声はドスの効いたワイルドと表現できそうな青年のモノ、口調からしても自尊心が強いのが伺える。
『次、僕の番でいいよね? 僕の名前は朱凰鬼【すおうき】っていうんだ。アンタ、邪神鬼倒したんだから強いんだよね? 僕とも死合ってよ』
 二体目の邪鬼は朱を基調としたカラーリングに、鳥を模した頭部、両足からは鉤爪が、そして背中から広がる一対の翼。
 声はいかにも生意気そうな幼さの残る少年のモノ、口調からも幼さが伺えるが邪鬼の感覚など当てにはならない。
『あら、次はわたくしかしら? それでは、コホン。名を蒼鱗鬼【そうりんき】と申します。よろしければ、お見知りおきを』
 全体を蒼を基調としたカラーリングに、龍を模した頭部、鱗模様の鎧、鎧の端々からは鋭い爪などが装飾されている。
 声はおっとりとしていて優しい空気を持った女性のモノ、口調からもとても戦う者としての空気は感じられないが、むしろ邪鬼に性別がある事の方が驚愕である。
『む、もうワシの番か。ワシは玄甲鬼【くごうき】という。こう見えても老いぼれだがな、並みの幻獣勇者ならば束で相手をする自信があるぞ?』
 全体は黒を基調としたカラーリング、鳥にも見える短い嘴を持った獣の様な頭部、他の者達よりも一回り大きく、全身をがっちりと覆う硬質な重装鎧、そして腕からは鞭の様なモノが伸びている。
 声からして龍造とそう変わらない月日を重ねた、しかし生命力に満ちた男性の声。しかし自分で老いぼれと言っておきながら、見た感じはこの中で一番屈強な姿なのは何の冗談なのか。
『……我が名は黄麟鬼【おうりんき】』
 最後の一体、赤を基調とした黄褐色系のカラーリングに、額に一角を持つ龍のような頭部、胸部から肩に掛けて鎧を身に付け、鎧からは黄色いマントと五色の飾り布が靡く。
『そして我らは五人は五闘神鬼【ごとうしんき】、邪神鬼なき邪鬼界を統べる新たな神≠セ』
「……五闘…神鬼」
『この……この気配は……っ!』
 それは、呼吸すら忘れてしまう程の、恐怖と悪夢と絶望に満ち溢れた光景。
 この場に来て、直接対峙し、気付いてしまったのだ。
 この邪鬼一体一体が邪神デスペリオンよりも強い≠ニ。
 これ程の力の差を、どう表せば良いのだろうか。
 最強≠ナもなく、無敵≠ナもない。
 立ち向かう事さえ馬鹿馬鹿しくなる、対峙するだけで戦意を失うような。
 そう、あえて言うなれば、絶対=B
『……貴様達はあの時の、境界≠ナワタシとレオンに攻撃を仕掛けてきた』
『お、なんだ覚えてるじゃねぇか』
 エスペリオンの言葉に答えたのは白雷鬼だ。
 そう、竜斗は知らない、あの始まりの日の出来事。
 エスペリオンの親友、サンレオンは彼ら五闘神鬼からの攻撃をその身に受け、エスペリオンを守ったのだ。
『……竜斗、このままではっ』
「逃げるなんて言うなよ、相棒」
 だがしかし、それでも戦意を失う訳にはいかない、立ち向かわなければならない、手にした剣を振りかざし、絶対≠ノ打ち勝たなければならない理由があるのだ。
 相棒の言葉を遮り、自らを奮い立たせる竜斗。
 手足が震えているのは、決して運動からくる肉体の疲労が原因ではないだろう。
 それでも、剣を構え、敵を見据え、脚を踏み出す。
「相手が強かろうが、四体でも五体でも相手してやるぜ!」
『……フッ、心得た!』
 竜斗の抱く希望は、エスペリオンの力。
 竜斗が諦めなければ、エスペリオンには無限の力が与えられる。
 口許には何故か笑みが浮かび、不思議と全身に力がみなぎって来るのは、気のせいではない。
『では、相手をしてもらおうか』
 おそらくこの中のリーダー格なのだろう、竜斗の覚悟を聞いた黄麟鬼は開戦告げ戦場に光が走る。
「おう! どっからでも来やがれ!!」
 そう言って四体の邪鬼に視線を巡らせる竜斗は、一瞬その違和感に気付けなかった。
(なん……っ! 一体足りねぇ?!)
