女子寮を後にした空弥は、朝練に参加するどころか、その後の授業も出席せず一人屋上で佇んでいた。
不思議と生徒の寄り付かない八雲学園の屋上。この学園の中でもここは、空弥にとって数少ない誰にも気兼ねする必要の無い場所だ。
そう、誰にも気兼ねすること無く、自分の感情を吐露することが出来るのだ。
「いい加減にしろっ!!」
開口一番、ドスの聞いた罵声が空弥の口から吐き出された。
明らかに怒りと苛立ちを表現した、大音量の罵声。それは空弥自身の中に巣くう、ある存在への感情の爆発である。
『我を求めよ、正当なる後継者』
空弥にのみ聞こえる、空弥にのみ語りかける声。それは、空弥の中に眠る幻獣の声。
『我を呼び、汝の真の力を……』
同じ言葉を繰り返す、正体不明の幻獣の声。その声は約一ヶ月前、丁度竜斗が戦い始めた頃からずっと空弥に語りかけていた。
「黙れ、黙れ黙れ黙れ! 黙れといっている!!」
彼にしては珍しく怒りを露わにした拳が、屋上の端に沿って聳え立つフェンスに叩きつけられる。
『我を求めよ。我を、我が風を、風の皇たる我が力を受け継ぎし幻獣勇者よ……』
自身を風の皇≠ニ称するこの幻獣は、空弥の意思に反してその力を空弥に与える。
それは戦闘中に空弥が見せる異常なまでの風の力、現状シードカイザーの合体を支えていると言っても過言ではない力だ。
本来成し得ないはずの幻獣同士の合体は、空弥の中にあるもう一つの力が他の三つの力を包み込む形で成されている。その結果、シードカイザーは強力な風の加護を受ける幻獣勇者として君臨した。
もっとも、一度合体し新しい姿を得た三体の幻獣は、すでに合体できる幻獣として進化している。邪鬼が生き残るために力を求め、邪戦鬼に進化したように。
風の皇≠フ力はあくまできっかけ≠ナあり、一度成し得たシードカイザーへの合体は、もうその力無しでも可能なはずだ。ただし、未だ未熟な三人の少女は、風の皇≠ネくしては強大で不安定な騎獣の力を制御することは出来ないだろう。
だがその風の皇≠フ力も、強大故に利点ばかりではない。その強大過ぎる力は、共にシードグリフォンと夢幻一体している鏡佳に多大な負担を掛けているのだ。
幻獣勇者の性質上あり得ない、一体の幻獣と二人の勇者が同時に融合するという行動。境界≠ノ亀裂が生じた事で幻獣がその肉体を人間界に召喚出来るようになり可能となったこのイレギュラーは、シードグリフォンという身体の中である種の拒絶反応のようなモノを発生させている。
本来、幻獣勇者とは契約する幻獣と根本的な部分で繋がっていて、特定のキーワードや志を自覚することで互いの存在を認識する。そのキーワードや志は、契約する際のパスワードのようなもので、正しいパスワードを持たない人間はその幻獣と契約することは出来ない。
つまり、他人の幻獣と契約することはほぼ不可能といっても過言ではない。当然だ、全く同じ夢を持っている人間など、そう何人もいるはずがないのだから。
そんな制約を無視し、空弥のように無理矢理他人の幻獣と契約すればどうなるか。普通ならば幻獣との間に拒絶反応が起き、契約した人間は最悪心が壊れ廃人になってしまう可能性もある。
だが例外もある。制約を無視し、他人の幻獣と契約した幻獣勇者が本来所有する幻獣が、契約した幻獣よりも強大な力を秘めている場合だ。
この場合、幻獣勇者として力を得た空弥は、本来自分が宿す風の皇≠フ力を無意識の内に使用し、その身体から溢れる膨大な力は共に融合する本来の契約者である鏡佳の身体を蝕んでいく。特に反属性に当たる風の力は、地属性の鏡佳にとってこの上ない毒だ。
火はより低温の水に消され、水はより高温の炎に蒸発させられる。相反する属性の強力な力に中てられて、鏡佳の身体には通常ではあり得ない負荷が蓄積されていたのだ。
だが、それを自覚していてなお、空弥はシードグリフォンとの契約を破棄しようとはせず、自身の幻獣と契約しようともしない。
「俺は誓った、もう鏡佳を独りにしないと……」
フェンスに叩き付けた拳をそのままに、呻く様に漏らす空弥。その脳裏にはとある光景が鮮明に浮かび上がっていた。
それは四年前の冬、四度目に引き取られた親戚の家で起きた出来事だ。
鏡佳が熱を出して寝込んでしまい、空弥は鏡佳を伯父の家に置いたまま学校へ行った。その日は伯父も伯母も仕事で家を空け、家には鏡佳一人。鏡佳を苛める人間もいないから大丈夫だと、妹の説得もあり空弥は自分に大丈夫だと言い聞かせてしまったのだ。
その結果が、今の空弥を形作っている。
その日、偶然か必然か伯父は昼過ぎに家に戻り、鏡佳を虐待した。そして、風邪で体力が低下していた事もあり、鏡佳は半日ほど生死の境を彷徨う事になる。
その事件が理由で別の親戚の家に移る事になるのだが、その後空弥は必要に駆られた時以外は、必ずと言って良いほど鏡佳の側に在り続けた。あらゆる場面で鏡佳を護り続けた。あらゆる外敵を鏡佳から遠ざけた。例えその結果、鏡佳に嫌われようと、愛想をつかされようと、その命を護る事だけを考えて。
知ってしまったのだ。人の命とは、誰かが護らなければ簡単に失われてしまうのだと。
だから空弥は、鏡佳の側にある。その命を護るため、例え自分を犠牲にしてでも、大切な人に生きていて欲しいから。
自分が鏡佳から目を離せば、鏡佳が死んでしまうかもしれない。それは空弥の傲慢で、自意識過剰で、突拍子もない勘違いで、そしてただの我侭だ。
それも理解している。だからこそ空弥は誓いを立てた。その誓いを言い訳に、自分の我侭を、恐怖を、誤魔化しているのだ。
兄らしいことなんて、何一つしてやれた覚えはない。ただ、自分の恐怖を誤魔化すために、妹を利用している。そんな自分が堪らなく嫌で、でもそれに縋っていなければ自分が壊れてしまいそうで、余計に怖かった。
『我を求めよ……我が風を受け継ぎし勇者よ……』
「黙れっ! 鏡佳を苦しめる力など、俺には必要ないっ!!」
頭に響く幻獣、風の皇≠フ声に、空弥は感情のままに罵声を返す。しかし風の皇≠ヘ珍しく言葉を変えて、空弥の言葉を無視して語りかける。
『時は近い……我が力が必要だ……応えよ、我が力を受け継ぎし幻獣勇者……』
「何を言われようが、何をされようが、俺は鏡佳の側に在り続ける。貴様に応える気はない!」
時は近い、それが何を意味しているのかは理解できないが、空弥は元から応える気はない。それが誓いだから、そう言い聞かせる。
不意に、本当に偶然空を見上げた瞬間、空弥は吹き抜ける風に混じって、ある気配を感じ取る。邪鬼の、先日苦汁を飲まされたあの二人の少年の気配だ。
鏡佳はまだ獅季の事を諦めてはいないだろう、きっと助けると言い出す。ならば空弥に出来るのは、それを全力でサポートする事。
狙い済ましたように上空を通過しようとするシードグリフォンに、瞬時にブレスレッドから右足を覆うレッグガーター空裂牙≠ノ変化させ、その力で跳躍しシードグリフォンに飛び乗り融合する。
「駄目じゃないか、鏡佳。お前はまだ無理の出来る体調じゃないだろう?」
感覚を共有した妹へ、第一声に優しい説教を始める空弥。しかしそれを聞くとも思っていないので強制して引き返す事もしない。
「ごめんなさい。でも、どうしても行きたいの。もう何もせずに見ているのは嫌、私が神崎先輩を助けたい!」
