居眠りの罰として、かれこれ30分ほどバケツ両手に廊下に立たされている竜斗は、本日何度目かの小さく溜息をつく。
「・・・結構、重いな」
 そんなことを呟きながら、実は竜斗の頭の中は先程の夢のことで埋め尽くされていた。
 夢の中で龍麻を呼んだ瞬間、竜斗の中で何かが外れた。
 それによって溢れ出したのは、幼い頃の記憶。竜斗が持つ、龍麻との最後の記憶だ。
 だがそれは、竜斗に最も辛い現実を叩き付ける事と同義だ。
 竜斗はその日、いつまでも帰ってこない龍麻を迎えに、いつもの道を走っていた。
(あの日、俺が父さんを迎えに行かなかったら・・・・)
 その日は母・まどかも家を空けており、不安な気持ちで震えていたのを思い出した。
(あの日、父さんを迎えに行ったから・・・・)
 まどかは家を空ける前に、家で大人しくしているように言って聞かせたはずだ。
(あの日、俺が・・・・)
 竜斗が最後に見た龍麻は、決して負けてはいなかった。
(俺が・・・・)
 竜斗が呼んだあの瞬間、竜斗に意識を向けたあの瞬間に、龍麻は。
(俺が・・・・、俺が父さんを・・・・)
 それは竜斗の悪夢、希望の象徴たる幻獣勇者の内に秘められた絶望。
(俺が父さんを・・・・殺した・・・・)
 竜斗が7歳の時だった。自室のベッドで目を覚ました竜斗は、一度しか会ったことのなかった祖父・龍造に両親の死を告げられた。
 帰ってくる途中、二人は交通事故に会った、と。
 幼い竜斗はそれを信じ、既に冷たくなった両親に泣きついたのを覚えている。
 だがそれは、竜斗自身を守るための嘘だった。今なら、今の竜斗ならそれが理解できる。
 当時の竜斗にお前の両親は怪物に殺された≠ネどと言えるはずもなく、龍麻の死を目撃したショックで迎えに行った事を忘れていた為、二人は竜斗の知らぬ所で死んだという事にされたのだろう。
 そうする事で、龍造は竜斗の心を守ったのだ。
 そうする事で、龍造は竜斗の悪夢を記憶の中に封印したのだ。
「俺の所為で・・・父さんが・・・母さんが・・・・」
 恐らく自分が気を失った後に母さんも合流し、同じように竜斗を護って命を落としたに違いない。
 そんな思考が、竜斗の中に渦巻いてゆく。まるで本当に、どう足掻いても抜け出せぬ悪夢の如く。
「俺が・・・父さんを・・・母さんを・・・・殺した・・・・殺したんだ・・・・」
 そう口にして、竜斗は目の前が真っ暗になるような気がした。
『──! りゅ・・っ! 竜斗ッ!』
「っ?!」
 不意に聞こえたエスペリオンの声に、竜斗の視界が回復する。
「な、なんだよ?」
 まだ頭から龍麻の事が離れない竜斗は、いつもより沈んだ感じでエスペリオンに応える。
『感じないのか、邪鬼の気配だ!』
 焦りを感じさせるエスペリオンの声に、竜斗は神経を研ぎ澄ませる。
(なんだ・・・いつもより気配が薄い・・・・)
 確かに邪鬼の気配は感じる。感じるが集中しなければ気付かないほど、その気配は薄い。
「くそっ! とにかくぶっ倒しに・・・・」
「紅月くん、キミも避難を!」
 後ろから聞こえる声に振り返れば、教室から生徒を誘導して恭也が出てきたところだった。
「行きましょう、今は人目が多過ぎます」
 そっと近付いた碧が耳打ちし、仕方なく竜斗は恭也の誘導で校舎の外へと避難する。
 その途中、窓から見えたのは街に降下する数十体の邪鬼の群れ。
 その光景に戦慄する竜斗は、こうなる前に気付けなかった自分に激しく苛立ちを覚える。
(くそっ! どうなってるんだ、一体?!)
