人生の目標である将来の"夢"、眠っている間に見る夢。
 この二つは無関係であるように見えて、その実深い繋がりがある。
 将来の"夢"とは、その人が持つ最も強い願いや憧れ、理想の自分を思い描いた人生の目標。
 それは人の抱く最も強い願い、心を支えてくれる想いの力。
 睡眠中に見る夢とは、睡眠中に活性化した脳が記憶や願望などを映像として再生し疑似体験する現象だ。
 つまり、強い"夢"があれば、よりそれに準じた夢を見ることが出来るのだ。
 こういった形で、"夢"と夢は深く関わっている。
 そしてこの関係は、幻獣界に生を受ける幻獣達にも影響を及ぼす。
 人間界で人が"夢"を思い描く事で、新たな幻獣が幻獣界に生を受ける。
 しかし、別の世に生まれた"夢"の具現である幻獣は、本来なら人とは互いに干渉できない。
 強大な力を持つ存在故に、人間界に危害を加えぬための決まりを創られたのだ。
 その決まりこそが人間界と幻獣界を分断した結界、"境界"である。
 だが、その"境界"に隔たれた二つの世界を繋ぐ方法が一つだけある。
 それこそが人の夢。"夢"を反映し幻獣界に影響を及ぼす人の夢が、"境界"を越え人と幻獣の意識を通わせる道となる。
 つまり、夢の中に"夢"を見れる程の強い"夢"の持ち主であること。それこそが人が幻獣との繋がりを持つ為の条件なのだ。
 幻獣と意識を通わせた人は、契約を交わすことで幻獣の力と心をその身に宿す。
 この契約で得た幻獣の力は、時には武具、時には鎧となり人に異形と戦う力を与える。
 幻獣の力を行使する戦士、それらは常に人知れず凶悪な闇と熾烈な戦いを繰り広げてきた。
 そして力を合わせた人と幻獣は、勝利の希望で世界の闇を照らした。
 その戦士の存在を知る者達は、彼等をこう呼んだ。
 幻の獣を纏う救世主、"幻獣勇者"と……

勇者幻獣神エスペリオン

第2話:『覚醒』



 少年は夢を見ていた、それが夢であることを自覚していた。
 不思議な感覚だ、俗に言う明晰夢というやつだろう。
(なんだ、夢の中…?)
 違和感だらけの非現実感、気持ち悪ささえ感じる妙な浮遊感。
 そんな夢の中で少年、紅月 竜斗は誰かに呼ばれているような感覚に囚われる。
(誰だ、俺を呼んでるのは)
 夢の中を漂う竜斗にあるのは意識と感覚、それ以外は五感すらない。
 喋ったつもりの声も、頭の中にだけ響き実際には発されていない。
 それなのに竜斗の意識は誰かに呼ばれ、何所かに向かっていた。
 今の竜斗は自分が動いているかも解らないが、確かに意識が夢の更に深い所に潜って行くのが理解できた。
(この先に……誰かいる……)
 意識が潜って行く内に、いつの間にか竜斗は真っ黒い世界に出ていた。
 右も左も無く上も下も無いただ黒いだけの世界に、竜斗は独りぽつんと浮いていた。
 気付かぬ内に戻っていた自分の身体を確かめる様に動かすと、竜斗は自分が向いている方向に進んでいく。
 進む内に竜斗の視界に、黒以外のモノが映った。
 それは光、そこにだけぼんやりと浮かび上がる大きな光。
「お前が、俺を呼んだのか?」
 夢の中に現れた大きな光は、徐々に形を成し見覚えのある竜の姿をとった。
『ワタシの名はエスペリオン、"強さを求める夢"と共に生まれた幻獣だ』
 エスペリオンと名乗る竜は謎の化け物に襲われていた竜斗を助けた、あの巨大な竜だった。
 あの時と同じように、恐怖よりも先に頼もしさや力強さが竜斗の中に伝わってくる。