それは、護られ続けた者の恐怖。自分が護られ続ける事で誰かが傷つき、苦しんでいる。それを見ながら、自分は何も出来ない。それはきっととても恐ろしい事だろう。
自分の恐怖を拭う為に鏡佳を利用して、鏡佳を思いながら壊れそうな自分を護ることが精一杯で。だから空弥は、鏡佳の我侭を絶対に否定しない。
「分かった。お前がそれを望むなら、俺は全力でそれを叶える。俺の望みは、お前の我侭を叶えることだからな」
願わくば、自分の心の声が鏡佳に聞こえぬように。空弥の思いは、きっと鏡佳を悲しませる。だから、空弥は自分の思いは告げず、全てにおいて鏡佳を最優先する。
いつか、鏡佳が自分を必要としなくなるまで。誰か、鏡佳を護る別の人間が現れる、その日まで。
「行くぞ、グリフォンッ! 天も地も、あらゆる戦場を駆け、貴様の主の願いを叶えろっ!」
『承知ッ!!』
戦場へと駆ける、翼ある獣。二人の主の思いを知りながら、何も言わず主の言葉にだけ応え、シードグリフォンはただ、戦場へと向かい羽ばたく。
龍造が部屋を去ってからどのくらい経っただろうか、竜斗はベッドに腰掛けたまま思考すら停止していた。
自分の中にあるはずのモノが欠けた喪失感に、しかしやはり思考が追い付かない。
タツトに負けた事も、獅季が敵として立ちはだかる事も、両親の死の原因が自分だった事も、何もかも。
確かに悲しい、悔しくもある。だがそれ以上にもうどうしようもない、という諦めが先立ってしまう。それが自分の心境に対する竜斗の感想だ。
もう自分には何も出来ない、どうすることも出来ない。戦う力もない、エスペリオンもいない。父さんもいない、母さんもいない、獅季もいない。もう何もない、自分の中は空っぽになってしまった。そんな気がしてくる。
「そうさ、俺は弱いんだ。こんな俺が戦っていけるわけなかったんだ」
こんな状況にありながら、怒りに燃えることも絶望に苦しむこともない自分への嘲りが、余計に竜斗を惨めにさせる。
竜斗が思考を手放し現実から目を背けようとするのを止めたのは、控えめなのにどこかしっかりと竜斗の耳に届いた、戸を叩く音。
「竜斗さん、起きてますか?」
ノックに続いて聞こえたのは、今まで聞いたどの声とも雰囲気の違う碧の声。
見舞いにでも来てくれたのかと思うと同時に、タツトに受けた傷を治してくれたのは碧か、と思い至る。
「あぁ、起きてるぜ」
今の返事は、碧にはどう聞こえただろうか。いつも通りの自分で答えられただろうか。ふとそんな事を思う。
「よかった、元気になったんですね」
竜斗の心配とは裏腹に、碧は心から安堵の声を漏らす。自分が手を施してそれでも目覚めなかったら、そんな不安があったのかも知れない。
しかし竜斗の口許は自然と嘲笑を浮かべ、情けない負け犬の鳴き声を吐く。
「元気、ってわけにはいかねぇけど、な」
竜斗の自分に対する皮肉は、碧に次の言葉を紡がせる。
「……それでも、生きてます」
ポツリと、まるで自分に言い聞かせるように呟く。
「竜斗さんは、まだ生きてます。だから、まだこれからがあります」
それは悲痛な叫びであり、子をあやす母親の囁きであり、傷付いた仲間を癒す慈愛の言葉であり、独りで苦しまないでと包み込んでくれる、友達の声だった。
「……竜斗さんが悲しんでいるなら、代わりに私が泣きます」
それはまるで呪文のように竜斗の耳に届き、心に浸透する。
「竜斗さんが挫けそうなら、私が竜斗さんを支えます」
言葉は竜斗の心に溶けて染み渡り、思わずほっとしてしまいそうな暖かな碧の心が伝わってくる。
「竜斗さんが迷っているなら、私が道標になります」
障子越しに聞こえる碧の声は、しかし同時にどうしようもない不安を沸き起こす。そしてそれが俗に言う″嫌な予感″だと、竜斗は気付いていない。
「もう悲しんだり、挫けたり、迷ったりしないように。私が護ります、竜斗さんの笑顔を護ります。だって……」
まるで何かを思い出しているような数瞬の沈黙、そして涙を堪え僅かに掠れた声が発せられる。
「だってあの日、竜斗さんは私を救ってくれたから。あの日、竜斗さんに友達だって言ってもらって、嬉しかった。私は竜斗さんの笑顔に、言葉に、暖かい手に、救われたから」
それは碧を人鬼から護った時の、竜斗にすれば何気ない普通の言葉だったのかも知れない。
だが竜斗の口にしたその当たり前の言葉は、竜斗のとった当たり前の行動は、碧を確かに救った。碧の見ていた世界さえも変える程、その全ての闇を照らして救ったのだ。
「だから、今度は私の、番です。何かを貰ったら、返すのが……友達ですから」
完全に涙声の碧の言葉に、竜斗がようやく口を挟む。
「碧、何言ってんだ?」
胸に渦巻く不安は竜斗を混乱させ、正常な思考を奪ってゆく。
だがそれでも、碧は言葉を止めない。碧はそれが自分のすべきことだと、理解しているのだ。
「竜斗さんは、休んでいてください。それで、神崎くんが帰ってきたら、いつもの竜斗さんの笑顔で、″おかえり″って言ってあげてください。それから……」
碧の声が一瞬途切れ、本当に、本当に優しい声が竜斗の心を打つ。
「……何があっても、絶対に神崎くんを恨まないでください」
きっとその時の碧は、眩しい程の笑顔だったに違いない。障子越しの竜斗でさえ、目の端に涙を溜めて、これ以上ないくらい優しい笑顔を浮かべる碧が容易に想像できる。
「なあ碧、答えてくれよっ。獅季を恨むなってなんだよ?!」
「……」
不安が限界を越え、竜斗は叫ぶように碧に問い掛ける。だが、返ってくるのは無言の決意だけだ。そして竜斗は、その決意に覚えがある。そう、それは……
(あの日と、あの日の俺と同じだ)
障子越しに伝わってくる碧の決意。それは自分が幻獣勇者になると、自身の日常(せかい)を守る為に戦うと決めた、あの時の決意と同じ物だと、竜斗は直感的に理解した。
それを感じた途端、竜斗は碧がずっと遠くへ行ってしまうような錯覚に襲われた。まるでそう、両親や獅季の様に、手の届かない場所へ。
「……行くな」
既に竜斗の思考は真っ白になり、理性を無視した本能からの、本心からの言葉が無意識に発せられる。
「行かないでくれ、碧!」
それはあまりに情けなく、戦士としても、幻獣勇者としても、許される言葉ではない。だがそれは、竜斗の本心からの言葉である証拠。竜斗は碧を失う事を、心から恐れている。
だからこそ、自分が何を言っているのかさえ理解できていない竜斗は、返された碧の言葉に衝撃を受ける。
「……本当は、ずっと竜斗さんの側に、いたいです」
ポツリと、小さく漏らされた碧の呟き。そして言葉は続く。
「でも、出来ないんです。私はあの日、この力を手にした時に決めたんです。竜斗さんを傷付ける全てのモノから、竜斗さんを護る盾になるって」
自分の手にした力の使い方、それを心に刻む碧は、決して迷わない。
「だから私は迷いません、私がそれを望んでいるから。それに何より、それが竜斗さんに初めて教えてもらった事だから」
揺ぎ無い決意は、誰かに望まれたモノではない。碧が初めて、自分から望んだ姿。紅月 竜斗の友達である事を望んだ、自分で選んだ道。
「自分で選んだ道は、最後まで貫き通す。だから、私は戦います」
碧はずっと覚えていたのだ、戦場で竜斗に言われた事を。だからこそ戦ってこれた。竜斗を護るという、自身の中にある絶対を貫き通す為に。