 あの状況なら、自分一人抜け出して先に戦いに行けたはずだ。
 なのに、竜斗は邪鬼の接近に気付けず、こうして今人の波に拘束されている。
「授業中で他の皆さんも抜け出せていないはずです。合流してから対策を立てましょう」
 竜斗の胸中を知ってか知らずか、小声で話しかける碧。
「ああ、そうだな」
 相槌を打って頷き、竜斗もこれからの事に意識を向ける。
(とりあえず皆と合流してからだな・・・・)
「碧、これ、何処に避難してるんだ?」
 恭也の後ろに付いて歩いているだけなので、教室の外にいた竜斗は何処に避難しているかを知らされていない。
「第4体育館です。放送聞こえませんでしたか?」
 勿論そんなモノ聞いた覚えは無く、完全に聞き逃していた事に竜斗は歯噛みする。
「悪りぃ、ちょっと考え事してたんだ」
 碧には両親は事故で死んだとしか話してないのだが、竜斗は自分が両親を殺した≠ニ碧に悟られそうな気がして視線を逸らしてしまう。
「けど、あそこなら上手く抜け出せそうだな」
 自分の考え事に話題が向かないように、竜斗は半ば捲くし立てるように言う。
 第4体育館はレスリング用にマットの敷かれた体育館で、位置は街とはほぼ正反対。
 用具倉庫に何故か外へ通じる扉があり、生徒達の意識が街の邪鬼に向いていれば抜け出すことも難しくないだろう。
 そんなことを考えている内に、竜斗達は避難場所である第4体育館に到着した。
「恭也先生、私達は逃げ遅れた生徒がいないか見てきます」
「分かりました、ここは私に任せてください」
 体育館にごった返す人ごみの中、竜斗は一番の問題となる教師の目を注意する。
 邪鬼に釘付けになっている生徒はともかく、教師達は生徒の様子を常に見ている。
 用具倉庫の扉が開けば、当然その音を聞いて見に来るだろう。
 だが幸いにして、ここは恭也一人を残して、他の教師は見回りに行ったようだ。
 これなら昼に立てた作戦で十分戦場へ迎えるはずだ。
「とりあえず皆と合流しよう、そしたら昼に話したアレでエスペリオン達を召喚する」
「あの、竜斗さん」
 黄華達に連絡を取る為に携帯電話を取り出す竜斗を、碧が不安そうな目で止める。
「あの竜斗さん、空弥さん達さんですけど・・・・」
 言い難そうにそう告げる碧は、何故か自分が悪いことをしたように縮こまっている。
「多分、ここじゃなくて別の場所に避難していると思うんです」
「えっ?!」
 碧の言葉に驚きを隠せずに、ズボンのポケットから出した携帯電話を取り落とす竜斗。
「どういうことだよ、碧」
「合同授業は行う競技に合った施設を使うので、高等部から遠い施設にいるかもしれません。それに体操服の方が見当たらないので、多分ここにはいないかと」
 焦りを隠しきれずに碧の肩を掴む竜斗に、碧が小動物チックな脅え方で説明する。
「くそっ! なんなんだよさっきから!」
 なんだか、さっきからやることなすこと、全く上手く行かない。やはり先程見た夢が原因だろうか。
 そんな考えを振り解こうと頭を振り、思考を強制的にリセットする。
「とりあえず黄華と合流だ」
「あ、お兄ちゃん、碧」
 ここに避難しているはずのもう一人の仲間を探して視線を巡らせると、予想と裏腹に背後から竜斗を呼ぶ声がする。