「俺は紅月 竜斗、お前はなんで俺を呼んだんだ?」
 普通なら戸惑い思考が回らないような状況で、竜斗は意外にも普通に話すことができた。
『紅月、やはりそうか』
 竜斗の言葉に、エスペリオンは安心した様な、逆に申し訳無い様な複雑な表情を浮かべた。
 もっとも、竜の表情など読めるはずも無く、ほとんどが竜斗の憶測だが。
『突然ですまない、キミに頼みがあるのだ』
 竜斗の夢の中、エスペリオンは深刻な面持ちで話し始めたのだった。













 八雲学園の最東に位置する小高い山、降流山の頂上に建てられた紅月剣術道場にけたたましい電子音が響く。
 スイッチを切らなければ半永久的に続く電子音だが、それも僅か十秒程度で鳴り止んでしまう。
 音の発生源はここ、紅月剣術道場の一人息子紅月 竜斗の自室である。
 そこには布団の中から手を伸ばし、枕元の目覚まし時計を止める竜斗の姿があった。
「……朝か」
 徐に目覚まし時計を持ち上げると、竜斗はその針が五時三〇分を指しているのを確認する。
「なんか、変な夢を見てた気がする……」
 まだ若干寝ぼけている頭で記憶を探ろうとするが、思考がまとまらないのですぐに中断する。
 目覚まし時計を置き、ベッドから降りると壁にかけてある八雲学園の制服に着替え愛用の木刀を取る。
 その姿で洗面所に向かい顔を洗うと、自分の手で頬を叩き気合を入れる。
「うしっ」
 準備は万端、竜斗はその無駄にだだっ広い家の庭を越え、その先にある道場に入る。
 そして息つく間もなく木刀を抜くと、道場の中に見えた人影目掛けて斬りかかる。
「じじぃ覚悟ッ!!」
 竜斗の木刀は空を斬り、その場に誰もいないことを示す。
 だが確かについ先程までは、この場に人影があったのだ。
 竜斗も間違いなく誰かを狙って木刀を振ったのだから、そこに誰かがいたのは事実だろう。
「甘いの〜。 そんなんではワシは斬れんぞ、竜斗」
 呆れた風な老人の声が、竜斗の背後から発せられる。
 振り返ればそこには元気そうな身長の低い老人が、呆れ顔で立っていた。
「このクソじじぃ、ちょこまかと・・・・」
 怒りを露に震える竜斗、今なら竜斗の頭に漫画の様な青筋が見えるだろう。
 この老人は紅月 龍造(くづき りゅうぞう)、この紅月剣術道場の師範であり竜斗の祖父である。
 元々こことは違う家で両親と暮らしていた竜斗だが、幼い頃に両親を亡くし龍造に引き取られたのだ。
 龍造も既に一人身だった為、今ではこの広い道場に二人で暮らしている。
 当時7歳だった竜斗は、半ば強制的に龍造に剣術を叩き込まれた。
 その所為かそのお陰か、竜斗は剣術に対して異常なほど真っ直ぐに育ってしまった。
 強くなる為の努力を惜しまず、剣道部の練習をこなしながらも家の道場で龍造に稽古をつけてもらう毎日だ。
「うむ、おはよう竜斗」
 キリッと表情を険しくして言う龍造、このままなら十分にカッコいいのだが……
「だ・か・ら、その無駄にカッコ付けるのやめろって」
「ほうか、仕方ないのぉ」
 力なくうな垂れる竜斗の言葉に、すぐに子憎たらしい老人の顔に戻る。
「そんなことよりも、朝飯じゃ」
 そう言って立ち去る龍造は、毎朝の如く居間で朝食が出来るのを待っているのだろう。
 竜斗は道場の奥にある神棚に一礼すると、家の方に戻り台所で朝食を作り始める。