「今も、これからも、私は竜斗さんを護ります。だから……」
障子の向こうで振り返ったのか、障子越しの人影が動き声も若干遠くなる。
それは碧がこの場を、竜斗の許からいなくなることを意味している。
「碧、行くな。碧ぃっ!」
「……さよなら」
悲鳴に近い声を上げて障子を開けた竜斗は、既に舞い上がった純白の天馬を見送ることしか出来なかった。
「鬼竜合体ッ! エボニーデスペリオンッ!!」
「いくよ、サンレオン……」
八雲学園の商店区。前回のシードグリフォンとサンレオンの戦闘で壊滅的なダメージを受けたその場所に、二体の邪鬼は再び姿を現した。
黒い靄が広がり、その中から姿を現したデスペリオン、改めエボニーデスペリオンとサンレオンは、破壊行動を行うわけでもなくただ敵が現れるのを待つ。
「早く来い、竜斗。オレ達にはもう、時間がねぇんだ」
以前戦ったときより、更に禍々しさを増したエボニーデスペリオンの姿を見て住民が逃げ惑う中、一番手にライオットユニコーンが姿を現す。
「今度こそ、今度こそ倒す! お兄ちゃんをあんなにしたんだ、絶対許さないからっ!」
『お覚悟を。レディの拳は悪を貫く槍と化した、最早如何なるモノもレディを阻むことは出来ません』
ココに来るまでに既にチャージしていたのか、先日にも増した密度の電撃がライオットランサーを包み、今まさに放たれようとしている。
「神崎先輩、きっと助けます。だから、待っていてください」
上空から現れるのはシードグリフォン。その身体からは、いつにもまして強大な風が溢れているように思える。
「ありがとう、鏡佳ちゃん。でも、もう無理だよ。僕は邪鬼だから」
館の一室で見せた苦痛交じりの声は何処にも無く、普段通りの優しい声が返される。それはやせ我慢なのか、それとも……。
「鏡佳が助けると言ったんだ。貴様には死んでも助けられてもらうぞ」
『そう言うことだ』
鏡佳の言葉を否定する獅季を全く同じ目で見下し、空弥とシードグリフォンが言葉の矛盾も気にせずに言い放つ。
「そもそも邪鬼を助けるってのが理解できねぇな。オレ達の欲望を満たして、昇天させてくれるってのか?」
やはりタツトも、苦痛の色など全く見せない。あたかも自分は悪人だと、そう演じているようにさえ思えてくる。
「いいえ。邪鬼の力を浄化して、元の人間に戻します」
タツトに応えたのは、最後に合流した碧。その声は、今までの碧には無かった強さがある。
そうだ、幻獣勇者達は先の戦いには無かった恐ろしいまでの決意を胸に秘めている。
この僅か数日、竜斗の敗北は碧達に劇的な変化を与えてしまった。
『人の命を奪ったことのない邪鬼は、まだ人に戻れる。そのくらいお姉さん達が知らないとは思ってないわよね?』
邪鬼の、人鬼を縛る制約の一つ。命を奪うことで人に戻れなくなる。それが他人のモノでも、自分のモノでも。
まだタツトも獅季も、碧達が知りうる限り命を奪ってはいないはずだ。ならばまだ人に戻れる可能性は残っている。
「そうだね。僕もタツトも、まだ人を殺したことは無いと思うよ。竜斗が死んでいないなら、だけどね」
イヤミではなく、純粋に事実として、世間話のような調子で話す獅季。もしこれが演技なのだとしたら、彼の精神力は恐ろしいモノだ。
「この間も言ったよな。御託はいい、死合おうぜ?」
エボニーデスペリオンの握る鮮血の刃の日本刀、邪竜刀が鼓動したように見えたのは、気のせいではないだろう。人を斬る為に生み出された魔剣が、血に飢えているのかも知れない。
「ペガサスさん、結界を」
『オッケー、任せてちょうだい』
リュミエールペガサスの左腕、カーバンクルの額のルビーアイから発した光が、周囲十数キロメートルを覆う結界を生み出す。結界の中に一般人の気配はない。これで戦闘に集中できる。
「いくよ、ユニコーンッ!」
『了解、レディ!』
結界が完成すると同時に、ライオットユニコーンがエボニーデスペリオン目掛けて弾かれたように飛び出す。
『「破ァッ!!」』
右腕の長大な巻貝型のドリル、ライオットランサーがエボニーデスペリオンを捉え、その身体を貫く様に突き出される。しかも、ヒットと同時に溜め込まれた電撃が全て前方に解放され爆発力となってエボニーデスペリオンを襲う。
「なるほど、ちっとはレベルアップしてきたわけだ」
だが、電撃は愚か、ライオットランサーすらエボニーデスペリオンを貫いてはいなかった。突き出されるドリルの先端を僅かに刃で弾き、突きの進行方向を変えて避けたのだ。
電撃も、突きに合わせて前方にのみ放たれたため、敵を素通りして明後日の方向へ放たれる。
「だがまぁ、もう少し修行が足りねぇな」
そう続けるタツトの起こしたアクションは回避だけではない。ライオットユニコーンの攻撃を捌きつつ、その腹部へ捻じ込むように脚を突き出している。
「かはっ?!」
『ぐ、っ?!』
自身の加速と蹴りの威力に身体をくの字に折り曲げ、ライオットユニコーンが元いた位置より後ろまで押し返されてしまう。
続いくシードグリフォンは、建物を薙ぎ倒しながら転がるライオットユニコーンの脇を抜け、サンレオンの懐まで接近する。
「はあぁぁぁっ!!」
『ソニックブレイド・ダンスッ!!』
左右の脚ので繰り出される俊足の蹴り、踵に発生した風の刃が放つ真空波が、サンレオンの眼前で壁の様に展開される。
(ヤツの武器は刀一本。ならば、ヤツが対応出来ない速度と手数を以ってすれば突破は可能!)
鏡佳への負担を軽減する事を考えれば、空弥が短期決戦に臨むのは当然。自身の力を可能な限り解放してでも、サンレオンを初撃で倒す事を狙った攻撃。しかし、その希望も次の瞬間には砕け散ることになる。
「神崎流、嵐光牙(らんこうが)ッ!」
獅季が鞘から刃を解き放った瞬間、全ての攻撃を相殺されたシードグリフォンの身体が宙を舞う。
『っ、馬鹿な?!』
「あの数を、全て相殺して反撃まで」
「化け物めっ!」
咄嗟に高度を上げて追撃を逃れたシードグリフォンは、何事も無かったように佇むサンレオンを睨み付ける。
シードグリフォンが攻撃を放った瞬間、サンレオンは数回の抜刀と鞘での打撃、そして蹴りによって全ての攻撃を相殺し逆に手数と速度を上回って反撃したのだ。
神崎流古武術、嵐光牙。抜刀の勢いと手首の返し、そして体捌きだけで一瞬と表現される間に最大六つの斬撃を放つ技だ。獅季はその技を鞘を動かして納刀し繰り返し使うことで無数の真空波を全て相殺し、同時に刀身を迎えに動かした鞘とシードグリフォンに勝るとも劣らない速度の蹴撃で同じく無数の蹴撃を相殺。そして、刀を振る事が出来ない距離まで接近したシードグリフォンに拳を打ち込んだ。
これだけの攻防に要した時間は、僅か二秒にも満たない。
「神崎流は紅月流とは正反対。剣術と体術を操り、速さと手数を以って敵と戦う流派」
そこで獅季は、今までとは明らかに質の違う笑顔を、相手を挑発する類の笑みを浮かべてシードグリフォンを見る。
「僕に速さと手数で挑むには、両足しかないキミじゃ役不足だね」
その声は、下からではなくシードグリフォンの背後から発せられる。
はっとして空弥達が見下ろす風景には、既にサンレオンの姿は無い。神崎流の瞬動術、瞬牙でシードグリフォンの背後まで跳び上がったのだ。
