同時刻、授業を終えた黄華は竜斗同様教室を飛び出し、剣道場を目指す。
 教室に向かうよりも、部活動で必ず訪れる剣道場の方が効率的だと判断したのだろう。
「今度こそ、絶対捉まえてやるんだから!」
 ここで逃せば今日はチャンスを失う事になる、そんな事はさせないと廊下を陸上部が欲しがりそうな速度で駆け抜ける黄華。
 しかし靴を履き替え、昇降口を出た黄華はその異変に気付く。
「っ! 空が……」
 分厚く黒い雲に覆われた暗い空、それは地上に降る太陽の光さえも遮り世界そのものを暗く染め上げる。
 まだ日没まで時間があるというのに、八雲学園はまるで夜の様な暗さを持っていた。
 そしてその暗い世界、黄華の頭上を何かが駆け抜けていく。
 暗い中でもほんのりと光を放つ、紅い鎧の人影。 先程屋上から飛び降りた竜斗だ。
 どうやら黄華は、ことごとく竜斗の出撃現場に出くわすらしい。
「待って! アタシも連れて行って!」
 叫ぶが時遅し、竜斗は既にその姿が小さく見える程先にある内門を突破し学校区を後にしていた。
「……ここでアタシが戦えって、仲間だって認めさせてみせる」
 直ぐにその考えに辿り着き、黄華もまた竜斗を追う様に走り出す。
 空を見上げれば、雲が渦巻くような場所がある。恐らくそこが戦場なのだろう。
 黄華はそれを確認すると場所を割り出し、商店区を目指す。
 商店国近付くにつれて、何か獣の咆哮の様なモノが聞こえる。
 そこには雄々しさなど微塵もなく、地獄の底から響くような禍々しさのみが存在する。
「アタシだって! アタシだって戦える!!」
 商店街の中央通りに飛び出し拳を握り締める黄華はしかし、その場で動きを止めてしまう。
「グルルウルルルゥ……」
「コロスコロスコロス……」
「ウグガァァァァァッ!!」
 初めて目にする邪鬼、その禍々しさに一瞬恐怖を感じ立ちすくんでしまったのだ。
 そう、幻獣勇者になる前の竜斗がそうであったように。
「ぁ…ぁあ……」
 周囲に満ち渦巻く殺気に身体が硬直する黄華、その耳に背後で鈍器が風を切るような音が届く。
「……っ?!」
 反射的にその場を飛び退き、同時に振り返ることでそれが邪鬼の攻撃だと知る。
「はっ、はっ、はっ、はっ」
 呼吸が整えられない、心拍数が上がるのが解る、身体がまだ言う事を聞かない。
 今のは避けれたが、次も避けれるかどうか、それ以前にここから生きて帰ることが出来るか。
「っ! 違うっ! アタシは戦いに来たんだ、怖がりに来た訳じゃない!!」
 逃げるという考えが脳裏に過ぎった瞬間、黄華は我を取り戻し自分を一喝する。
 制服のポケットからグローブを取り出し、両手に装着すると両の拳を強く打ちつける。
「うあぁぁぁっ!!」
 先程攻撃を仕掛けた邪鬼の懐に入り、黄華の拳が渾身の力で邪鬼の顎を打ち上げる。
「破ッ!!」
 ドガッ!! っと鈍く、しかし手応えのない音が黄華の耳に届く。
「グルルルゥ」
「……ぇ?」
 並みの相手なら意識を奪う程の強力な一撃だ、黄華もそのつもりで全力で拳を振るった。
 だが肉体構造的に急所など存在しない邪鬼は、脳を揺さぶられようが首に衝撃が走ろうがその活動を止める事はない。
(ウソ、全然……効いてない?!)
 強くなったと思っていた、自分は邪鬼と戦えると思っていた。
 しかし現実は、邪鬼の前には、黄華の拳などなんの役にも立たない児戯に等しいものだった。
「コ…ロ…ス」
 人鬼が今一度その豪腕を振り上げ、周囲にいた他の人鬼達もまた同様に腕を構える。
「グルルウルルルゥ……」
「コロスコロスコロス……」
「ウグガァァァァァッ!!」
 鉄を引き裂き岩を砕くかと思われる人鬼達の腕が、容赦なく黄華に振り下ろされた。
 振り下ろされる無数の凶器に、己の死を直感した黄華はその恐怖に目蓋を固く閉ざした。
(お兄ちゃん、ごめんなさい。アタシ、強くなれなかった……)
 黄華の心が完全に折れ死を覚悟したその瞬間、黄華が聞いたのは己の身を裂く音ではなかった。
「グガァッ?!」
「ギャゥッ?!」
「ゴァッ?!」
 人鬼の発する耳障りな悲鳴と何か硬いものが叩き付けられる音、そして別の何かが裂かれる音だった。
「…………」
 固く閉ざした目蓋を開けば、そこには黄華を守るように覆いかぶさる人影があった。
(お兄…ちゃん?)