 だが二人が振り返れっても、声の主である少女の姿が見えない。
「あれ?」
「黄華さん?」
 不思議に思った二人が辺りを見渡すが、やはりその姿は見当たらない。
「ここよ、二人とも」
 再び聞こえた声に向き直ると、人ごみという壁を小柄な体で割って黄華が現れた。
 どうやら人ごみの中に埋もれて見えなかっただけのようだ。
 竜斗達は既に用具倉庫の前に来ており、その前にズラリと並ぶ人ごみに進行を邪魔されたのだろう。
「黄華、ナイスタイミングだぜ」
 もう一度周囲を見渡し見回りの教師が帰っていないことを確認した竜斗が、現状を黄華に説明する。
 用具倉庫の脱出経路、教師が一人しかいないこと、空弥達がいないこと。
「それで、一番身軽な黄華に引き付け役を頼みたいんだ」
「オッケ、そういうことならアタシに任せて。教師一人くらい問題ないわ」
 竜斗に引き付け役を頼まれ、自信満々にガッツポーズをしてみせる黄華。
 そんな黄華に頷き返す竜斗は、三度目周囲へ視線を巡らせ今度は恭也の姿を探す。
「あそこだな、入り口の近く」
 長身な恭也は存外直ぐに見つけることが出来た。逆に向こうからこちらの姿も見えているのだろうが。
「丁度いいわ。外に連れ出すから、その間に先に行って」
「ああ、また後でな」
「気を付けてください」
 三人は言葉と視線を交わし、小さく頷き合った。






 竜斗達と別れた黄華は、小柄な体を活かして人ごみという壁の中を掻い潜る。
 戦場から離れている所為か、邪鬼の影響で気を失う者は出ていない。
 お陰でこうして注意を引き付ける、という仕事が出来てしまうのだが。
 竜斗達は上手く抜け出せるだろうか、などと考えつつ目標たる入り口を目指す。
 視線の先にある恭也は、先程から動かず入り口の扉に背を預け生徒達を見張っている。
(丁度いいわ)
 邪鬼に注意を引かれている生徒達の注目を集める必要は無い、今は恭也の注意を竜斗達から離せば良いのだ。
 格闘術で鍛えた体裁きで人ごみを抜け、周囲が気にしない程度の声で恭也を呼ぶ。
「センセー」
 そこで恭也が振り返る前に動きを一変、慌てた雰囲気で恭也に駆け寄る。
「どうかしましたか?」
 黄華の声に振り向く恭也、その胸にすかさず飛び込み泣きそうなほど不安な顔で見上げる。
「さっき窓から変なのが見えたの。あっちの方、体育館の外よ」
 我ながら完璧な演技だと思ってしまう。
 ただでさえ長身な恭也に、上目遣いで泣きそうな顔をすれば普段の黄華の性格など微塵も見えないだろう。
「外、ですか? どこでしょう」
 一度外を覗いてから黄華に向き直る恭也は、安心させる為かいつもの柔らかい笑みを浮かべている。
「あっち、運動場の方よ」
 少しでも不安そうに見えるよう、恭也の服を片手で握ったままもう片方で外を指差す。
 ちなみに黄華が指す第4運動場だが、ここからでは体育館自体が陰になって見えない。
 一瞬考えるような素振りを見せ、恭也は優しく黄華の頭を撫でる。
「分かりました。私が見てきますから、ここを動かないでください。あの怪物がいたら危ないですからね」
 そう言い残して体育館を出る恭也、当然黄華に背を見せている。
(チャンス!)