「しまっ?!」
「言ったよね、人じゃ獅子には追いつけない」
咄嗟に迎撃しようと踵に風の刃・ソニックヒールを生み出し後ろ回し蹴りを繰り出すが、獅季はそこまで先読みしていたのか、その脚を獣の姿になり獅子の顎で銜えて受け止めたのだ。そして自分が落下する勢いを殺そうともせずに、獣特有の柔軟な動き身体を捻り巻き込む事でシードグリフォンの受身を殺す。
「神崎流、獅子噛み落としっ!」
先日人の姿でシードペガサスに使った時とは違う、獅子の姿のまま宙で身体を捻り続け車輪のように回転しながらの落下。羽ばたく暇すらなく、落下の勢いと回転力で地面に叩きつけられるシードグリフォン。その背中はいつの間に変形したのか、人型のサンレオンの脚に踏みつけられている。
「悪いけど、今日は本気だからね」
時間が無い、そう言っていた事も何か関係しているのだろう。先の戦闘では見られなかった積極的な攻撃を仕掛ける獅季。
首を刎ねるつもりなのか、獅季はシードグリフォンの背中を踏みつけたまま闇獅子の柄を握り構える。
「させませんっ!」
獅季が抜刀するよりも速く、文字通り光速の攻撃がサンレオンを襲う。戦場を区切る結界を作り滞空していたリュミエールペガサスのルビーアイが放った光線だ。
「っとと、今のは危なかったな」
言葉とは裏腹に焦りを感じさせない声。獅季は碧の声に咄嗟にその場を離れ、光線を回避したようだ。
「もう、誰も傷付けさせません。竜斗さんの身体も、心も、私が護ります!」
『リフレクトシールド射出!』
リュミエールペガサスの左腕から五枚の盾が分離発射され、サンレオンを閉じ込めるように宙で動き回る。
「光速、か。いいよ、その速さも僕が超えてみせる」
自分の周囲を動き回る盾を完全に無視して、その隙間からリュミエールペガサスを睨み付ける獅季。重心を高くして、より身軽に、リズムを取るように膝と足首のバネで軽く身体を上下させ始める。
『行くわよ! ルビーレイッ!』
ルビーアイから放たれる光線、それは光粒子を細く収束しその密度を極限まで高める事で金属さえも超える質量を持つ光る凶器。文字通り光速で進むその攻撃は、五枚のリフレクトシールドの鏡面に反射を繰り返し、サンレオンを囲む凶器の檻を作り上げる。
第二射、第三射と数を増やす光線は、反射を繰り返し眩い光を発する檻へと姿を変えサンレオンから視界さえも奪う。
そして、サンレオンの死角に回り込んだリフレクトシ−ルドが反射角を他のシールドからサンレオンに変更し攻撃を始める。
「確かに速い、けど」
周囲を埋め尽くす光に視界を遮られ、更に死角からの攻撃であるにも拘わらず、サンレオンはそれを紙一重で避けてみせる。
「死角から来る攻撃だと解っていれば、ある程度は避けれるんだよ。それに……」
脚捌きと体捌きだけで光線を避け続けるサンレオンが、一瞬とも呼べない程の僅かな隙間を縫って、光線の檻を脱出する。彼の、獣の踏み込みを以ってすれば可能なのだ。一瞬とはいえ、光を超えることも。
「五枚の鏡が生み出す光線の檻、僕には隙間だらけに見えるよ」
建ち並ぶビル郡を足場に、滞空するリュミエールペガサスへと跳ぶサンレオン。その手は既に帯刀した闇獅子を掴み、抜刀体制に入っている。
しかし、その姿にリュミエールペガサスは不敵な笑みを浮かべる。
『ざ〜んねん♪』
「待っていました、この瞬間を」
碧の声を合図に、檻を形成していた光線が一斉にサンレオンへと発射される。最初から、方向転換の効かない空中へ誘導し、複数の光線による攻撃を仕掛けるのが狙いだったのだ。
「くっ?!」
思考する余裕すらない。一瞬という間すら置かずに十本近い光線がサンレオンを襲い、身体を捻り何とか避けようとするも何本かは肩や脚を貫いてゆく。
「獅季ッ!?」
落下するサンレオンにタツトが叫び、向かってくるライオットユニコーンを無視して助けに入るエボニーデスペリオン。
「獅季、大丈夫かっ?」
「うん、急所は外れてる。全然平気だよ」
すぐにエボニーデスペリオンの手から降りて、自分の脚で立つサンレオン。その傷はエボニーデスペリオン同様黒い靄に塞がれ再生してしまう。
「ったく、心配させんなよ」
敵が一箇所に集まった事で、幻獣勇者もリュミエールペガサスを中心に一箇所に集まり開戦前の睨み合いの様な構図になる。
「ゴメン、ちょっと油断した。でも、次はないよ」
「そうだな。オレと獅季、二人でならどんなヤツにも負けねぇ」
闇獅子を構え三体の幻獣勇者に向き直るサンレオンに、エボニーデスペリオンもまた邪竜刀を構え向き直る。
「さぁ、第二ラウンド開始だっ!!」
タツトの声を皮切りに、再び幻獣勇者と邪鬼が激突する。
最初に動き出したのはシードグリフォン、標的を変えエボニーデスペリオンへと風を纏って突撃する。
「はっ、幻獣勇者ってのはこんなモンか!」
挑発するように言い放つエボニーデスペリオンは、風の中から蹴りかかって来たシードグリフォンの脚を掴み力任せに地面に叩きつける。
「─っ!?」
「かはっ?!」
地面に埋まるほどの力で叩きつけられ、肺の空気を強制的に奪われた二人が声にすらならない悲鳴を上げる。
「そらそら、こんなんじゃつまらねぇぞ!!」
そんな空弥達が体制を立て直す前に、追い討ちを掛けようと邪竜刀を振りかぶるエボニーデスペリオン。
「させない!」
『アレストディフェンサーッ!』
二つの声が聞こえたと同時に、振り上げられた邪竜刀をアレストディフェンサーの脚が腕ごと拘束する。
「仲間がいるのは、キミ達だけじゃないよ」
敵を捕らえたアレストディフェンサーはそのまま放電して攻撃を加えようとするが、その前にサンレオンの斬撃によって脚を切断され拘束を解かれてしまう。
「サンキュー、あのまま振り回しても良かったんだけどな」
一瞬の制動の隙に逃げ出したシードグリフォンには目もくれず、腕に巻きついたノーチラスの脚を引き千切り投げ捨てるタツト。その顔には、余裕からくる笑みが浮かんでいる。
「少しは歯応えも出てきたけど、まだ足りねぇな」
不意に襲い来る光線、ルビーレイさえも邪竜刀の一振りで弾き幻獣勇者を睨み付ける。
「見せてみろよ、テメェ等の全力。武装獣を手に入れた、騎獣の力ってヤツを!!」
タツトは叫ぶ、武装獣を得たシードカイザーを見せてみろ、と。
その言葉は勝利の自信からか、それとももっと別の意味があるのか。
「そんなに見たいなら、お見せします」
タツトの叫びに応えたのは、他の誰でもない、鏡佳だった。
「鏡佳、無茶をするな」
当然止めるのは空弥。そもそも、鏡佳の身を案じてシードカイザーへの合体を避けていたのだ。その心中は穏やかではないだろう。
「いいの。ここで負けてしまったら、それこそ全てが無駄になる」
勝利のためなら、自身へ降りかかる負担も支えてみせると、鏡佳はそう告げる。
「今は勝利を。壬生さんも、輝里先輩も、力を貸してください」
「いいわ、今のアタシ一人じゃ勝てないのは分かったし」
「鏡佳さん、もし辛くなったら言ってください。私の能力なら少しは力になれると思います」
頷き合い、三人の少女の決意は固まった。それぞれの想いを胸に、今は勝利を最優先とし、その力を合わせる決意を。
『我が力を求めよ……風を受け継ぎし者よ……』
(くっ、こんな時に!!)