 黄華の目にはその人影が、幼い頃いつも守ってくれた兄の姿と被って見えた。
「おい、大丈夫かよ……」
「……りゅう、と?」
 声を掛けられて黄華は初めて自分に覆いかぶさる影が、紅い鎧を纏った竜斗だと認識した。
 そう、黄華に人鬼の攻撃が届く瞬間、割って入った竜斗が紅竜刀で迎撃したのだ。
「ったく、世話焼かすなって」
「……ぁ」
 突然のことで声を出す事が出来ない黄華、そんな黄華に構わず竜斗は直ぐに向き直り後ろにいた人鬼を倒す。
「クソッ、キリがねぇぜ」
 黄華の前で戦う竜斗。呆然としていた黄華は、その背中の異変に一瞬気付く事が出来なかった。
「竜斗、せな…か」
 紅竜刀を振るう竜斗、その鎧に覆われているはずの背中は、鎧が砕け露出し赤い液体が流れ出していた。
「ちっ、ちょっと捌きそびれたんだよ。気にすんな」
 そう応える竜斗の表情は、バイザーに隠れてはいるが僅かに苦痛に歪んでいるように見える。
「それよりもじっとしてねぇで逃げろ、俺だってずっと守ってやれる訳じゃねぇんだ」
 紅竜刀で角だけ切り落とす、その作業を群がる人鬼の中で続ける竜斗。
 本来なら相手を確実に戦闘不能にする破壊力が売りの紅月流では、この戦闘はかなりキツイだろう。
「いやよっ! アタシは戦いに来たんだっ!!」
 身体は思うように動かないというのに、これだけははっきりと口にすることが出来た。
「本当に戦う気があるなら、今は逃げろ」
 人鬼単体の戦闘力は大したことはないが、如何せん数が多い上にまともに攻撃できないとあれば圧倒的に竜斗が不利になってしまう。
「いや! アタシは戦える!」
「いいから逃げろ! 死んだら何にもなんねーだろーがっ!!」
 悲鳴の様な声を上げる黄華を守りながら戦う竜斗が叫ぶ、この戦場では邪鬼に恐怖する一般人は逆に戦況を悪化させるだけなのだ。
「大事な約束があるんだろ! だったら生き延びてもっと強くなれ!!」
 良く見れば黄華を守るため、時折竜斗は自分の身体を盾にしている。
 それでもなお、竜斗は倒れずに紅竜刀を振るう。それこそが竜斗の目指す、強さであると言うように。
「エスペリオン! 何か一気に倒す方法はねーのか?!」
『ワタシが実体化すれば物理的に傷付けてしまう。ワタシの力ではどうにも……』
 竜斗がエスペリオンとの会話に意識が行ったほんの一瞬、その一瞬が竜斗に隙を作った。
 竜斗の背後に迫る人鬼の爪、既に傷を負った背中に受ければ今度は致命傷になりかねない。
「竜斗、後ろっ!!」
「くっ?!」
 黄華が叫ぶが、竜斗の反応は間に合わない。
「ウグガァァァァッ!!」
 咆哮と共に襲い来る人鬼の爪、しかし……
「シールドフェザー」
 横から飛来した光る羽が、竜斗と人鬼の間に光の障壁を生み出しその危機を救う。
「碧か?!」
「すみません、遅くなりました」
 羽の飛来した方向に視線を向ければ、背中に翼を持つペガサスを象った純白の鎧の姿が。
 竜斗と同じように鎧を纏った碧である。
「竜斗さん怪我を?! ヒールフェザー!」
 碧が翼を羽ばたかせると、散った数枚の羽が竜斗へと吸い込まれ傷を癒してゆく。
「悪ぃ、助かった……ぜ!」
 休む暇なく続く人鬼の攻撃に、竜斗が咄嗟に反撃する。
『碧ちゃん、アタシの力なら物理ダメージ無しで人鬼を人間に戻せるわ』
「はい、いきます!」
 背中の翼を広げ大きく羽ばたく事で一気に上昇すると、翼から無数の羽が地上に降り注ぐ。
「光よ降り注げ、シュートフェザー!」
 光の羽は確実に人鬼の身体を貫き、瞬く間に人間の姿へと浄化してゆく。
 攻撃力自体は低いものの、邪鬼に対して最も効果的な光の属性を持つ碧の攻撃は、人鬼から邪鬼の氣だけを消し去っているのだ。
 竜斗達を中心群がっていた人鬼が一斉に人間に戻り、徐々に視界が開ける。
「はは、人鬼相手じゃ碧の方が強ぇじゃねぇか」
 こればかりはバトルスタイルの問題だが、男としてやはり納得がいかないのも事実。
『竜斗! 上だっ!!』
 突然声を張り上げるエスペリオンに、竜斗達が空へと視線を移す。
 空には以前黒い雲が渦巻き、そこから二桁は軽く越える数の邪鬼が落下して来る。
「なっ?! 気配なんて全然……」
『多分、さっきの人鬼が気配を紛れさせてたのね』
「陽動、ですか?」
 街を埋め尽くさんばかりの邪鬼に、竜斗や碧も焦りを感じてしまう。