 気配を殺し、そっと恭也の背後に近付く。
 恭也には悪いが、ここで少し眠っていてもらおうという魂胆だ。
(ゴメンねセンセー、ちょっとだけ眠ってて)
 恭也が体育館の中から見えない位置に来た辺りで、その後頭部目掛けて跳躍した黄華が確りと組んだ拳を打ち込む。
 たとえ黄華が小柄で力がなくとも、跳躍し全体重を乗せ、腰の捻りや腕の振りまで合わせた一撃は人の意識を奪うには十分、というかやり過ぎな気もしなくもない。
 のだが次の瞬間、黄華は突然平衡感覚を失い視界から恭也の姿が消える。
「え? あれ?」
 まだふらつく足取りでコケそうになった所で、初めて自分が地面に立っている事を知る。
「おやおや、嘘はいけませんね」
 背後からする声に振り返ろうとして、自分の腕を恭也に掴まれている事に気付く。
「え? ウソ・・・」
 どうやら投げられたらしいことに思考が行き着くが、背後にいる人間を投げてしかも着地させるなど只者ではない。
「こういったことは部活でお受けしますよ、壬生 黄華さん」
 ニッコリと、まるで全部見透かしたような笑顔の恭也。いや、実際見透かしているのだろう。
「早く行ってあげてはいかがですか? お友達が待っているのでしょう」
 本当に、本当に全てを見透かしたその笑顔に、なんだか急に腹が立ってくる。
 というか、こうもあっさりと投げられては武闘家としてのプライドに拘る。
 手を振り解き、ちゃんと恭也に向き直る黄華。そして、
「も、もう一回! これが終わったらもう一回勝負して!」
 恭也を指差し声高らかに勝負を申し込む。
「ええ、構いませんよ」
 それもやはり同じ笑顔で、見方を変えれば余裕全開の笑みで応える恭也。
「ただし、部活にはちゃんと顔を出してくださいね」
 そう言ってクルリと方向転換、恭也は体育館の方へ歩き出す。
 まるで、「私は何も見ていませんよ」とでも言うように。
「お友達を待たせてはいけませんよ」
 最後にそう言い残し、恭也は体育館に姿を消した。
「・・・・知ってるの? ううん、それよりも今は邪鬼を倒さなくちゃ!」
 気持ちを切り替え、黄華はポケットから取り出した指貫グローブに右手を通す。
 普段抑えられた幻獣の力を解放し、グローブは雷を纏う手甲へと変化する。
轟け雷角ッ! 夢幻一体ッ!!
 手甲で地面を突き、地面から溢れ出した雷が黄華の身体を覆いユニコーンの意匠の鎧へ変化する。
「待っててお兄ちゃん、今行くから!」






 黄華が恭也と接触したのを合図に、竜斗達は体育館を抜け出して外に出た。
「時間食っちまったぜ、急ぐぞ」
「はい」
 一応窓から覗いている者がいないかだけ確認し、二人は頷き合う。
 竜斗は袋に入ったままの木刀を地面に突き立て、碧は首からチェーンで下げた指輪を右手の中指にはめる。
「「夢幻一体ッ!」」
 呪文と共に二人の身体は紅と白の光に包まれ、二人は幻獣の力を具現化した鎧を身に纏う。
「碧は住宅区に、俺は商店区に向かう」
「分かりました、気を付けてください」
 応える碧は背に翼を生やし空へと飛び立ち、同時に竜斗も目的地へ向け走り出す。
 紅き風のように学校区を駆け抜け、数体の邪鬼が立ち並ぶ商店区を視界に収める。
(・・・・?)