少女達の声とは別に、脳裏に響く風の皇≠フ声。それは風の皇≠フ力が表面化しようとしている前触れだと、本能的に空弥は理解していた。
「兄さんお願い、私の我侭を聞いて」
鏡佳と風の皇=A二つの声に心を揺らしながら空弥は決断を下す。
「いいだろう! ならば俺達の力、その目に焼き付けるがいい!!」
シードグリフォンから、否、空弥の身体からとてつもない風が吹き荒れる。
「いくぞ、全員俺に続けっ! トライエレメンタル・ユナイトッ!!」
空弥の紡ぐ呪文が吹き荒れる風に方向性を与え、三体の幻獣を包み込む。
その中で幻獣は一つとなり、新たな姿を、敵を貫く矛と仲間を護る盾を持つ純白の騎士へと進化する。
「煌輪……」
武装形態になったリュミエールカーバンクルが左腕に、
「流槍……」
十本の脚の中央から更に長い柄が伸び、長大な槍となったライオットノーチラスが右手に
「「聖獣武装!」」
四人の想いと三体の幻獣、そして二体の武装獣が一つになる。
『「「「「騎獣合心ッ! フルフォースッ!シーィィィドッ!カイザーァァァッ!!」」」」』
今この瞬間、闇をも照らす光の盾と夜をも貫く雷の槍を手にした純白の騎士が、新たな幻獣勇者が降臨した。
「そうだ、それが見たかった」
「この威圧感、想像以上だね」
武装獣によって更に強大な力を得たシードカイザーを前に、二人の邪鬼は一歩も退かず笑みを浮かべる。
「けどな、」
「でもね、」
同時に呟く二人の邪鬼は、それぞれの武器を構え全く臆しもせずに言葉を続ける。
「言ったろ、オレと獅季は」
「二人揃えばどんな敵にも負けない」
シードカイザーに対抗するようにその威圧感を膨れ上がらせたエボニーデスペリオンとサンレオン。二人揃えば絶対に負けない、本気でそう信じている、いや、確信しているのだろう。
「悪いが時間を掛けてやる余裕も無い」
『我が全身全霊をもって、一撃で決めさせてもらうっ!!』
右手に持つ螺旋の豪槍・ライオットランサーを構え、初撃から一撃必殺を狙うシードカイザー。
『ライオットランサー、セット!』
「ペネトレイトチャージャー、究極極大放電(マキシマムライトニング)ッ!」
黄華の声に呼応し、ライオットランサーの本体が回転と放電を始める。更に、垂れ靡く十本の脚が槍と同じ向きに起き上がり、逆回転しながら放出した雷を逃がさないようにフィールドを形成してゆく。
『リフレクトシールド、射出!』
「リュミエールサンクチュアリ、展開ッ!」
左腕のリュミエールカーバンクルから射出された五枚のリフレクトシールドが碧の声に呼応し、エボニーデスペリオンとサンレオンを囲むように光線を五芒星の形に反射し結界を作り上げる。
「この戦場において、天にも地にも逃げ場は無いと知れ!」
『ハウリングストーム! パニッシャッーァァァッ!!』
敵を見据えた空弥が宣言し、シードカイザーの胸の鳥の啼き声が、その身に纏う高密度の風を横向きの竜巻として発射する。それは敵までの道を作り出すと同時に敵の動きを封じるエンドフィールドとなる。
「神崎先輩……今、行きます」
鏡佳が敵であり辿り着くべきゴールである少年を見つめ、その決意と想いを手の中の槍一点に集中する。
『全力ッ! 全開ッ!』
背と腰から広がる二対の翼が後ろへ展開し、雷を包むフィールドで更に大きく長くなった豪槍を両手で構え完全な突撃体勢に入るシードカイザー。
そして、その体内と武器に溜め込まれた力を、今、解き放つ。
『「「「「貫けッ!
フルフォーォォォス!ペネトレイトランサーァァァッ!!」」」」』
竜巻のエンドフィールドの力によって進みながら加速し、不可視の速度まで達したシードカイザーは、幻獣勇者の姿をした二体の邪鬼と激突した。
「碧、碧、みどりぃ……」
飛び去るシードペガサスが見えなくなると、竜斗はその場に崩れるように両手と両膝を突き幼子の様に泣きじゃくっていた。
「俺を……俺を独りにしないでくれよぉ……」
ガクガクと全身が震え、目を開ける事さえままならない。
寂しい、怖い、苦しい、辛い。竜斗の思考をあらゆる負の感情が押し流してゆく。
その感情は、同時に竜斗に忘れていた記憶を呼び起こす。両親が竜斗の前を去った日の、両親の死に涙した記憶を。
病院のベッドで目を覚まし、数える程しか会った事のない祖父に連れられて入った別の病室で、並べられた二つのベッドに顔に白い布を被せられた人が眠っているのを見せられた。最初はそれにどんな意味があるのか全く理解できず、周りの大人が暗い顔をしている理由も解らなかった。
祖父から、龍造からそれが両親だと聞かされて、初めて父・龍麻が戦っていた光景を思い出した。前が見えない位に大きく見えた父の背中が、自分の前で力なく倒れている光景が鮮明に甦り、その事実を認めたくなくて、「ウソだ!」と何度も叫びながら白い布を掴み取り投げ捨てた。
そこには、真っ白に血の気の失せた父・龍麻の顔があった。そこに表情は無く、感情を読み取る事は出来ない。まるで、精巧に作られた人形の様に見える。
そんな父の顔に、竜斗は声すら出せない。振り返り、もう一枚の布も掴み取る。そこにはやはり、龍麻と同じように真っ白になった母・まどかの顔があった。
否定できない、否定しようがない。実際に手で触れた母親の顔は、皮の下に氷を詰めた様に冷たく、硬い。その感触を知った途端、何かが切れた。
涙が溢れた、声が枯れるまで叫んだ。冷たくなった母の身体に抱きつき、誰にも止められることなく泣き続けた。
次に目が覚めたのは、見覚えのある和室。それが祖父の家だと気付いたのは、部屋に龍造が入ってきた時だ。
龍造は、改めて竜斗に事の全てを話した。その上で、自分が竜斗を引き取り育てたいと竜斗に頼み込んできたのだ。それこそ、土下座までして。
そんな祖父の姿に戸惑うことしか出来ない竜斗は、少し悩んでから逆に自分から龍造に頭を下げた。
『俺に、剣を教えてください』
当時幼かった竜斗は、自分を僕≠ニ呼んでいたし、何度か祖父の元を訪れた際にも剣術なんてやりたくないと言っていた。
そんな竜斗が、どんな心境の変化か自分から剣を教えてくれと頼み込んだのだ。
竜斗自身、そんな事を頼んだ事すら忘れていたが、確かに、そう言った自分を思い出した。
正直、両親が死んだ前後の記憶はほとんど無い。いつの間にか、龍造との生活が当たり前の日常になっていて、剣の修行も当たり前になっていた。自分の中では龍造に無理矢理やらされているという認識さえあったのだから、本当に忘れていたのだろう。
だからこそ、その時自分がどんな気持ちだったのか、混濁する思考の中で竜斗は答えを探す。
しかし、垣間見えるのは何故か父・龍麻との記憶ばかり。もう忘れていた、父親という大きな背中が、いくつもの記憶にとして脳裏に再生される。子供は父親の背中を見て育つ。そんな言葉を聞いたことがあるが、竜斗はまさにその通りに育った。だからこそ、その背中に憧れ、自分もいつかそうなりたいと願った。
そんな胸の内を龍麻に打ち明けたら、龍麻は笑って、しかし真っ直ぐに竜斗を見て言った。
『俺みたいになりたい、か。ははっ、俺はそんな立派なモノじゃないぞ。父さんの手は、母さんと竜斗を支えるのがやっとな、ちっぽけな手だ。でもな、父さんは一つだけ絶対に曲げない信念を持ってるんだ。それは、日常を護ること。俺が中心になってる、俺の日常を形作る全てを護り抜く。そのためなら、男って生き物はいくらでも強くなれるんだ。竜斗も自分の日常を見つけて、その大切さがわかれば、きっと俺みたいになれるさ』
何を言っているか、幼い竜斗は全く理解出来なかった。でも今なら、その意味を理解できる。竜斗もそれを理解できるくらいには、成長したのだ。