『このままでは被害が拡大してしまう。竜斗、ワタシを召喚するんだ!』
「わかってる。碧、コイツを避難させてくれ」
 エスペリオンを召喚する魔法陣を展開させながら、半ば碧に黄華を押し付ける竜斗。
「解りました。行きましょう、壬生さん」
 碧は黄華に近付くと自分たちの周囲に球体型の光の障壁を生み出し、その場から飛んで避難する。
「いくぞエスペリオン、幻獣招来ッ!!
 竜斗の真下の地面に描かれた魔法陣は、まるで竜斗の身体を巨大化させるようにエスペリオンの身体を召喚する。
幻獣勇者! エスペリオンッ!!
 街中に現れたエスペリオンは、ロードエスペリオンには合体せずそのまま戦闘を開始した。
 ロードエスペリオンは身体自体が大きく、攻撃力も半端なく高いため街を破壊してしまう恐れがあるからだろう。
「すみません、私も直ぐに竜斗さんの応援に行きます。あなたは安全な場所まで連れて行きますから安心してください」
 先程から一切声を発していない黄華を、邪鬼に恐怖を抱いているのだろうと推測し優しくなだめる碧。
 碧が黄華を連れて来たのは、八雲学園の学校区校門。この時間帯なら他の人も居るだろうと考えたのだろう。
「それでは、私も行ってきます。あなたは安全な場所にいてください」
 それだけ言い残すと碧は再び空へと舞い上がり、空中でシードペガサスを召喚して戦場へと向かう。
「……で」
 シードペガサスの姿が戦場の辺りに消えた頃に、ポツリと黄華が呟きを漏らした。
「……んで」
 今にも泣き出しそうな黄華、震える声は身体に伝染しその場に座り込んでしまう。
「なんで、なんでみんな……アタシを置いて行くの」
 黄華の脳裏に蘇る、いや、今日まで一度として忘れたことのない光景。
 失踪した兄との最後の思い出、約束を交わし向けられた大きな背中。
 自分は置いていかれた、だから同じ場所に立つために強くなれと言われたんだと思っていた。
 同じ場所に立てるくらい強くなったら、置いていかなくても良いから。そう言われたんだと思っていた。
 でも竜斗にそれを否定され、そして自分が邪鬼に対して無力だった事で自分が今までやって来たことが無駄に思えてきた。
「強さって……何なの?」
 兄が失踪したその日以来一度も流していない涙、それが今黄華の中から込み上げて来る。
「アタシ、解らないよ……強さって……」
「それは人それぞれだ」
 泣き崩れてしまいそうな黄華の後ろ、校門の内側から青年の声が発せられる。
「……何よ…それ。そんなのじゃ解らないじゃない」
 八つ当たりにも聞こえる黄華の言葉、だが青年の声は気にもしない風で返事をする。
「ある男は理想の姿を追い続け、その姿に少しでも近付こうと自分なりに努力している」
 まるでそれが誰かを考えさせる時間を与えるように、声は間を空けて言葉を続ける。
「ある少女は自分が本当に大好きな、自分に笑顔をくれる全てのモノを護るための優しさを求めた」
 再び間を空けて、青年の声は最後に一つ問いかけをする。
「なら、お前が目指すモノははなんだ。憧れを抱く者に近付く事か、それとも優しさを以って何かを護ることか?」
 俯いたままの黄華には青年の顔は見えない、だがその青年がとても強い≠アとだけははっきりと伝わってきた。
「アタシは……」
「お前の夢≠ヘ、なんだ?」
 青年の問いかけが幻獣勇者に最も重要で、最も強い形に言い直される。
「アタシの夢≠ヘ……」
 全身の震えが止まり、身体に力が入る。まだ立ち上がれる、立ち止まることは、諦める必要はない。
 そんな感情の爆発を表すように、黄華は勢い良く立ち上がる。
「アタシの夢≠ヘお兄ちゃんとの約束を果たす事! 強くなって絶対にもう一度お兄ちゃんに会うんだ!!」
 幼き日のもう一つの約束、兄との勝負を思い出し黄華の闘志に新たな火が燃え上がる。
「ありがとう、大事なことを思い出せた」
 振り返り礼を口にするが、そこには誰の姿もなく、ただ校舎までの道が続いているだけだ。
「今はそんなことよりも、竜斗を助けに行かないと」
 一瞬気になって探そうかと考えたが、その思考を振り払い戦場の方へと向き直る。
「でもアタシには力がない、どうすれば……」
『力がない? 本当にそうお思いですか、レディ?』
 何処からともなく発せられた男性の声、その声の主を探そうとした黄華は自分がいつの間にか真っ暗な空間に立っていることに気付く。
(ここは?)