 龍造の家事能力は壊滅的で、必然的に紅月家の家事は完全に竜斗が任されている。
 家事をしながら剣術を学ぶ、これは思っている以上に重労働だ。
 それでも家事の方はわりと楽しんでしている竜斗、二〇分もしないうちに朝食を作り龍造の分を居間に運ぶ。
「出来たぞ、クソじじぃ」
 案の定居間で新聞を読んでいた龍造は、新聞を畳むとテーブルに置かれた朝食にありつく。
「ふむ、今日も良い出来じゃ」
 いかにも旨そうに焼き魚にかぶりつく龍造を無視して、竜斗は台所に戻る。
「ってと、弁当作ろ」
 自分の朝食に焼いたトーストをかじりながら、手馴れた感じで弁当を作る竜斗。
 冷凍食品を使わないのは彼なりのこだわりだ、便利ではあるが自分で作った方が旨いとのことらしい。
 朝食を作り終えてから更に二〇分、朝食をとりながら弁当を作り登校の支度を済ませる。
「ちょっと余裕出来たかな?」
 時計を見ながら呟く竜斗、いつもより五分程時間に余裕がある。
 朝練組みである竜斗にとっては、この五分は貴重である。
 龍造が食後の茶を味わっている居間に来た竜斗は、ふと目に付いた新聞の記事に一瞬思考が止まる。
 その記事は"八雲学園商店区に謎のクレーター"という見出しを付けられ、見覚えのある光景を写真に収めていた。
 そして竜斗はその写真を見た瞬間、一気に思い出した。
 昨晩謎の化け物に襲われたこと、その時光る竜に助けられたこと、その竜が夢に出てきたこと。
 無意識の内に忘れようとしていた、あまりにも日常からかけ離れたあの出来事を全て思い出した。
「なんじゃ竜斗、呆けおって」
 居間に入ったところで硬直していた竜斗に、龍造が訝しげな顔で声をかける。
「・・・いや、なんでもねぇ」
 返事こそしたものの、それは明らかに空返事だと解った。
 今や竜斗は夢の中で聞いた、あの竜の言葉以外は聞こえていなかった。
「っとやべぇ、バス逃しちまうぜ」
 時計を見て誤魔化した竜斗は、そそくさと居間を後にし玄関に回る。
「気を付けるんじゃぞ、竜斗」
 いつの間にやら後ろに立っていた龍造が、珍しくも竜斗の身を案じるようなことを言った。
「分かってるっての、行ってくるぜ」
 出来るだけ今の自分の顔を見せないようにして、竜斗は逃げるように自分の家を出て行った。
「確か、何かが世界を狙ってる……とか言ってたよな」
 夢の中で聞いた言葉を、不思議にも一語一句覚えている自分がいる事に驚く。
 しかもその内容が、自分の日常を壊してしまいそうで堪らなく怖かった。
 昨日より若干早くついた停留所には、獅季他朝練組みの生徒が集まっていた。
「おはよう竜斗、何か疲れてるみたいだけど?」
 親友の僅かな変化に、獅季は心配そうに表情を曇らせる。
「おはよ、別に何もねぇよ」
 獅季が自分を本気で心配してくれているのは解った、だが今はあの夢の事しか考えられなかった。
「なら、いいんだけど。 あんまり無理しないほうがいいよ」
 本当に心配そうな獅季の様子に、とりあえず空元気で返事をする竜斗。
「ああ、大丈夫だって。 んなに気にすんなよ」
 それから少しもせず停留所にバスが到着し、竜斗達は学校区へと行くのだった。






 その日の竜斗は、何をやっても手につかなかった。
 朝練でも気が乗らず、赤に張っ倒され叱責されていた。
 授業中もずっと上の空で、昼までに何度教師に注意を受けたか分からない。
 その片時でも、竜斗の頭の中から夢の出来事が離れることは無かった。