『おいおい、どこ見てんだ? 俺様はこっちだぜ?』
 声からして、白雷鬼だろうか。
 背後から声が聞こえたのと同時に、瓦礫が落下するようなズンッという重低音が聞こえた。
 反射的に音の発信源へと視線を向けた時には、ロードエスペリオンの左腕がなくなっていた。
 攻撃を受け、左腕を切り落とされたようだ。
 理解が、思考が、反応が、追いつかない。
 それでも唯一現実に追いついた闘志だけが、竜斗にロードセイバーを振るわせる。
 身体に染み付いた動きとは、思考が追いつかない時に咄嗟に出るものだ。
 竜斗は後方に居るはずの敵へ向け、左足を軸に右半身を後方へずらし、最小半径で月華を繰り出す。
『とっても元気で頼もしいわね。でも……』
 優しく丁寧な口調、しかしそれに反してロードエスペリオンの右腕は蒼鱗鬼が無造作に突き出した片手で止められていた。
『クッ!?』
「なんてパワーだっ?」
 身体の回転を加えて放つ月華は、普通に考えれば片手で止められるような軽い技ではない。
『パワー? そうじゃないわ。貴方の腕が、もう繋がっていないだけよ』
 竜斗の言葉にきょとんした声が返され、続いて声は可笑しそうに笑いを堪えている。
「っ! んだと?!」
 受け止められた腕は、高速で渦巻く風に覆われ、まるで削岩機が岩を砕く様に少しずつ削られているのだ。
 ボロボロと崩れ、拳が原型を留めなくなった頃には、握られていたロードセイバーも落下し虚しい音と共に地面に突き刺さる。
 この間、わずか五秒程だ。
 その場に留まる訳にはいかない。
 そう判断した竜斗は、近くにあったビルの瓦礫を踏み台に跳躍して距離を取る。
 そして翼を広げようとしたところで、動かない事を思い出しなんとか着地体勢に入る。
『もう空も飛べないんだね、ちょっと残念だな』
 着地寸前に聞こえる、幼い少年を思わせる声。
「……エスペリオン!」
 反撃しなければ、そんな思考が着地すら後回しだとロードエスペリオンの身体を振り向かせ、胸の竜の顎から炎を吐き出す。
『ォオッ! ドラグーンフレイム!!』
『あ、やば』
 放射の勢いで背中から地面に激突するが、苦肉の攻撃は始めて襲い来る邪鬼に命中した。
「やったか!?」
『な〜んてね』
 竜斗の期待を裏切り、声は炎の向こうから聞こえてくる。
『でもこれは予想以上に期待外れかな。邪神鬼をぶっ飛ばした奴の炎にしちゃ、がっかりってレベルだよ』
 直撃したドラグーンフレイムの炎は、確かに朱凰鬼を包み込んだ。
 だが朱凰鬼は、一度胸を隠す様に翼を閉じてしまう。
『炎をつかうなら、このくらいじゃなきゃ…ね!』
 言いながら今度は目一杯大きく広げる事で全ての炎を翼に纏い、羽ばたく事で炎の羽根を雨の様に降らす。
 次の瞬間には朱凰鬼の操る無数の火の羽が、地面に仰向けに倒れこんだロードエスペリオンに直撃する。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
『ぐおぉぉぉぉぉぉっ!!』
 着弾後、羽はその一枚一枚がドラグーンフレイム並の炎の塊へと膨れ上がり、ロードエスペリオンを完全に包み込み燃え上がる。
『こういうのを炎って言うんだよ、熱いでしょ?』
 まるで、何も判らない大人に子供がオモチャの違いを説明するように無邪気に、だがそれ以上に残酷に笑う。
 そして炎は、消えるどころか更に勢いを増し、ロードエスペリオンの装甲を徐々に焼き、溶かし、更なる苦しみを与える。
 動かなくなっていた翼はもがれ、その象徴とも言うべき紅き鎧はほぼ全体が溶け、焼けただれ、或いは黒く焦げ付き、原型を留めてはいない。