 辺りを見渡すがやはり闇が広がるだけで、声の主所か校舎すらなくなっている。
『レディ、アナタは本当にご自分に力がないと、そうお思いですか?』
 姿の見えない同じ声が、同じ問い掛けをする。
(だって、事実アタシの攻撃は全然効かなかったし。それにアタシには幻獣がいないから、邪鬼と戦えない)
 心が立ち直れても力が付いて来ない、折角強さの意味に気付きかけたのにこれではなにも変わらない。
『では、あなたの前にいるのは、なんですか?』
 その声に反射的に顔を上げると、黄華の前にはいつの間にか巨大な一角馬が見下ろしていた。
 体が淡い光を放ち、威圧感よりも安心感を与える巨大な獣。
 黄華はその存在の名を知っている。
(幻…獣?)
 驚きと不安、自分の目の前にいるのが本当に幻獣なのか確信がもてず、はっきりと答えられない。
『御明察。私は何かを貫き通す≠ニいう夢から生まれた幻獣、名はシードユニコーン』
 シードユニコーンと名乗る幻獣は、それから口を閉ざし黄華の言葉を待つ。
(アナタが、アタシの力だって言うの?)
 まだ信じられない、本当に自分が幻獣を得たのか。
『私を力にするか、それともこのまま何も無かったことにするか。それはあなた次第です』
 やや芝居掛かったシードユニコーンの言葉は、何故だか黄華に安心感を感じさせる。
(アタシ次第……)
 瞼を閉じた黄華の瞳に、兄と竜斗、二人の姿が映る。
 そして、黄華の中にあった強い意志が揺ぎ無い魂へと生まれ変わる。
「シードユニコーン、アタシと一緒に来て。竜斗たちを助けるため、それから、強くなってお兄ちゃんとの約束を果たすために!!」
『了解、レディ! さぁ、私にあなたの望む姿を!』
 黄華の魂に応えるシードユニコーンに、黄華は己の拳を突き出し高らかに言葉を紡ぐ。
「夢に生まれし気高き角馬(こうま)よ、我が拳に宿りてその雷轟かせっ!!」
 呪文を唱えた黄華の拳に、光球へと変化したシードユニコーンが吸い込まれてゆく。
 そして黄華の全身から紫電が発し、拳に着けていたグローブが手甲へと変化する。
 突き上げていた拳を腰まで引き戻し、何もない空間に正拳突きを放つ。
 すると黄華は暗闇の世界ではなく、元の校門前に戻ってくる。
「轟け雷角(らいかく)ッ!
    幻獣招来ッ! 出でよ雷の角馬ッ!!
 手甲を打ち付けられた地面に魔法陣が描かれ、黒雲を貫いて一筋の落雷が呼び出される。
 落雷は魔法陣をも貫くと、更に巨大な物体を上空から落下させた。
『さぁ、レディ、乗ってください!』
 そう、落雷に続き落下したのは鋼の肉体を得て人間界に召喚されたシードユニコーン。
「竜斗、今行くから!
     行くわよユニコーン! 夢幻一体ッ!!
 シードユニコーンから光の筋が延び、それに誘われるように黄華の身体がシードユニコーンの中に吸い込まれてゆく。
『レディ、時間がありません、戦場へはこのまま行きます』
 変形はせず一角馬の形態でエスペリオン達が戦う戦場へと飛ぶように駆けるシードユニコーン、そしてその一角がエスペリオンに襲い掛かる邪鬼に狙いを定める。
「貫け、ユニコーンッ!!」
『了解、ライトニングゥ・ホーォォンッ!!