そして、結局はそれが答えだったのだ。
「俺は……」
それは戦い始めてからも常に想っていたい事だ。
「父さんみたいに……」
エスペリオンと共に戦うと決めた日、ロードドラグーンを呼んだ日。竜斗は常にその想いを胸に抱いていた。
「強く……」
日常を護る。その言葉の意味を、今やっと理解して、竜斗は父親の、龍麻の本当の大きさを初めて知る。
「強く、なりたい……」
竜斗の日常は、既に一度壊れている。両親という存在が欠けてしまうことで、壊れてしまった。
だが、竜斗は今、新しい日常を持っている。獅季がいて、龍造がいて、黄華がいて、鏡佳に空弥がいて、クラスや部活の友達や仲間がいる。他にも、自分の家があって、学校があって、八雲学園という街があって、そして、碧がいる。
龍麻の様になりたいという願いよりも、その大切さを知った事で感じた、もう何一つ欠けちゃいけない≠ニいう想いが膨れ上がっていく。
この日常を持っているのは自分だけじゃない事も、理解出来る。そして、自分の日常を護るということは、自分の日常を形作る人々の日常さえも護る事だと、竜斗はそう理解した。
『そのためなら、男って生き物はいくらでも強くなれるんだ』
父の言葉を、剣士としての、男としての先輩の言葉を頭の中で反芻する。
「そうだ、俺の手は……まだ刀を握れる。刀を握れるなら、剣士はまだ戦える」
気付けば、身体の震えは止まっていた。目を開ける事も出来る。涙も止まっていた。
そこで、竜斗はこんなに力いっぱい泣いたのが十年ぶりである事を思い出す。
強くなる、そんな意思が竜斗の涙を塞き止めていたのかも知れない。
「久しぶりに思いっきり泣いて、スッキリしたのかな」
身体に力が入る。手を突かずとも、膝を突かずとも自分の脚で立てる。前が見える、見上げれば空が見える。
視線を足元に落とせば、先ほど自分が放り投げた木刀が転がっている。
「俺は馬鹿だ、自分の魂を投げ捨てちまうなんてな」
木刀を手に取り、瞼を閉じて肩の高さで水平に横薙ぐ。風を斬る鋭い音が、視覚を遮った竜斗の耳に届く。
手には木刀とは違う、手に馴染んだ確かな重さを感じる。握っている柄も、木ではなく丁寧に織り込まれた柄紐の手触りに変わっている。
自分の手にある、自分の手が支えられる唯一の重さを確かめる様に何度か振り、初めて瞼を開き握り締めたそれを見る。
「また……俺の為に咆えてくれるか、紅竜刀」
手の中には、鞘に収まったままの日本刀、愛刀・紅竜刀がある。紅竜刀は、竜斗の言葉に呼応するかのように、一度だけ大きく鼓動を伝える。
その言葉無き愛刀の応えに満足した竜斗は、縁側から庭に降り鞘に収めたまま紅竜刀を地面に突き立てる。そしてこれまでに何度も唱え、今また脳裏に浮かんだ呪文を紡ぐ。
「幻獣……」
突き立てた紅竜刀を中心に、円形の光るドラゴンの模様が地面に刻まれる。それはさながら、RPGに出てくる魔法陣の様である。
地面に刻まれた魔法陣が宙へと浮き上がると同時に、地面から二本の脚で立つ紅いドラゴンの姿が迫り出す。
完全にドラゴンの身体が地面の上に出ると、今度は竜斗が鞘に納まったままの紅竜刀を振り上げる。
「招ォォォ来ッ!!」
天へと掲げられた紅竜刀から放たれた光は、魔法陣の中央に吸い込まれ魔法陣そのものを動かす。
ドラゴンはゆっくりと回りながら下りて来る魔法陣を通り、その姿を紅き鋼の肉体へと変化させる。
竜斗によって召喚され、ドラゴンは、幻獣・エスペリオンは人間界で活動を行う為に鋼の肉体を得たのだ。
二十メートル近い巨大なドラゴンを前に、竜斗はバツの悪そうな顔でドラゴンの、戦友であり相棒である幻獣の顔を見上げる。
「悪ぃ。ちょっと……だいぶ長い反省会になっちまった」
竜斗の言葉に、エスペリオンは静かに口を開く。
『邪鬼が暴れているようだ。若き剣士よ、共に戦おう』
まるで初対面のような、他人行儀な相棒の言葉に一瞬呆気に取られた竜斗は、それが自分にとっての始まりの日に交わされた言葉である事を思い出す。
「……竜斗だ」
そして、そんな他人行儀な相棒に腹を立て、震える喉を無理矢理動かしてポツリと呟く。
エスペリオンからの返事は無い。だからこそ、竜斗はもう一度、はっきりとその言葉を、思いを伝え、相棒の名を呼ぶ。
「俺は竜斗だ、エスペリオン!」
『ああ、それでこそキミだ。共に戦おう、竜斗!』
久しぶりに触れた相棒の声に、言葉に、眼差しに、竜斗は身体が内側から燃える様な感覚を覚える。
同時に、幻獣勇者としての鋭敏な感覚が街で戦っている邪鬼の気配を捉える。
「この気配、タツトと獅季か」
『そのようだな。苦戦しているようだが、どうする?』
エスペリオンも戦闘の気配を感じ取ったのか、的確に仲間の危機をパートナーへと伝える。
「決まってるさ」
エスペリオンの言葉に獣の様な凶暴さと少年の無邪気さ、そして勇者の雄々しさを併せ持つ笑みを浮かべて自信満々に応える竜斗。
そう、取るべき行動は、紡ぎだす言葉は、いつも心が教えてくれる。
「鎧竜武装ッ!!」
紅竜刀を鞘から抜き放ち呪文を唱えれば、邪鬼出現の影響で立ち込めていた黒雲を突き抜けて鎧なる紅き翼竜が姿を現す。
竜斗が胸の辺りに吸収されるように同化し人型に変形したエスペリオンは、現れた翼竜・鎧竜王ロードドラグーンをその身に纏う。
『「鎧竜合体……」』
二つの声が重なり、竜斗の闘志、エスペリオンの希望、ロードドラグーンの力が一対の瞳に宿り、背の翼が大きく広げられる。
『「ローォド! エスペリオォォォン!!」』
全身から圧倒的な力を放つ紅き竜の戦士、ロードエスペリオンは黒雲に覆われた戦場へと飛翔する。
「みんな、今行くぞ!!」
八雲学園商店区を中心にした戦場は、その激しさを一転、静寂によって支配されていた。
道路は愚か建ち並んでいたビル郡までもが半数近く倒壊し、十数キロメートルに及ぶ光のドームによって区切られた戦場を、街の面影さえ無いほどに豹変させてしまっている。
そして、リュミエールペガサスによって生み出されていたはずの光のドームが、消失していた。
「くくくくっ、あーはははははっ!」
シードカイザーが二体の邪鬼、エボニーデスペリオンとサンレオンの二体と激突してしばらく、戦場にはタツトの笑い声が響いていた。
「ガッカリだぜ、この程度で最強気取りかよ」
瓦礫の山に埋もれる三体の幻獣≠見下ろし、笑いをこらえながらタツトがより敗北感を強くするような口ぶりで言う。
あの瞬間、フルフォースペネトレイトランサーが決まったと思われた瞬間、あの状況下でエボニーデスペリオンとサンレオンは反撃してきたのだ。
まず、リュミエールサンクチュアリをサンレオンが鏡面の角度をずらすという最小限の動きでだけで無効化し、その間にエボニーデスペリオンはフルフォースシードカイザーがそうしたように力を溜め始める。
次に、エンドフィールドとして発生した横向きの竜巻が自分達の動きを封じる前に、その台風の目とも言える中心点に二体同時に突入。それは必然的にシードカイザーと真正面から激突する構図を完成させる。
そして、突き出された槍、ライオットランサーの下を擦る様に、サンレオンが左上から右下に切り下ろす太刀筋で闇獅子を振る。それはライオットランサーの矛先をやや上に修正しその軌道を変える。
最後にその瞬間まで力を溜め込んでいたエボニーデスペリオンが、闇獅子に交差する様に右上から左下に斬り抜く太刀筋で邪竜刀を、同じようにライオットランサーの下を擦りながら振るう事で更に軌道を上に修正。