 それでも尚、朱凰鬼の操る炎は消えない。
 まるで、相手を焼き殺すまで消えない、煉獄の業火であるとでも言うように。
『どれ、ワシも参加させてもらうぞ』
 既に朦朧としていた竜斗の意識は、焼け石に水を掛けた様な音と突然全身に圧し掛かる重圧によって、現実に引き上げられる。
「っがぁぁぁあぁぁぁっっっ?!」
『り…竜斗ぉぉぉおぉぉっ!』
 メキメキと全身が軋む音が聞こえ、そのあまりモノ圧力に自分が何をされているのかすら理解できない。
 敵の姿を探そうとするが、目蓋が針金で縫い付けられている様に硬く閉ざされている。
『ほぅれ、折角朱凰の火遊びの後始末をしてやったのだ。何か言うことがあるのではないか?』
「……っの…や……ろぉぉぉぉぉおっ!!」
 今まで感じたことの無い重圧、その馬鹿げた力に押しつぶされそうになりながらも、こんな事を言われて大人しくしているなど、竜斗自信が自分を許せない。
 メキメキと自分の身体が上げる悲鳴を無視し、疲労だけでなく重圧の影響で硬く閉ざされた目蓋を無理矢理開放する。
「……なっ……あ…し?」
 目蓋という障害から解放された竜斗の視界が捉えたのは、ロードエスペリオンの胴体程の面積の盾の様な平らな板だ。
 しかし、その後ろに見える本体、玄甲鬼の見せているポーズから、それが足の裏だと気付くのにそう時間は要らなかった。
 むしろ、その攻撃がただ踏まれているだけという事実に愕然とする。
 脚を持ち上げ、下ろすだけの動作でこれだけの圧力。
 大柄で落ち着いた雰囲気の玄甲鬼だが、そのパワーは自信の限界を超えたオーバーロードエスペリオンを以ってしても太刀打ちできないのでは、と竜斗の心に恐怖と絶望を植えつけていく。
『言っておくが、ワシはまだヌシに触れてもおらんぞ? これはワシの操る水の水圧だ』
 水圧、それがロードエスペリオンの全身を潰さんとする圧力の正体だ。
 玄甲鬼は水を操る力に長けているのだろう、朱凰鬼の炎を消したのもこの水のようだ。
『どうした、ワシに直接触れることも出来んか?』
 更に脚を踏み込まれ、竜斗は身体のもっと奥、自分の骨まで軋む音を聞いた気がした。
「……っっっ!!」
 もう悲鳴すら上げる余裕もない。
『なんだ、この程度で限界か? 邪神鬼はこの程度では倒せぬはずだ。手加減しておるなら後悔するぞ?』
 その声は、どこか修行をつけている時の龍造の様な響きがあると、不意にそんな風に思えてしまうあたり、まだ余裕があるのか、もう限界をこえてしまったのか。
 元から失っていた腕はまだ良いが、辛うじて満足に残っていた両足は間接があらぬ方向に捻れほぼ平らに踏み潰され、これでは立ち上がるどころか動かすことも出来ない程の惨状だ。
『そこまでだ』
 そんな地獄から竜斗を救ったのは、なんの冗談か、あの淡々とした黄麟鬼だ。
 ロードエスペリオンを踏み付けていた玄甲鬼の肩に手を置き、その動きを静止させる。
『彼とて勇者。せめて最後は地に伏せず、敵を見据えて確たる一撃で散りたいだろう』
 そう言い、黄麟鬼は軽く地面を蹴る事で瓦礫を持ち上げて即席の玉座の様な物を組み上げる。
『こうすれば、立つ必要もなかろう』
 ロードエスペリオンの首を徐ろに掴み、その身体を持ち上げて簡易玉座に座らせる黄麟鬼。
 それは決してロードエスペリオンを逃げれないように固定するモノではなく、純粋に座らせるだけの、言葉通り最後は前を、敵である自分達を見ていられるようにというだけの、情けだ。
『その目、まだ諦めない……とでも言うつもりか?』
 簡易玉座に座ったまま、それでも生きた視線を突きつける竜斗に黄麟鬼は告げる。