 雷を纏ったドリルのように回転する一角が、勢い余って大通りに並ぶ邪鬼を貫いてゆく。
「グガァッ?!」
「ギャゥッ?!」
「ゴァッ?!」
 気持ちの悪い断末魔の叫びを上げて霧散していく邪鬼、竜斗は突然真横を通った物体に向き直る。
「なんだ、幻獣っ?!」
 周囲の邪鬼を威嚇するように足踏みをする一角馬は、竜斗の視線に気付いたのかクルリとエスペリオンに向き直る。
『初めまして。レディの願いにより参戦しました、シードユニコーンです』
 爽やかな好青年、といった感じの丁寧な口調の幻獣。
 竜斗を初め邪鬼までもがその颯爽とした登場に唖然と動きを止めている。
「何やってるの竜斗、敵はまだ残ってるじゃない!」
 そして予想できなかったわけではないが、そうであって欲しくないとも思っていた声がシードユニコーンから発せられる。
『どうやらあの少女のようだな、竜斗』
「ああ、そうらしいな」
 シードユニコーンの下に歩み寄るエスペリオンとシードペガサス。
「はぁ、なんだかんだでここまで来ちまうし」
 どう反応していいか解らず複雑な心境の竜斗、なんだかデジャブを感じて仕方がない。
「少しは見つけれたか、お前が求める強さ≠チてヤツが」
 こうなった以上局仲間として受け入れるのに異存はない、そう思っての竜斗の言葉。
「まだ良くわかんないけど、いつか絶対見つけてみせる。だからお願い、竜斗の隣で戦わせて」
 今の黄華に焦りはない、だからこそ竜斗の問いにも素直に自分の気持ちを言葉にするだけで答えられる。
「うしっ、そうと決まればさっさとコイツ等片付けちまうぞ!」
 紅竜刀を構え邪鬼の群れに向き直る竜斗、その行動に受け入れてくれたのだと理解し黄華の口許が綻ぶ。
「うんっ!! ユニコーン、やるよ!!」
『承知しました、チェンジッ!!』
 シードユニコーンが凛々しい叫びを上げ、その鋼の身体が変形を始める。
 前後の脚が折りたたまれ、下半身が伸びて脚になり踵とつま先が迫り出す。
 次に上半身が前に倒れると馬の頭部が左を向くように腰が捻られ、同時に首ごと馬の頭部が身体から分離する。
 首の分離した部分から収納されていた腕が現れ、馬の前足が付け根の装甲ごと左腕の方に展開し肩のアーマーを形成する。
 更に分離した馬の頭部は首を短く変形させると、中から右腕が現れ身体の右側に接続される。
 そして最後に頭部が起き上がり、その瞳に黄華とシードユニコーンの闘志が宿る。
『「幻獣勇者ッ! シーィィドユニコーォォンッ!!」』
 幼き日の約束のため雷の槍を振るう新たな幻獣勇者が、今ココに誕生した。
「グルルウルルルゥ……」
「コロスコロスコロス……」
「ウグガァァァァァッ!!」
 圧倒的な不快感をもたらす咆哮を上げ攻撃を再開する邪鬼の群れ。
 だが新たな仲間を得て、その心に余裕が生まれたことによって戦況は大きく変わった。
「アンタ達なんか、もうアタシの敵じゃないっ!!」
『ライトニングホーン、セット! はぁぁぁぁっ!!』
 右肩の一角馬の頭部が変形し右腕を包むことで、角が拳の延長に伸びるドリルになる。
 雷を纏う一角馬の角は、正に雷の槍。 一突きで数体の邪鬼を薙ぎ払う。
『負けてはいられないぞ、竜斗』
「わかってらぁ。紅月流剣技・月華ァ!!」
 群がる邪鬼の中を月華で回転しながら斬り抜ける竜斗、やはり先程までより太刀筋や技のキレが良くなっている。
『…………』
「ペガサスさん? どうしたんですか」
 戦闘中、急に黙り込んでしまうシードペガサスに碧が疑問を投げかける。
 こうして勢いが付いた時は率先して騒ぎたがる性格なのだが、今は逆になにか不安を抱えているように一言も話さない。
『おかしいわ陽動までかけて来たなら何処かに邪戦鬼がいるはず、どうして現れないのかしら?』
 シードペガサスの不安、それはここまでの集団戦を仕掛けてきたにも関わらず指揮官の姿が見えないことだ。