 改めて邪鬼を視界に入れ、竜斗はそこにある違和感に気付く。
「数が・・・、減ってる?」
 最初に校舎の窓から見た邪鬼は、数十体にも及ぶ数で八雲学園の街を埋め尽くしていた。
 にも拘らず、商店区にいる邪鬼は僅か数体。他の区に視線を移しても数体ずつしか見当たらない。
 その全てを足したところで、最初に見た邪鬼の群れには到底及ばない。
「もう空弥達が出て戦ってるのか?」
 確かに自分たちは時間を食ってしまったが、こんな広範囲の、しかも大量の敵を一度に倒せるだろうか。
 それに何処にも戦っているシードグリフォンは見当たらない、それどころか邪鬼達は動きを止めている。
「とにかく今は急ぐしかねぇな。いくぜ、エスペリオンッ!」
『心得たっ!!』
 鞘に納まっていた紅竜刀を抜き放ち、竜斗は自らが纏った力に鋼鉄の肉体を召喚する。
「幻獣ゥ! 招ォォ来ッ!!」
 竜斗の纏う紅の鎧は、竜斗を中心に広がるように巨大化しエスペリオンの鋼鉄の身体を形成する。
 人型で召喚されたエスペリオンはそのまま跳躍し、上空から滑空するロードドラグーンと合体する。
『「鎧竜合体ッ! ローォドッ! エスペリオォォォンッ!!」』
 商店区に降り立つロードエスペリオンは、目の前の信じられない光景に絶句する。
『・・・ッ?!』
「シードグリフォンッ?!」
 商店区一番の大通り、その中央でシードグリフォンが黒い四足の何かに踏みつけられ地面に伏せている。
「紅月・・・先輩・・・」
「・・・クソッ・・・俺としたことが」
 シードグリフォンから聞こえる二人の声に、竜斗は今までにない戦慄を覚える。
 先日の戦いで邪鬼に対して圧倒的な戦闘力を誇ったシードグリフォンが、こうも簡単に地に伏せるなど考え難い。
 そしてエスペリオンはシードグリフォンを前足で踏みつける何かを、未だこちらに背を向けているその何かを直視できない。
 その理由の一つを、竜斗が怒りの叫びとして口にする。
「なんで、なんで幻獣が俺達を攻撃してるんだよっ!!」
 その叫びに、黒い何かはようやくロードエスペリオンに向き直る。
「あれ、やっと来たんだ。もう待ちくたびれたよ」
 振り返る何かから発せられた聞き覚えのある声に、竜斗は胸を射抜かれたような錯覚に陥る。
 その穏やかな少年の声と共に振り返ったそれは、鋼の身体を持つ漆黒の獅子。声の主はその額に立つ、同じく漆黒の鎧で全身を包む人鬼であろう。
『・・・レオン、なのか?』
 振り返った獅子に視線を釘付けにし、エスペリオンが信じられないモノを見るように呟く。
「ん? ああ、コイツは確かに幻獣・サンレオンだよ。飼い馴らすのには、結構苦労したんだ」
『グルルルルルルルルゥゥッ』
 獅子の額に立つ人鬼は、獅子を宥めるように左手に持つ刀の納まった鞘で軽く叩く。
 幻獣・サンレオン。幻獣界で唯一、エスペリオンが親友と呼べる幻獣で、エスペリオンが人間界に向かう際共に境界の亀裂に向かった仲間だ。
 だが、境界を抜ける際に受けた邪鬼の襲撃からエスペリオンを護る為、その身を盾にして消息不明となっていたはずである。
「知り合いが偶然捕らえたのを譲り受けてね、折角だからキミ達との戦いに役立てようと思ったんだ」
 理性を失った紅い瞳に、夜闇を思わせる漆黒の体。サンレオンはその身も心も邪鬼の力に支配されてしまっている。
「ずっと待ってたんだ、この日を」
「──っ?!」
 人鬼の声に竜斗の表情に驚愕がにじみ出る。
「コレを飼い馴らして余計に時間を使ったからね、もう本当に嬉しいんだ」
「ぁあ・・・ぁあぁぁ・・・・」
 少年の声を発する人鬼は、兜の仮面の部分を外し兜自体も頭から外す。
「久しぶりだね、竜斗」