『はっきりと言うべきだったか。援軍はこない。あの竜眠る山に境界≠ニ同質の結界を敷き閉じ込めた。他の者も動ける状態ではあるまい。お前は、ここで死ぬ』
 諦めの悪い、と一瞬呆れを含んだ声音になったが、直ぐに淡々と言葉を続け、竜斗を追い詰める。
「あ……きら…め……る…かよ、お…れは、げんじゅ……ゆ……しゃだ……ぜ?」
 喉の奥からドロリとした液体が湧き、竜斗が声を出す邪魔をする。
『り……りゅ…うとぉっ』
 竜斗だけではない、まだ諦めていないのは。
 エスペリオンも、既に人型を留めないその身体でなお、戦おうとあるはずのない力を振り絞る。
「お…ぉぉぉおおおっ! も…え…ろ…っ! おれ…ゴフッ……ぐ、俺の……希望よぉっ!!」
『ウゥゥゥォォォォォォオオオオオオオオオッ!!』
 満身創痍どころではない。
 もはや原型すら保っていなかったロードエスペリオンの全身から、竜斗の力の具現とも言える炎が噴出す。
『へぇ〜、すごいすごい。こんなの出せるなら、最初からやればいいのに』
 その光景に素直に感嘆の声を上げたのは、朱凰鬼だ。
『所謂、火事場のクソ力というヤツだな。ピンチにならんと出せんのだ、不便な事にな』
 続いて口を開いたのは玄甲鬼。
『俺様じゃマジになれなかったってか? 贅沢なヤローだぜ』
 驚きどころか呆れて悪態を吐くのは白雷鬼。
『ですけど、火は消える瞬間が一番大きく、綺麗に光るのですよ?』
 丁寧に、しかし確実に竜斗の最後を予測する蒼鱗鬼。
『「ォォォォォォォオオオオオオオオオオオオッ!!」』
 竜斗とエスペリオンの上げる咆哮に呼応し、噴出した炎は次第にロードエスペリオンの失った腕の、使えなくなった脚の、もがれた翼の変わりに不定形なパーツとなり身体を形成してゆく。
 逆にその雄たけび故か、はたまた炎の勢いか、ロードエスペリオンの口元を覆うフェイスマスクが砕かれる。
『ロードセイバー!!』
 エスペリオンの声に応え、飛来したロードセイバーの柄は炎で形成されたロードエスペリオンの拳に収まる。
「い……く……ぜぇぇぇっ!!」
 翼を大きく開き、ロードセイバーを右担ぎの上段に構える。
『例え消し炭になろうとこの一太刀を!』
 そのまま全身から炎を噴き出す勢いと翼の羽ばたきで、一気に上空へと飛び上がる。
『「絶対に決める!!」』
 視線は最初から唯一つ、黄麟鬼の姿を捉えている。
 せめてリーダー格だけでも倒す。
 そうすれば、必ず仲間は戦い抜いてくれる。
 だからこそ、失敗は許されない。
 持てる力の全てを、足りない分は諦めないという心で、希望で埋める。
『「ドラグーゥゥゥン! クルスノヴァァァァッ!!」』
 紅蓮の炎で生み出された竜の顎【あぎと】の中で、ロードセイバーが十字の軌跡を描く。
 残りの五闘神鬼達が見守る中、黄麟鬼は紅蓮の顎に呑み込まれ、十字の剣戟を無防備にその身に受けた。
 だが……
『その程度か。やはり、希望とは脆いな』
 炎は瞬時に拡散し、剣戟は相手を斬り裂くどころか鎧に傷を付ける事すら叶わない。
「そ…んな……うそ…だ……ろ?」
 希望という光が、絶望の闇に黒く、暗く塗りつぶされる一瞬だった。
 それと共に身体を補う炎の手足も、まるで風船に針を刺した様に簡単に弾けてしまう。
『せめてもの情けだ、一撃で終わらせてやろう』
 背中で靡くマントと五色の飾り布がスタビライザーの様に硬質化し、後方に展開される。
 握り締めた拳は腰溜めに構え、左足を半歩踏み出すことで半身になる。
(……な…んだ? この構え……)
『終わりだ』