 碧もまたその疑問に言い知れない不安を覚え、辺りの気配を注意深く探る。
「いない、こっちも違う……っ!?」
 エスペリオンの遙か頭上、そこに巨大な邪鬼の気配を感知し咄嗟にエスペリオンの上に飛び出す。
「気付いたか、だがそれも想定済みだ」
 気配が発したのは先日倒したはずの炎狼鬼の声、それも声は生気に満ち溢れている。
 シードペガサスがエスペリオンと気配の間に入った瞬間、既に気配は間近まで迫りその鋭い爪を振り下ろした。
「きゃぁぁぁっ?!」
『く、あぁぁぁっ?!』
 飛来したそれの爪に腹部を穿たれ、シードペガサスの身体が地面に投げ出される。
「碧ぃぃぃっ?!」
 思わずシードペガサスに駆け寄る竜斗と、その後ろに降り立つ謎の気配。
「碧、確りしろ! おい、碧ぃ!」
『ゴメン…ね。碧ちゃん、中で…気絶しちゃった……から、アタシも……』
 無防備なエスペリオンとシードペガサスを守るように、シードユニコーンが立ち塞がる。
『アレはいったい……』
「邪鬼の、ロボット?」
 黄華とシードユニコーンが疑問を発するのも当然、シードペガサスを一撃で地に伏せたそれは、邪鬼の姿をした鋼の巨人。
 それはあたかも邪鬼が幻獣のように、人間界において鋼の肉体を得たかのようだ。
「幻獣勇者共、今日こそこの炎狼鬼の手で地獄へと葬ってくれるぞ!!」
 鋼の邪鬼が発する炎狼鬼の声に、エスペリオンが驚愕の声を上げる。
『馬鹿な、お前はワタシ達が倒したはずだ!』
 余裕を見せているのか、炎狼鬼を名乗る鋼の邪鬼は攻撃はせず会話を続ける。
「あの時オレは、咄嗟に自分の魂を人間の身体に移す事で死を免れ、本来オレの本体の鎧となるはずだったこの身体を使い貴様等に復讐しに来た! この、鎧鬼(がいき)でな!!」
『グワォォォォォォォッ!!』
 それだけで圧迫されそうな鋼の邪鬼、鎧鬼の雄叫びにたじろぐ幻獣勇者達。
「始めよう、復讐の宴を……」
 炎狼鬼の言葉に、鎧鬼の身体が本当の鎧のようにバラバラに分解する。
「喰らえ鎧鬼、この世で最も醜き者たちを血肉とし、憎き幻獣を滅ぼす糧とせよ!!」
 分解した鎧鬼はまだ疎らに残っていた邪鬼を一箇所に集め、それを無理矢理押し込んで再び身体を固定する。
「なんだよ、あれじゃまるで武装獣じゃねぇか?!」
『邪鬼は、科学まで手に入れたと言う事か』
 破壊の本能しか持たないはずの邪鬼は、無限の進化を遂げて自らの技術≠ナ新たな身体を生み出した。
見よ、オレの新たな身体、牙狼鬼兵の力を!!
 新炎狼鬼、牙狼鬼兵が動き出す前に黄華が先手を打つ。
 右腕の一角、ライトニングホーンを放電させ牙狼鬼兵の身体へと突き立てる。
「竜斗、碧を逃がして!」
 自分が時間を稼ぐ、そう言っているのだろう。
 竜斗は直ぐにロードドラグーンを召喚し、シードペガサスごと運ばせる。
「頼むぞドラグーン」
『グオォォォッ!』
 咆哮を上げる事で竜斗に応え、ロードドラグーンは飛翔してゆく。
『そんなっ?! 私のライトニングホーンが、全く刺さらない?!』
 シードユニコーンの驚愕の声に振り返れば、仁王立ちする牙狼鬼兵の腹部にライトニングホーンが文字通り突き立てられていた。
 雷に加え回転まで加えられたライトニングホーンの攻撃力は、一転集中で考えればロードエスペリオン級だ。
 その攻撃が効かないとなれば、今の竜斗達に効果的な攻撃方法がない。
「そんなものが、この牙狼鬼兵に通用するものか!」
 牙狼鬼兵が徐に腕を振るだけで、突撃体制だったシードユニコーンが吹き飛ばされる。
『なんという力だ、これが本当に邪鬼の力なのか?!』
「ドラグーンが戻るまで保たせろ、ロードエスペリオンならまだ勝ち目はある! 合わせろ黄華!!」
「はぁぁぁっ!!」
 紅竜刀とライトニングホーンを構える竜斗と黄華、一人でダメなら二人でと同時攻撃を繰り出す。