『今人間界は奴等に狙われている、キミの力が必要なんだ』
 新聞の記事、クラスメートの噂話が昨日の出来事とあの夢が、全て現実だと竜斗に告げる。
『奴等が人間界で暴れ回れば、間違いなくこの世界は崩壊する』
 夢の中で竜に告げられた現実、自分の知らない世界。
『頼む、ワタシと共に戦ってくれ。 ワタシ一人の力では奴等を止めることは出来ない』
 あまりに非現実な話に、本当に夢じゃないかとさえ思っていた。
『ワタシを呼ぶことの出来たキミにしか、出来ないことなんだ』
 だが今思い返せば、あの夢は会話の内容以外は嫌なくらい現実じみていた。
 そして今なら実感できる、自分の日常が変わり始めたことも、あの竜がどこにいるのかも。
『奴等はもうそこまで来ている、もう時間がないのだ』
 自分の住む世界とは違う世界から来た竜、その竜は自分が呼んだのだという。
『キミは強い"夢"を持っている、それは奴等にとっては邪魔でしかない』
 竜が言う奴等はこの先自分を狙って来るだろう、竜斗は直感的にそう感じていた。
 そんな状況で意外にも落ち着いている自分が可笑しくて苦笑を漏らした。
「……幻獣勇者」
 夢の中で竜に聞いた言葉が、ふと口から漏れた。
 古くから人を苦しめる違う世界の悪鬼と戦う、幻獣の力をその身に纏う戦士。
 竜は竜斗に幻獣勇者なって戦ってくれと、頼んできたのだ。
 得体の知れない化け物と戦う事への恐怖、自分がやらなければならないという使命感に竜斗は押し潰そうになっていた。
 これが全て夢であったら、そう願う自分に竜斗はひどく嫌悪感を抱いていた。
 目の前の現実から逃げようとしている、そんな自分を殴ってやりたかった。
 あの時から、両親の死から立ち直った時に、もう逃げないと誓ったのに。
 それでも竜斗は逃げようとしていた、恐怖に負けそうになっていた。
「っ?! ……なんだ」
 それまで眠ったように悩みに耽っていた竜斗は、近付いてくる何かの気配を明敏に捉えていた。
 言うなれば黒い、どんな闇よりも黒く暗い何か。
 思わず竜斗は窓の外の空を仰いだ、そこに何かの気配を感じたからだ。
 そこには暗雲が立ち込め、その雲間に亀裂の様なものが見え隠れしていた。
「おい、なんか空おかしくねぇか?」
「雨でも降るのかな?」
「何だよあの雲、黒すぎないか?」
 異変に気付き始めたクラスメートが、ざわめきと共に窓際に集まっていく。
「ちょっとお前等、早く席に戻れ」
 そう言いながら、教師も窓際まで来て空を仰ぐ。
「竜斗、何か……とても嫌な予感がする」
 隣の席に座ったままの獅季は、深刻な面持ちで竜斗に話しかける。
「…………」
 竜斗は無言で席を立ち、獅季以外が気付かぬ中愛用の木刀を手に取る。
 その直後、内門の方で轟音を響かせ何かが落ちてきた。
 それは八雲学園の大地を揺らし、その存在感を周囲に撒き散らす。
「グルルルルルゥゥッ」
 それはあの雲間に見える亀裂から這い出し、この世界に渡ってきた別の世界に住まう悪鬼。
 その存在を知る者は、それらを邪鬼(じゃき)と呼び恐怖と絶望、破壊と欲望の象徴として恐れていた。
 八雲学園に落ちて来た巨大な邪鬼の姿は、昨晩竜斗を襲ったあの化け物と同じものだった。
 ただしその大きさは比べのもにならない、なにせ一〇メートル強はある。
 学校全体、否、八雲学園全体がその姿に恐怖し、悲鳴を上げながら逃げ惑う。
グルルルウウガアアァァァァッ!!