結果、軌道を逸らされたライオットランサーはエボニーデスペリオン達に直撃どころか掠りもせず、逆に交差する二つの刃を自分の加速も含めた威力で受けた。見事なまでのカウンターで迎撃されてしまったのだ。
これだけの連携と技、そして力を見せ付けられれば、「二人ならばだれにも負けない」という言葉もはったりではないと思い知らされてしまう。
一瞬で合体すら解除される程の想像を絶するダメージに、誰もが地に伏せたまま動けない。
いや、動こうと身体に力を入れるが、全身を縛る激痛に邪魔をされてしまう。
「ぁ……かはっ」
うつ伏せの状態から起き上がろうとした碧が、内臓にまでダメージが浸透しているのか血を吐き再び倒れこんでしまう。
「少し、やりすぎたかな? 思ったよりみんなの攻撃が凄かったんだね」
相変わらず本当に申し訳なさそうに呟く獅季、その瞳には同情と後悔さえ見え隠れする。
「いいんだよ。こうでもしねぇと、アイツは起きてこねぇからな」
アイツ、とはやはり竜斗の事を指しているのだろうか。期待に満ちたタツトの瞳は、既にシードペガサス達すら映ってはいない。
「あんまり焦らすモンじゃねぇぜ、竜斗。手元が滑って誰か殺しちまうかも知れねぇからな」
数歩足を進め、偶然にも足元に倒れていたシードペガサスを見下ろすエボニーデスペリオン。牙が剥き出しになったフェイスマスクの下で、隠された口許が笑みの形に歪む。
「お〜し、ちょっと暇つぶしだ。獅季、賭けしようぜ」
「全く、趣味が悪いな」
傍観を決め込んでいるのか、サンレオンは少し離れた場所からエボニーデスペリオンの行動を観察している。いや、正確にはエボニーデスペリオンを中心に周囲を警戒しているようだ。
「こいつ等を一人ずつぶち殺す。さぁて、何人目に助けにこれるかな?」
楽しそうに、無邪気に、それ故に何処までも邪悪に笑うタツト。足元で倒れているシードペガサスの身体を掴み上げ、躊躇いもなく空高く放り投げる。
身体に力が入らず、されるがまま空へと浮かび上がるシードペガサス。その不快な浮遊感すら感じる余裕のない碧は、ただ心の中で自分の無力さを嘆く。
(ごめんなさい、竜斗さん。護るって約束したのに、私……もう……)
「まずは、一人目だっ!」
投げられた勢いを失い、落下を始めるシードペガサス目掛けて飛翔するエボニーデスペリオン。落下の勢いと合わせて一閃、胴斬りにするつもりなのだろう。
(私、もう……。竜斗さん……)
独りだった頃、それは心の中でしか言葉に出来なかった想い。
「……て」
誰かに聞かれるのが怖かった、弱みを見せるのが怖かった。強い自分を演じていなければ、周囲の人間は付け上がって弱い自分を穿り返す。
「…けて」
でも、それは間違いだと気付かせてくれた人がいた。想いとは、言葉にしなければちゃんと伝わらないのだと、孤独の闇から救い出してくれた人がいた。
「助…けて」
本当の意味で強いその人にだけは、弱い自分を、本当の自分をさらけ出してもいいのだと、甘えてもいいのだと感じてしまう。
今まさに自分を手にかけようと、漆黒の魔人が眼前まで迫っている。相変わらず身体は動かない。でも、口を動かし、声を出すことは出来る。
だから碧は、辛いのも怖いのも痛いのも苦しいのも、全ての想いを乗せて、その言葉を口にする。
「助けて竜斗さぁんっ!!」
碧の絶叫と同時に、必殺の威力を秘めた邪竜刀が振り抜かれる。
「な、に?」
直後、声を出したのはタツト自身だ。それも驚きを隠せない、そんな雰囲気だ。
そう、タツトは邪竜刀を振り抜いたのだ。何の抵抗もなく、何の手応えもなく。空を斬って振りぬいたのだ。
狙っていたシードペガサスの姿も見当たらない。狙いを外して下に落ちたわけでもない様だ。
「上だよタツト」
傍観を決め込んでいた獅季が、動揺するタツトに溜息混じりに声を掛ける。
「悪ぃ、碧。ちょっと寝坊しちまったみてぇだ」
何の前触れもなく聞こえてくるその声は、エボニーデスペリオンよりも更に上空、邪鬼出現の影響で発生した黒雲さえも吹き飛ばして差し込む陽光を背に降臨した紅の竜戦士。
「竜斗…さん?」
紅の竜戦士、ロードエスペリオンにお姫様抱っこされるシードペガサスから、信じられない物でも見たような碧の声が発せられる。
「ああ、助けに来たぜ」
碧を安心させる、不思議な暖かさを与えてくれるその声に、初めて邪鬼に襲われた日に感じたその温もりに、自然と碧は目頭が熱くなるのを感じた。
「碧、言ってくれたよな。俺の事を護るって。アレ、すっげぇ嬉しかった」
いつもの、優しくて、暖かくて、大きくて、そして誰よりも強い、そんな竜斗の笑顔に碧は安心して身体の力を抜く。
「だから、碧が俺を護ってくれるなら、俺はそんな碧を護る」
「竜斗さんが、私を……?」
「あぁ。俺が碧を護る、絶対にだ」
見つめ合い、言葉を交わす竜斗と碧。そんな中、交わされる言葉の中に碧は今までとは違う何かを、竜斗に感じた。それはとても熱く、そして暖かい光。自分はこの光に護られるのだと思うと、自分は贅沢だなと不謹慎なことを考えてしまう。
「これは約束じゃねぇ。俺の心に刻みつける、誓いだ。もう、悲しんだり悩んだり挫けそうにならない様に、俺が碧を護る。いつだって、どんな時だって」
そう誓いを立てる竜斗の、ロードエスペリオンの姿は、仲間の目には今までよりも更に雄々しく、ともすれば神々しくすら映る。
「信じてたよ……お兄ちゃん」
「フン、貴様には速さが足りんな」
その姿に黄華が震える脚で立ち上がり、鏡佳への負担を軽減するのに動こうとすらしていなかった空弥さえも憎まれ口を叩く。
「みんな、ホント悪ぃ」
ゆっくりと仲間の下へ降り立ったロードエスペリオンは、シードペガサスを瓦礫を背もたれに座らせて敵へと振り返る。
「悪いついでに、後は俺に任せてくれ」
ロードエスペリオンを追う様に地上まで戻ったエボニーデスペリオンが、邪竜刀を構えてロードエスペリオンと対峙する。
「なんだよ、一皮剥けたって感じじゃねぇか」
「うん、そんなキミを見たかったんだよ。また会えて嬉しいよ、竜斗」
サンレオンもエボニーデスペリオンと並び、ロードエスペリオンと対峙する。
「よくも俺の仲間を散々やってくれたな。まずは偽者ヤロー、テメェからだ」
敵に応えるように愛刀、ロードセイバーを抜き構える。
だがそれを見た誰もが、その姿に一瞬我を忘れて自分の目を疑った。
ロードエスペリオンはただ、ロードセイバーを構えただけだ。ただし、前回の戦闘でデスペリオンに折られた、半分程しか刀身のないロードセイバーを。
「おい竜斗。まさかとは思うが、それで戦う気じゃねぇよな?」
「ここは真面目なシーンだよ、そういう冗談は笑えないな」
どうやらタツトと獅季は馬鹿にしていると捉えたらしい、怒りを露わに竜斗を睨み付ける。
「そんなんじゃねぇさ。お前等に見せてやるよ、俺の希望を」
そう言って竜斗は、瞼を閉じ、自分の中にある力を認識する。そして、その力を召喚する為に、叫ぶ。
「出て来い、俺の希望! 何処までも紅く、熱く、俺を燃え上がらせろっ!!」
竜斗の声に反応し、ロードエスペリオンの全身が紅の炎に包まれ燃え上がる。
その炎は手にしたロードセイバーさえも包み込み、柄から勢い良く噴き出した炎が新たな刀身を生み出す。
ロードセイバーの復活を境に、ロードエスペリオンを包み込む炎がまるで鎧であるかのように形を成してゆく。
「絶望の闇さえ燃やし尽くす、紅の炎。これが、俺の希望だっ!!」
竜斗の気合いだけで、それまで絶対の自信と余裕を見せていた二体の邪鬼が、初めて一歩退いた。
「なんだ、いったいなんだよアレは?! オレは知らねぇ、あんな力オレは知らねぇぞ!」