「何度やっても同じだ! この牙狼鬼兵の戦闘力は貴様の幻獣を上回る、勝ち目などない!!」
 エスペリオンとシードユニコーン、二体の攻撃を物ともせず鋭い爪を振るう牙狼鬼兵。
 黄華はバックステップで避けるが、竜斗は月華で踏み込む事で牙狼鬼兵の身体に紅竜刀を叩き込む。
「だぁりゃぁぁぁっ!!」
 竜斗が放つ渾身の一撃も、ガキィィィィン!! という硬質な音に変換されるだけで全く効果がない。
「さぁ、早く合体しろ! あの姿を倒してこそ戦士の誇りを取り戻せるというもの!」
 自分の欲求なのか武士道でも通すというのか、牙狼鬼兵は致命傷になりそうな攻撃は一切仕掛けてこない。
 絶対的な自信から来るものか、それとも炎狼鬼の本能がそうさせているのか。
「だったら望み通りしてやるよ! ドラグーン!!」
 視界の端にロードドラグーンの姿を捉えた竜斗は、その名を高らかに呼ぶ。
『グオォォォッ!』
 竜斗に応え、ロードドラグーンが急降下してくる。
「鎧竜武装ッ!!」
 限界まで降下したロードドラグーンの背にエスペリオンが飛び乗り、再び上昇して空中で合体する。
 竜の鎧を纏いエスペリオンは紅の竜戦士へと姿を変え、天空にその翼を広げる。
『「ローォド! エスペリオォォォンッ!!」』
 降下しながらロードセイバーを抜き放ち、容赦無用で牙狼鬼兵へと斬撃をお見舞いする。
「そうでなくては面白くない、爆狼爪ッ!!
 ロードセイバーと燃え上がる爪が激突し、その衝撃で牙狼鬼兵の足場が陥没する。
 だが当の牙狼鬼兵には大したダメージは見受けられず、むしろロードエスペリオンを力技で弾き飛ばしてしまう。
『私もいることをお忘れなく!』
「貫けぇぇぇっ!!」
 最大加速、最大放電、全力全開でのライトニングホーンが、今度は牙狼鬼兵の腕の付け根を捉える。
「ぬぅぅぅっ?!」
 牙狼鬼兵はライトニングホーンが貫く前に、角自体を逆の手で掴み致命傷を免れる。
「そこかっ! 紅月流剣技・月波(げっぱ)ッ!!」
 竜斗は紅竜刀の柄尻限界を持ってライトニングホーンの刺さる部分の裏側に突きを放ち、直撃の瞬間柄尻に掌打を打ち込む事で二段の衝撃を加える。
 紅月流剣技・月波、硬いものや分厚いものを斬る際に使われる技で、二段の衝撃をほぼ同時に打ち込む事で衝撃を貫通させる。
 ロードエスペリオンになったことで竜斗自身が未熟であるにも関わらず、技は確実に牙狼鬼兵から腕を奪う。
「……良いぞ、そうでなくては! もっと力を見せろ幻獣ゥ!! 限界以上の力を出した者を倒してこそ戦士、邪戦鬼の名に相応しいのだ!!」
 牙狼鬼兵の全身かが爆発が起き、周囲に衝撃を放つ。
 竜斗達は避けたが、あの防御力、牙狼鬼兵にとってはダメージにもならないのだろう
「これで解った、攻撃が通用しない相手じゃない」
『ならば私達が先行します、止めは頼みましたよ』
 シードユニコーンが今一度ライトニングホーンを構え、その放電が暴走かと思えるほど大きくなる。
『「ライトニングホーン、究極極大放電(マキシマム・ライトニング)ッ!!」』
 放出された雷はシードユニコーンの右腕一点に研ぎ澄まされ、巨大な槍を形成する。
 更にシードユニコーンは左腕腕自体を大型のアンカー変形させ、牙狼鬼兵へと射出する。
『ライトニング・アンカーッ!!』
 避けようともしない牙狼鬼兵の残ったほうの腕をがっちりと掴むアンカー。
「この程度の拘束具が役に立つものかっ!」
「ホールドッ!!」
 無理矢理引き剥がそうとするがアンカーは雷の鎖でシードユニコーンと繋がっており、黄華の合図で牙狼鬼兵を雷の結界で包み込む。
『「角馬雷撃! ライトニング・ランサーァァッ!!」』
 アンカーを引き戻す力と自らの脚力、二つの力で牙狼鬼兵へと特攻するシードユニコーン。
「オレは、オレは負けんっ!!