 邪鬼は八雲学園全体に響き渡るほどの咆哮を上げ、自分を直視する竜斗を睨み返す。
 クラスメートも既に教師を追い越す様に逃げ出し、教室には竜斗と獅季しか残っていない。
「竜斗、僕達も早く非難しよう」
 得体の知れない化け物の出現に、流石の獅季も恐怖を感じているのだろう。
 竜斗くらいの付き合いなら、その表情から獅季の恐怖が感じ取れる。
 他のどの人達だって、この場からただ無力に逃げ惑うしか出来ない。
 今この場で邪鬼に対抗できるのは、竜斗を置いて他にはいなかった。
 そして竜斗は今、この状況から自分の日常を守りたかった。
「獅季、先に行っててくれ」
「っ?! 竜斗、何所に……」
 獅季の制止を振り切り竜斗は駆け出した、自分の恐怖に打ち勝つために。
 その教室に、別の人影が現れた事に気付くこともなく。






 もう学校区にほとんど人影は無かった、別区に非難したか体育館の中にでもいるのだろう。
 邪鬼は既にグラウンドにまで踏み込んでいる、目指すは竜斗ただ一人。
 同じく竜斗も邪鬼と対峙するため、グラウンドに来ていた。
『キミが力を望むとき、ワタシの名を呼んでくれ』
 竜にはそう言われたが、竜斗はその名を口にする気は起きなかった。
 そうすることで自分が、日常に戻れなくなると思ったのだ。
 だが竜斗は今、迷いを、恐怖を振り払うため、あえてその名を口にする。
「……エスペリオン」
 竜斗の口が竜の名を紡ぐとその身体が一瞬輝き、その意識が己の奥深くへと沈んでゆく。
 辿り着いたのは竜斗が今朝夢で見た黒い世界、ここが自分の意識の中だと感じるのにそう時間は掛からなかった。
『ありがとう、キミならば応えてくれると信じていた』
 その黒い世界には夢のときと同じように、淡く光る巨大な竜が佇んでいた。
「俺は戦う、それが俺の"夢"に近付けると信じて」
 迷いを振り切った竜斗の瞳に、エスペリオンは頷くことで応える。
『さぁ、共に戦うワタシにキミの望む形を……』
 今朝の夢で聞いた話では、人間界で幻獣が力を振るうには契約者を中心とする媒体が必要なのだ。
 竜斗はそれを思い出し、直ぐに左手に下げていた愛用の木刀を前に突き出す。
「"夢"に生まれし荒ぶる竜よ、我が刃に宿りてその希望を示せ」
 竜斗がそう唱えると、エスペリオンはソフトボール大の光の球体になり竜斗の身体へと吸い込まれてゆく。
 そしてその光は竜斗の全身に行き渡り、手にした木刀にまで伝わる。
 竜斗は木刀の変化を布越しに感じ、袋を柄が完全に露になる位置まで捲くる。
 そこには木刀ではなく、日本刀と思われる真新しい真剣の柄が露になっていた。
「吼えよ我が刃、"紅竜刀(くりゅうとう)"」
 竜斗の右手が柄を握り刀を地面に突き立てると、残りの部分を隠していた袋が燃えるように消え龍の模様の描かれた黒い鞘が露になる。
 今この瞬間をもって竜斗は、一人の少年から幻獣勇者として覚醒したのだ。
 次の瞬間、竜斗は元のグラウンドに立っていた。
 学園前に降り立った邪鬼は、もう目前にまで迫っている。
『若き剣士よ、共に戦おう』
 頭の中に直接響く竜の幻獣エスペリオンの声、その確かな存在感に対面したとき以上の力強さと頼もしさを感じる。
「竜斗だ」
 だがエスペリオンの言葉に僅かな不満を抱いた竜斗は、ポツリと呟く。
『……?』
 解らないといった風な沈黙に、今度はしっかりと意志を込めて告げる。
「俺は竜斗だ、エスペリオン」
 その言葉にようやく竜斗の意図を理解したエスペリオンが、改めて己が契約者の名を呼ぶ。
『ああ。 共に戦おう、竜斗!』
 エスペリオンの返事に満足した竜斗は、脳裏に浮かぶ新たな言葉を紡ぐ。
「幻獣……」
 突き立てた紅竜刀を中心に、円形の光るドラゴンの模様が地面に刻まれる。
 それはさながら、RPGに出てくる魔法陣の様である。
 地面に刻まれた魔法陣が宙へと浮き上がると同時に、地面からにエスペリオンの姿が迫り出す。
 完全にエスペリオンの身体が地面の上に出ると、今度は竜斗が鞘に納まったままの紅竜刀を振り上げる。
「招ォォォ来ッ!!」
 天へと掲げられた紅竜刀から放たれた光は、魔法陣の中央に吸い込まれ魔法陣そのものを動かす。
 エスペリオンはゆっくりと回りながら下りて来る魔法陣を通り、その姿を紅き鋼の肉体へと変化させる。
 竜斗によって召喚された幻獣エスペリオンは、人間界での活動を行う為に鋼の肉体を得たのだ。
人々に絶望を与える邪鬼よ、このエスペリオンが相手だ!
 鋼の肉体を得た巨大な二足竜は、グラウンドを踏み荒らす邪鬼と対峙する。
ウグオォォォゥゥゥッ!!