 竜斗の思考が働くよりも速く、黄麟鬼の右拳はロードエスペリオンの腹部に直撃、そのままいくつモノ瓦礫やビル、マンション等の建造物をなぎ倒しながら進み、八雲総合病院に激突したところで停止した。
 今までの竜斗達の戦いで死傷者が出ていないという、不思議なまでの避難の速さを考えれば、恐らく病院に残された患者や医師は居ないだろう。
 避難が遅れていたとしても、少なくとも下敷きにする程近くには居なかったと願いたい。
 瓦礫に、まるで地層から飛び出した化石の様に埋もれるロードエスペリオンの残骸。
 腕も脚もなく、翼はもがれ、雄々しき竜は砕け散り、腹部には、黄麟鬼の拳と同じ大きさの、穴が一つ。
『おいおい、こいつ不死者【アンデット】の類じゃねぇだろうな?』
『邪神鬼を倒した代償として命を失い、それでも主を守ったというのか、この鎧は』
『何だって良いよ、僕が止めを刺せるって事に変わりは無いからね』
『諦めてはくれないかしら。もう、貴方の苦しみが長引くだけだわ』
『幻獣勇者は諦めない…か、その覚悟は見せてもらった』
 五闘神鬼は口々に未だ息絶えない竜斗に感嘆と悲愴の声をもらす。
 最早、勝てる勝てない等という次元は過ぎている。
 生きている時間がどれだけ長引くか、それだけだ。
(はは、ざまぁねーな。俺、今ちょっとだけ絶望しちまったよ……)
(いや、キミは十分すぎる程戦った。戦友として、相棒として、一人の幻獣として、キミを誇りに思う)
 人間は死ぬ間際、今までの人生を振り返り、記憶の断片を走馬灯の様に見るという。
 本当かどうかはわからない。死んだ後に、死ぬ瞬間の事など聞けないのだから。
 しかし、竜斗の心には、確かに今までの記憶が自分の中を流れていく様が見えている。
 あの事件からの、一〇年にもなる龍造との思い出。
 あの夢を境に思い出した、両親との思い出。
 初めて親友と、ライバルと呼べた友人との思い出。
 急に突っ掛かって来ては、いつの間にか懐いていた後輩との思い出。
 自分と同じ、居なくなった少年を探して偶然であった少女との思い出。
 妹の事になると手が付けられなくなる、今はもう居ない親友との思い出。
 学校ではしっかりしてるのに、自分の事になると急にオドオドして小動物みたくなる、独りぼっちだった少女。
 でも本当は誰よりも強くて、どうし様もない時には自分を救ってくれた、そんな彼女との思い出。
 多いモノから少ないモノまで、それは数えきれない程の、紅月 竜斗という人間を作り上げてきた記憶。
(なんかもう、痛みも感じねぇや……それに、すっげー気持ちいいんだ……まるでさ、晴れた日に原っぱで寝転がってるみてーなんだよ……)
(そうだな、ワタシも思い出す……幻獣界で、親友【とも】と過ごした日々を……)
 竜斗達が心に記憶の走馬灯を見ている間にも、五闘神鬼はそれぞれ止めの一撃を構える。
『命尽きただの枷となった鎧と、最早完全に癒える事の無い傷を刻まれたその身で、良くぞ戦った。ヌシには敵ながら見事の一言しか出てこん』
『っつっても、俺様達が強過ぎただけだしな』
『ほら、RPGとかと一緒だよ。始まりの村のダンジョンをクリアしたての勇者に、魔王は倒せないって事』
『せめて、これ以上貴方の苦しみを続けないためにもわたくし達全員で……』
『夜闇を照らす、勇者という名の月を沈めてやろう!』
 辛うじてロードエスペリオンである形を保つ勇者の成れの果てに、激流の盾が、雷光の爪が、煉獄の翼が、風巻く刃が、そして全てを貫く強き拳が、迫る。
 その瞬間竜斗は、不意に柔らかく、暖かい、優しい光を見た。
 白ではない、黄色でもない。
 それは、昔親友が好きだと言っていた、色。
 地上から肉眼で見上げた時に太陽が見せる、山吹色と表現される色。