 結界に包まれているにも関わらず、牙狼鬼兵は残った方の腕で爆狼爪を放つ。
 だがライトニングランサーは牙狼鬼兵の腕を貫き、その身体に傷を付ける。
うおぉぉぉぉぉっ!!
 ライトニングランサーを放ったシードユニコーンの後ろには、既に最大加速で接近するロードエスペリオンの姿が。
『今度こそ終わりだ、炎狼鬼ッ!!』
『「ローォォドッ! クルスッ!! ノヴァァァッ!!」』
 シードユニコーンの付けた傷に交差点を重ね、ロードクルスノヴァが牙狼鬼兵の身体を砕く。
ぐぅおぉぉぉぉぉっ!!
 十字に斬り裂かれ、断末魔の叫びを上げた牙狼鬼兵が特大の爆発を起こす。
「炎狼鬼……いい夢、見ろよ」
 爆発を背にロードエスペリオンの胸の竜が、勝利の咆哮を轟かせた。






 一時間後、竜斗達は黄華の住む壬生邸にお邪魔していた。
 碧の治療も含め、事後処理といったところだ。
 何でも壬生邸は八雲学園病院程でないにしろ十分な医療設備があるらしく、一般の病院だと両親に要らぬ心配をかけてしまうからと黄華が無償で使わせてくれたのだ。
 怪我自体は咄嗟にシードペガサスが融合を解いたお陰で大したことはなく、今は病室で眠っている。
 そして竜斗はというと。
「がつがつがつっ!! 悪ぃな、こんな、がつがつがつっ!! ご馳走に、がつがつがつっ!! なっちまって」
 壬生家の食堂にて早めの夕食をご馳走になっていた。
「ううん、色々迷惑かけちゃったし。このくらい、ただのお礼よ」
 五人前はあっただろう夕食をぺロリと平らげた竜斗は、実に満足気な顔で腹をさすっている。
 何故ご馳走になっているかというと、碧を治療に連れて来た際、空腹がピークに達した竜斗がぶっ倒れたのだ。
 育ち盛りの少年にとって、昼食を抜いての戦闘はかなり堪えたのだろう。
「あ〜、食った食った。ゴチソーさん」
 食後もきっちり手を合わせる、いい加減なのか真面目なのかいまいち解らない男である。
「ねぇ竜斗、一つお願いしてもいい?」
 一緒に夕食を食べていた、かどうかは解らないがおなじ食卓に座っていた黄華が、僅かに頬を赤らめて竜斗に話しかける。
「ん、なんだよ、急に改まって。俺に出来る事なら、お願いの一つや二つ構わねぇぞ。飯も食わせてもらったしな」
 こっちはこっちで黄華が恥ずかしがっているなど微塵も気付いていないが、気にしないで置こう。
「あのね、お兄ちゃん≠チて、呼んでもいい?」
 モジモジと恥ずかしそうに告げる黄華と、時が止まったように動かない竜斗。
「え〜……っと、お兄ちゃん?」
「…うん」
 反応に困っている竜斗を、身長の所為もあって上目遣いに見つめる黄華。
「……だめ?」
「いや、ダメっつーか。なんでお兄ちゃん=H」
 困惑する竜斗に、黄華は自分の兄のこと、兄との約束を話した。
 自分は兄に会うために強くなって、約束を果たすために竜斗の仲間になりたかったのだと。
「それでね、邪鬼に襲われたときに竜斗に助けられて、その時の竜斗がお兄ちゃんに見えたの」
 話している間中ずっと恥ずかしそうな仕草を見せる黄華、半日前の姿が嘘のようだ。
「でも、別に本当のお兄ちゃんがいないから代わりが欲しいとか、そういうのじゃないの。なんでかわかんないんだけど、竜斗のことお兄ちゃんって呼びたいの」
 上目遣いの瞳が、兄の話をした所為かだんだんと潤んでくる。
「……呼んでも、良いぜ」
 折れた、その時間僅か二秒。見事なまでの竜斗のKO負け。
「ホントッ?!」
「ああ、俺も黄華で良いよな?」
 自分が座っていた椅子から飛び出し、黄華が竜斗に抱きつく。
「うん、ありがとうお兄ちゃん!!」
「ははは、マジかよ」
 激しい戦いの末、満面の笑みで抱き付く黄華に空笑いを漏らす竜斗だった。






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