「なんで・・・・、獅季に・・角が・・・・」
 兜を外した人鬼は竜斗の親友、神崎 獅季だった。ただし、その額には邪鬼の証たる角が天を突くように存在している。
「酷いや竜斗、久しぶりだって言うのにおかえり≠熈心配した≠ニかもないんだもんな」
 その顔も、声も、話し方も、何もかもが獅季であるのに、その額の角があるだけで全てが偽りに見えてしまう。
「それに竜斗が悪いんだよ、僕がこうなったのは竜斗の所為なんだから」
 神崎 獅季であるはずの少年は、神崎 獅季と変わらない笑顔と声で竜斗を苦しめる。
「あの日、キミは僕を見殺しにしたんだ。初めて邪鬼が学校を襲った日、僕は炎狼鬼に殺された。僕はキミを呼んだのに、君は僕の言葉なんて聞かずに飛び出した」
「あぁぁ・・・ぁああぁぁ・・・・あぁぁぁぁ・・・・」
 それはまるで催眠術か何かのように竜斗の意識を浸食し、竜斗の中にドス黒い何かを生み出してゆく。
「そう、キミは僕を殺したんだ。子供の頃に両親を殺したみたいに、キミの行動が僕を殺したんだよ」
「ぁあぁぁ・・・やめろ・・・・」
 親友に話しかけるその声は聞きなれた親しさを持って、しかし怨敵を突き刺すように竜斗を苦しめる。
「これも知り合いの邪鬼に聞いたんだけど、ひょっとして覚えてなかったかな?」
 それは決して嫌味などではなく、本当に悪気はなく友達に失礼なことを言ってしまった少年の言葉。
「もしそうならゴメンね。でも、僕はキミに殺されて邪鬼になった。その事実は変わらないよ」
 竜斗の心臓が早鐘のように鼓動を打つ。心の中でドス黒い何かがざわめく。
「や・・めろ・・・やめて・・くれ・・・」
『竜斗、惑わされるなっ!』
 サンレオンの豹変に言葉をなくしていたエスペリオンも、竜斗の危険を感じ正気を取り戻す。
「惑わすなんて、ただ本当のことを言ってるだけだよ。親友に隠し事はしたくないから」
 そこには悪意も敵意もなく、ただ純粋な親しさと友情があるだけ。
 だが逆にその親しさと友情が、どんどんと竜斗の心を黒く、悪夢と絶望に塗り替えてゆく。
『ダメだ竜斗、悪夢に支配されてはいけない!』
 エスペリオンの声は、最早竜斗の耳には届かない。
 竜斗の思考は、黒く暗く深く、悪夢に飲み込まれている。
「ぁあぁぁ・・・」
(俺は・・・父さんと母さんを殺した・・・・)
「・・ぁぁあぁ・・・」
(獅季も・・・俺が殺した・・・・)
「・・ぁあ・・・ぁぁあぁ・・・・」
俺が・・・・・殺した・・・・・・・)
「ぁぁあぁああぁぁぁあぁぁぁっ!!」
 竜斗の思考が絶望の色に染まった瞬間、ロードエスペリオンの合体が解除されエスペリオンも幻獣の姿に戻る。
 そして、竜斗は地面へと投げ出された。
『ォオォォ・・・・竜斗・・・・』
 強制合体解除のダメージで地面に伏せるエスペリオンとロードドラグーン。
 同じように地面に倒れる竜斗を、ドス黒い靄が包んでいる。
「はは、竜斗もこっちに来るんだね。キミなら大歓迎だよ」
 サンレオンの額から飛び降りた獅季が、黒い靄に包まれ蹲る竜斗に手を差し伸べる。
「だめぇぇぇっ!!」
「お兄ちゃんに触るなぁっ!!」
 獅季が竜斗の手を掴もうとしたその瞬間、上と横から白と黄色の光が走る。
 白は竜斗を護るように包み込み、黄色は貫くように獅季に突き刺さる。
 空から舞い降りた碧が竜斗を包む黒い靄を振り払い、黄華が雷を纏う拳で獅季を竜斗から押し離ったのだ。
「えっと、キミ達は竜斗の友達かな?」
 黄華の拳を鞘に納めたままの刀で受け止め、視線を碧に移す。
「あれ、輝里さん? そっか、なんだかんだ言って、竜斗も優しいんだよね」