 邪鬼も負けじと咆哮を上げるが、そんなものはエスペリオンには通用しない。
「エスペリオン、あの化け物をぶっ飛ばすぞっ!」
『承知した、シューティングブレスッ!!
 竜斗の言葉に応えるべくエスペリオンは、口内に収束したエネルギーを銃弾のように撃ち出す。
 ズドンッ!! ズゥゥンッ!! と二度に渡る振動が響き渡り、邪鬼の左腕が地面に落下する。
 エスペリオンの撃ち出した闘気弾が、受け止めた邪鬼の腕を貫いたのだ。
「グルルルルゥゥ……ゥゥグゥアァァァァッ!!
 先を失った腕からボタボタと黒い液体を垂れ流し激痛に顔を歪める邪鬼が、狂った様にエスペリオンに飛び掛る。
 その攻撃を難なく避したエスペリオンが、お返しにとがら空きの邪鬼の懐に体当たりを喰らわす。
『その程度の攻撃、このワタシには通用しない』
 体当たりを受けグラウンドに倒れる邪鬼、その喉元にエスペリオンが牙を剥く。
「っ?! 上だっ エスペリオンッ!」
 エスペリオンの牙が邪鬼の喉元に突き刺さった瞬間、竜斗は別の力を感じ空を仰ぐ。
 そこには雲間の亀裂を通って、新たに3体の邪鬼が姿を現した。
『なにっ?!』
 突然の新たな襲来に、エスペリオンは無防備にその攻撃を受ける。
 邪鬼の豪腕の一撃を受けたエスペリオンは、吹っ飛びながらも倒れずに体制を立て直す。
「グルルルルルルルゥッ!!」
 新たに現れた3体の邪鬼は、味方を気遣う風も無くただエスペリオンを睨みつける。
『何体来ようと、同じことだ』
 エスペリオンの口から再び闘気弾が放たれる、が邪鬼達は躊躇うことなく傷付いた仲間を盾として突き出す。
 先程と同じく凄まじい轟音が響くが、傷付いた邪鬼の胸部に命中し他の邪鬼にはダメージを与えれない。
「グウァァァァッ!!」
 盾にした邪鬼の影から、すぐさま別の邪鬼が飛び出しその豪腕でエスペリオンを殴りつける。
『ぐぅっ?!』
 やはり無防備な体勢で攻撃を受け、エスペリオンの身体が大きく揺れる。
 しかし続いて攻撃を仕掛ける別の邪鬼に素早く体勢を立て直したエスペリオンは、身体を回転させることで尾でカウンターを喰らわせる。
「あいつ等、仲間を助けに来たんじゃないのかよ?!」
 確かにあのタイミングで現れたなら竜斗がそう思うのは不思議ではない、が邪鬼達に人間の常識は通用しない。
『奴等に仲間意識というものは存在しない、あるのは敵に勝つという意志のみ』
 邪鬼に向き直ったエスペリオンは、僅かに痛みに耐える声で竜斗に説明する。
『勝つためなら平気で仲間を利用する、奴等にとってはそれさえも力の源になるのだ』
 なんとか応戦しているが、戦況はエスペリオンが劣勢だ。
 その戦いを見ている竜斗にははっきりと理解できた、エスペリオンが全力を出せていないのが。
「エスペリオン、俺にもなにか出来ないのか?」
 自分が対等に戦えれば、こんな奴等一刀の下に斬り伏せる自信があるのに。
 そんな苛立ちを覚える竜斗だが、どうやらその苛立ちはエスペリオンも同じようだ。
『……夢幻一体』
 不意にエスペリオンがそう呟いたのを、竜斗は聞き逃さなかった。
「何か手があるのか?」
『いや、これまでとは状況が違い過ぎる。 成功するかワタシにも予測がつかない』
 直ぐに否定するエスペリオンに、竜斗は強い意志を感じさせる瞳で言い返す。
「それでも何か出来るなら、俺はそれに賭ける」
 邪鬼達を弾き飛ばし距離を取り、エスペリオンは竜斗の元へ来る。
『竜斗、過去これに失敗し幻獣勇者になり損ねた男がいた。 その男はその後、力に溺れ邪鬼となった』
 真剣な面持ちで竜斗に語りかけるエスペリオン、だがその瞳はどこか期待の色が混じり始めている。
『それでも、キミはこれに賭けるのか』
 黙って話しを聞いていた竜斗は、さも当然の如くエスペリオンに答える。
「ここで逃げ出すくらいなら、元からここには立ってねぇぜ」
 自信に満ちた竜斗の瞳、そこからは勇者を思わせる確固たる意思を感じた。
『そうか……。 ならば刀を抜き放ち叫ぶのだ、"夢幻一体"と!』
 立ち直り再び襲い来る邪鬼に向き直ったエスペリオンの言葉に、竜斗も全力で応える。
 竜斗の手にする紅竜刀は、いつ抜かれるかとその隙間から眩い光を零しながら待ち構えていた。
 全ての迷いを振り払うように、竜斗は一気に紅竜刀を抜き放ち、そして声を張り上げる。
夢幻一体ッ!!