「これが、幻獣勇者の希望。邪鬼から世界を護り続けた、光……」
炎の鎧を纏ったロードエスペリオンを前に、文字通り身を焼かれる様な感覚に支配されるタツトと獅季。あの炎が自分達邪鬼だけを焼く為の炎だと、本能的に理解してしまったのかも知れない。
「来いよ偽者、本物の紅月流の剣を見せてやる」
ロードセイバーを肩に担ぎ、空いた手でタツトを誘うような仕草をして挑発する竜斗。直後、大砲でも打ち出したような音と共にロードエスペリオンが上空へと飛び出す。
「また返り討ちにしてやるぜ、竜斗! オレが偽者じゃねぇって証明してやるよっ!!」
追う様に翼を羽ばたかせ飛び上がるエボニーデスペリオン。
上空で対峙する二体の巨人は、前回の戦闘を再現するように飛行しながら一度、二度、三度と激突する。しかし、その一度も斬り結べない。力も速さも負けたエボニーデスペリオンの邪竜刀が、ロードセイバーに身体ごと弾かれてしまうのだ。
「どうした、俺はまだこんなもんじゃねぇぞ!」
「っるせぇ!!」
叫び、再び激突する。
「なら、もっと力を見せてみろよ。テメェから俺に言ったんだぜ」
「黙れぇっ!!」
五度目の激突、竜斗は右肩に担いだロードセイバーを気合と共に一閃。邪竜刀を真正面から、真っ向から斬り裂く。
「紅月流剣技、壱ノ太刀鋭月」
「っかは!」
剣戟の余波で地上に叩きつけられるエボニーデスペリオンを見下ろし、再び構える。まだ戦えるだろう? そう言葉なく告げている。
「まだまだぁっ!!」
エボニーデスペリオンをまたあの黒い靄が包み、斬り裂かれた邪竜刀をも再生する。
そして、待ち構えるロードエスペリオンに上昇する加速を乗せた剣戟を放つ。
しかし、それを待ち構えていた竜斗は邪竜刀を振り下ろすロードセイバーで容易く受け流しすれ違いながら一回転、エボニーデスペリオンの背中に回転の遠心力を得たロードセイバーを叩き込む。
「ぐぁっ!」
「紅月流剣技、弐ノ太刀月華」
今度は背中を押される形で更に上空へ打ち上げられるエボニーデスペリオン。だが翼を羽ばたかせる事で何とか体勢を立て直し、邪竜刀を胸の竜が吐き出す漆黒の炎で包み込む。
「これでどうだっ! エボニーィィィ! エクスブレェェェイクッ!!」
漆黒の炎が描く十字の軌跡。しかし、その十字架はロードエスペリオンに刻まれる事なく、砕かれる。そう、ロードクルスノヴァの打ち破った、この技で。
「紅月流剣技、参ノ太刀月波」
竜斗の敗北の瞬間を再現したような攻撃に、動揺でタツトの身体が硬直する。
「呆けてんじゃねぇよ。テメェに出来て、俺に出来ねぇとでも思ってたんじゃねぇだろう、なっ!」
無防備なエボニーデスペリオンの腹部にフルスイングで蹴りを叩き込み、体勢を崩した所へ竜斗は更に追い討ちを掛ける。
「紅月流剣技、四ノ太刀鳴月=I」
振り返る程にロードセイバーを振りかぶり、一閃、二閃。半月を思わせる半円形の二つの闘気の刃が打ち出されエボニーデスペリオンの翼を斬り裂く。
「ぐぅ……、まだ、まだだぁっ!!」
次々にダメージが蓄積される身体を鞭打って、また黒い靄がエボニーデスペリオンの身体を再生する。
「紅月流剣技……」
翼まで再生し、ようやく自分の力で飛行を始めたエボニーデスペリオンの眼前に、ロードセイバーが迫る。
「くそっ?!」
「五ノ太刀連月=I」
受け止めようと構えた邪竜刀を一太刀目が弾き、本命である二太刀目がエボニーデスペリオンの身体に一文字を刻み込む。
「がはっ!」
「以上! これが、紅月流剣技だ」
今度こそ力の抜けたエボニーデスペリオンが、地面に激突し動かなくなる。
圧倒的な戦闘をして見せたロードエスペリオンが再び地上へと降り立ち、血払いをするようにロードセイバーを振り抜くと同時に炎の鎧が霧散してゆく。
戦いは終わった、そう言いたげな顔で視線を動かした竜斗は、動かないエボニーデスペリオンを見て先日のタツトの言葉を思い出す。
『ウソじゃねぇさ、オレはお前達の知ってる紅月 竜斗と同一存在。なにせオレは竜斗の悪夢そのものだからな』
同一存在、その言葉は、今の竜斗とタツトには当てはならない。
「どうだ、これが俺、紅月 竜斗だ」
勝ち誇ることもせず、それでいて見下すこともせず、竜斗は純粋にタツトに向けて言葉を紡ぐ。
「確かにお前は、俺だったかも知れない。けどな、人間ってのは成長するんだ。一年前より、一日前より、一時間前より、一分前より、一秒前より、今の俺は成長してる。だから、あの日から俺と別れたお前は、二度と俺にはなれない。俺はまだ、成長し続ける」
「ま、だ、だぁ……」
竜斗の声を聞いて、タツトが、エボニーデスペリオンが再び起き上がる。
身体を再生するはずの黒い靄も、その量そが極端に減りダメージに再生が追いつかない。
「タツト、もう限界だよ……」
「止めるなよ獅季。このままじゃ終われねぇ」
今にも倒れそうな親友の身を案じ、その身体を支え寄り添うサンレオン。しかしそれを振り解き、タツトは今一度邪竜刀を握り締める。
「オレは、オレは偽者なんかじゃねぇ! これから、それを証明してやるっ!!」
「駄目だ、これ以上はキミがただじゃすまない」
未だ戦う意思を見せるタツトを見かねて、獅季も語気が強くなる。まるで、タツトのダメージよりも、それ以上の何かを恐れているようにさえ思える程。
「ココからは僕がやる。キミは休んでいて」
エボニーデスペリオンに背を向け、納刀した日本刀、闇獅子を構えロードエスペリオンを見据える。
先程の戦闘を見れいれば、今現状ではこの場にいる誰もロードエスペリオンに敵わない事は理解できているはずだ。それでも、獅季にはやらなくてはならない理由があるのか、ロードエスペリオンの前に敵として立ち塞がる。そして、
「……ぇ?」
金属が金属を割って貫く、そんな音が戦場に響く。
獅季が、サンレオンが自分の胸へと視線を落とすと、そこには胸を貫き飛び出した鮮血の色をした刀身が見えている。
「タツ…ト……? ゴフッ?!」
獅季の口から、吐血混じりの声が微発せられる。その光景に、戦場が凍りつく。
「タツトが、獅季を……?!」
タツトが獅季を、エボニーデスペリオンの邪竜刀がサンレオンの胸を後ろから突き刺したのだ。
たった今までフラフラと立っているのもやっとだったエボニーデスペリオンは、揺れるどころか微動だにせずただ手にした刀を、自分を庇う様に背を見せたサンレオンに突き刺している。
「な、にしてんだ、オレは? なんで、腕が言うことを、聞かねぇ」
本人の意思を無視した右腕は、握り締める邪竜刀を二度、三度と抜き差しを繰り返し、サンレオンの胸に幾つもの刺し傷を残してゆく。
「やめろ、やめてくれ!! 誰かとめてくれぇぇぇっ!!」
タツトの絶叫が響く中、もう十を超えて突き刺されたサンレオンが前の目に崩れ落ちる。
倒れたまま、立ち上がる力すらない獅季は、首だけを動かしてロードエスペリオンを、竜斗を見る。
「ゲホッ……りゅう……と……」
力尽きる寸前、吐血交じりに獅季が口にしたのは、
「ゲホッゴホッ……ゴメ…ン……ね……」
とうに見限ったはずの、本当の親友への謝罪だった。
「「獅季ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」」
一人の少年が倒れ、二人の少年の同じ声が、その絶望の叫びが、戦場に響き渡る。
その絶望の叫びは、漆黒の中に眠るもう一つの絶望を、目覚めさせる。
<NEXT>
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