 行方不明になる直前に寂しそうな碧を心配していた獅季は、竜斗と一緒にいる碧を見て竜斗が救ってあげたのだと察したのだろう。
「本当に竜斗はスゴイな、いつも竜斗の周りには人が集まってくる」
 黄華の目の前から掻き消えるように姿を消した獅季は、再びサンレオンの額に立っている。
 今のは恐らく神崎流の歩法・瞬牙(しゅんが)を使ったのだろう、所謂瞬動術や縮地の類だ。
「けど、やっと僕だけの竜斗を手に入れたよ」
 その声も笑顔も獅季そのものだというのに、目の前の虚空を見つめる瞳だけが狂気に満ちている。
 否、獅季が見ているのは虚空ではない。そこに浮かぶ、先程まで竜斗を包んでいた黒い靄だ。
 靄は段々と密度を増し、人の形に広がってゆく。
「竜斗・・・ううん、区別をつけて竜斗タツト≠チて呼ぼうかな。うん、それがいいね」
 獅季は人の形の靄を抱きしめ、耳元に当たる場所でそっと囁く。
「ねぇ、起きてよタツト・・・・」
 靄は段々と人の形ではなく、人の姿へと変化してゆく。
 まるで獅季の紡ぐ言葉が、靄に命を与える呪文であるように、靄は人の姿を手に入れる。
「起きてよタツト、僕だけの・・・親友・・・・」
 突如、目に見えるほどの邪鬼の波動が周囲一体に広がる。
 その影響力は、一瞬とはいえ碧達から幻獣の力を奪うほどに強力で、その場にいる全員に恐怖を与える。
「なぁ・・・、俺に男と抱き合う趣味はねぇぞ」
「ゴメン、あんまり嬉しかったからね」
 軽口を交わす親友達は、それぞれ優しい笑顔と自信に満ちた笑みを浮かべ見詰め合う。
「おはよう、タツト」
「ああ、最高の目覚めだ」
 つい一月前までと変わらないやり取り、しかしその額に角があるだけでそれは狂気の目覚めを意味する。
「・・・竜斗さんが・・・二人・・・・」
「そんな・・・お兄ちゃん・・・ウソでしょ・・・・」
 黒い靄が変化して現れたもう一人の竜斗、額に邪鬼の角を持つタツトは竜斗と変わらぬ顔と声で二人に応える。
「ウソじゃねぇさ、オレはお前達の知ってる紅月 竜斗と同一存在。なにせオレは竜斗の悪夢そのものだからな」
 タツトはスゥッと虚空に両手を伸ばし、見えない何かを掴むように両の拳を握り締める。
「唸れ、邪竜刀(じゃりゅうとう)・・・」
 握られた拳の中に現れる日本刀、邪竜刀をゆっくりと抜き放つタツト。
 鞘から解き放たれた邪竜刀の刀身は紅い、鮮血のように真紅の色で碧達を威嚇する。
「僕も行くよ。喰らえ、闇獅子(やみじし)・・・」
 タツトと同じようにゆっくりと鞘から姿を見せる獅季の刀、闇獅子は夜闇よりも暗く深い漆黒の刀身で血に飢えた獣の様な存在感を溢れ出させる。
「「夢幻・・・一体・・・・」」
 呪文を唱える二人を闇色の球体が包み込み、タツトを上空へ、獅季をサンレオンの中へと誘う。
「さぁレオン、少し遊んであげようか」
 一瞬身震いして見せたサンレオンは、その場で人型に変形し左手に鞘に納まった闇獅子を構える。
 そして空中に浮かんだタツトは、あろう事かその身を包む闇が更に膨れ上がり巨大な人型を作り出す。
 その人型は徐々に細かな形を整え、本来幻獣勇者として邪鬼と戦う紅の竜戦士を形作る。
 しかしその身体は、見る者に恐怖と絶望を与える漆黒に染め上がられ雄々しさではなく禍々しさを感じさせる魔神と化している。
「コレがオレの力か・・・」
 八雲学園に降り立った魔神は、変形したサンレオンと並び碧達を見下ろす。
「人間共、このオレに恐怖し、絶望しろ。今からオレが悪夢ってヤツを教えてやる」
 漆黒の竜戦士は、その右手に邪竜刀を構え世界中に宣戦布告するように天を突きその声を轟かせる。
「この・・・悪夢デスペリオンでなっ!!






<NEXT>