 それはつまり、戦場に一つの光が差したという証。
『なんだ! この光は!?』
『僕達の生み出す夜には、月も星もないんだよ?』
 困惑する白雷鬼と朱凰鬼に応えるのは、光の先の影。
「今、お前達が言ったんだろ……月を沈めるって……」
 光の先、それは勇者の埋もれる瓦礫の上。
『そんな、なぜ貴方が……!?』
『ヌシ、あれだけの傷を負ったというのに、もう力を取り戻したというのか?』
 影に気付いたのは蒼鱗鬼と玄甲鬼。
『月が沈むのは、今日という日の終わり……』
「それは、明日が始まる合図……」
 光の先の影は、雄々しき鬣を携えた、四足の獣。
『目覚めたか、最強の属性……太陽の加護を持つ幻獣!』
 影を睨み付け、ここに来て初めて黄麟鬼が感情を顕にする。
 光は徐々に世界を照らし、光に重なり影となっていた獣が姿を現す。
『「さぁ、ここからは太陽が昇る時間だ!!」』
 白を基調とし黄金の鬣を持つ、獅子の幻獣。
 そして、その頭部には独りの少年の姿がある。
 それは、竜斗の生涯の親友であり、一度は敵として立ちはだかり、そして再び勇者として立ち上がった新たな幻獣勇者。
 その名は、
「僕の名は神崎 獅季【かんざき しき】、太陽の幻獣・サンレオンの幻獣勇者にして、お前達邪鬼の闇を払う地上の太陽だ!」
 神埼 獅季、そしてサンレオン。
 竜斗とエスペリオン、二人の親友が今、最高の形で戦場に立ち上がった。
 戦場に居合わせた全ての者が、その光景に目を奪われ、動けなくなる
『獅季、さっさと片付けるぞ』
「うん、夢幻一体!」
 呪文を唱え高々と跳躍した獅季は、サンレオンの顎に呑み込まれ、その感覚を一瞬で共有する。
 サンレオンは獅季が自らの身体をより使いやすくする為に、人の形へと姿を変える。
『チェィンジ! 幻獣勇者・サンレオン!』
 獅子の頭部を胸に持つ、漆黒の闇を拭い去った真の姿。
『っ……へっ、たかが幻獣一体! 俺様達の敵じゃねぇぜ!!』
『っ? 待て、白雷!!』
 黄麟鬼の静止も間に合わず、持ち前の瞬発力と速度を以って、ソレこそ光の瞬く間にサンレオンに襲い掛かる白雷鬼。
 だが、その攻撃はサンレオンには届かない。
「言ったはずだよ、僕はお前達の闇を払う…って」
 白雷鬼の攻撃を受け止めたのは、サンレオンの倍近い巨体を持つ、獅子。
 白と山吹色【サンライトイエロー】のボディに、赤い鬣、そして黄金の装飾に彩られた獅子は、受け止めるどころか逆に白雷鬼に襲い掛かり地面に押し倒す。
「これが僕の鎧、獣大帝【じゅうたいてい】ライジングライガー」
 白雷鬼を更に押しつぶさんとしたのか、サンレオンはライジングライガーに飛び乗り、その背中に跨る。
「へ、お前……にしちゃ、遅…いじゃね……か」
「ははは、これでも、急いだつもりだったんだけどね」
『テメェ、いつまで乗っかってやがる!』
 瓦礫に埋もれながらもしっかり皮肉を言ってくる竜斗に安心し、獅季は未だがっちりと押さえ込まれながら何か言っている白雷鬼を一瞥しパートナーへの戦闘開始を告げる。
「とにかく、直ぐに終わらせるから。レオン! ライガー! 大帝武装だ!!」
『いいだろう。オレとライガーの力、操ってみせろ!』
『ガオォォォォォォォォォンッ!!』
 二体の答えに頷き、獅季はライジングライガーを走らせる。
 当然、その顎は白雷鬼をがっちりとホールドし、地面を引き摺り壁に激突させ、しっかりとダメージを与えておく。
『「大帝武装!!」』
 獅季とサンレオンの放つ呪文に呼応し、光に包まれ更に加速する。
 そしてライジングライガーが光を突破すると同時に、それは一つの人型へと姿を変える。
 胸に獅子の意匠を持ち、背には靡く炎の鬣。
 両腕は拳の甲に重なるように獣の爪を装備し、脚も同様に獣の爪が。
 そして肩からはライジングライガーの前足だったパーツが伸びより大きな爪を携え、同じく肩から後方へ羽衣のように細長い鬣が風に揺れる。
 そして、頭部に被さる形で獅子の頭部が合体し、獅子の上顎と広がる鬣が百獣の王≠ニ呼ばれる雄々しき姿を形作る。
『「大帝合体……ライジングレオンッ!!」』
 走り抜けた姿から五闘神鬼へと向き直り、サンレオン改めライジングレオンは両手を前に突き出す。
「夢玖、キミの夢を借りるよ……」
 誰かの名を呼び、瞳を閉じて精神を集中させる獅季。
 すると、突き出した手の先に、ライジングレオンと変わらないサイズの真っ白な卵の様な物体が召喚される。
『あれは……っ?! 既に手にしていたか、あの白き夢を』
 まるでそれが当然であるかの様に行う獅季と、それを見てこれまでにない動揺を見せる五闘神鬼達。
 竜斗は薄れ行く意識の中、殆ど獅季達の言葉は聞こえていないにも関わらず、その光景だけは目に焼き付けた。
「出でよ……希望=c…」
 竜斗の、いやエスペリオンですらも知り得ない新たな呪文。
 獅季がその呪文を口にした瞬間、手の先から光の玉が放たれ、真っ白だった卵に変化が起きる。
 卵はサンライトイエローに色付き、その中央に竜と斧を象った紋章が描かれる。
「希竜…招来!【きりゅう しょうらい】 ディノブレイカーッ!!」
 獅季の呼び声に、卵の中からは雄々しき産声があがる。
『グォオオオォォォォォォォォォッ!!』
 そして次の瞬間、卵は内側から弾け飛び、その中から一つの巨大な影が姿を現す。
 二足の脚を持ち、腕の変わりに巨大な刃の形状をした翼を携える、竜の姿をした幻獣のような存在。
 獅季がディノブレイカーと呼ぶその竜は、ライジングレオンを見ると一度雄叫びを上げ、その姿を巨大な斧へと変形させる。
 ライジングレオンは、柄尻に当たる竜の頭部へと左腕を差し込み、変形しもう一つの柄として手前に伸びる尾を右手で掴む。
 それは、竜斗の知る獅季が操るには、あまりにも巨大すぎる武器。
 自分の身の丈程の戦斧だ、竜斗でも持つのがやっとではないだろうか。
『受けてみよ! オレの主が紡ぎし希望≠フ力!!』
「希獣咆哮……【きじゅうほうこう】」
 獅季の構えに、ディノブレイカーは右腕で持つ尾の付け根辺りから伸びる、脚が変形した加速機を稼動させる。
 加速器は直に炎を噴射し、巨大すぎて振るう事も出来そうにない戦斧に推進力を与える。
 そして、一回転して速度の乗った戦斧は全てを薙ぎ払う光の斬撃として放たれる。
『「一閃ッ! ディノッ! ブレイカーァァァッ!!」』
 一度放たれたディノブレイカー≠ヘ、他の障害物を一切破壊せずに問答無用で五闘神鬼へと突き進む。
『いかん!? 撤退する!』
『っくしょー、覚えてやがれ!』
 黄麟鬼の咄嗟の判断で、五闘神鬼はその場から一瞬で姿を消す。
 当然、直撃寸前だった攻撃は何も破壊せずにただ通過し、八雲学園外に出た辺りで拡散してしまう。
(お〜お〜、獅季の奴スゲーじゃねぇか。あいつ等を一撃で追っ払いやがったぜ……)
 そこで、竜斗の意識は完全に途絶えた。
 新たなる敵五闘神鬼=A新たに目覚めた幻獣勇者神崎 獅季=Aそして黄麟鬼が口にした白き夢≠ニは。
 幻獣勇者となった少年達の戦いは、邪神鬼の敗北によって新たな局面を迎えた。
 世界は、少しずつ、変わり始める……






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