 鞘から解き放たれた光は竜斗を、そしてエスペリオンを包み込む。
 光の中、竜斗の身体が宙に浮きエスペリオンの胸部へと吸い込まれてゆく。
『チェイィィンジッ!!』
 掛け声と共にエスペリオンの身体に変化が起きる。
 曲がっていた脚は真っ直ぐに伸び、同時に細部も人型の脚へと変形する。
 尾は左右に分かれ、サイドアーマーに変形する。
 竜の腕は変形し背中に収納され、腕の位置に頭部から左右に割れた竜の首が下りて来る。
 竜の首は各部を変形させ腕になり、片割れになった竜の顎の間から迫り出した拳が握り締められる。
 変形した首が元あった位置からは、人型の頭部が迫り出しその瞳に竜斗とエスペリオンの闘志が宿る。
『「幻獣勇者ッ! エスペリオンッ!!」』
 人の"夢"と幻獣が一つになり、ここに真に幻獣勇者が誕生した。
 この姿は人と幻獣の感覚が共有され、幻獣の力を人が振るうことが出来るのだ。
「グウァァゥゥゥォォォッ!!」
 眼前に迫る邪鬼に、竜斗は迷わず先ほど抜き放った紅竜刀を気合と共に一閃する。
「紅月流剣技、鋭月(えいげつ)ッ!!」
 すると竜斗の動きに連動するようにエスペリオンの手にも紅竜刀が現れ、巨大な邪鬼を真っ二つに切り裂く。
 切り裂かれ黒い霧のように消散する仲間の姿に、他の邪鬼の動きが止まる。
『これは……、ワタシが人の姿になったのか…?』
 人の武器を握り、邪鬼を切り裂いた自分の姿にエスペリオンが戸惑いを見せる。
 本来ならば夢幻一体とは、幻獣勇者が幻獣の力を行使する為その力を具現化させる呪文だ。
 しかし人間界に直接召喚されたエスペリオンは、その力を最大限に引き出すため竜斗と融合し人型へと変形したのだ。
「スゲェ、スゲェぜエスペリオン」
 紅竜刀を構え直しながら、竜斗は全身に満ちるエスペリオンの力を感じる。
「この力なら、奴等を倒せるっ!」
『竜斗、力に溺れては……』
 竜斗の言葉に一抹の不安を感じたエスペリオンだが、それも直ぐに思い違いだと教えられる。
「これ以上長引いたら避難場所にまで被害が出ちまう、一気に決めるぜっ!」
 竜斗の心は力に溺れるほど弱くなど無い、それを改めて感じさせられたエスペリオンは己の選んだ勇者に力強く応える。
『……応ッ!!』
 エスペリオンの返事とほぼ同時に、残っていた2体の邪鬼が己を奮い立たせ迫ってくる。
「グウゥゥゥォォォォッ!!」
「ゴウゥゥゥァァァァッ!!」
 2体ともその豪腕を振り上げエスペリオンに狙いを定めるが、今の竜斗はそんな程度では恐怖どころか迷いすら感じない。
「恐れも迷いも捨て、その一刀に己が魂を込めよ」
 竜斗の構えが正眼の構えから、左足を前に出して前傾姿勢になり刀を右肩に担ぐような構えに変わる。
 これこそが竜斗の家系に伝わる剣術、紅月流剣技の構えである。
 そしてこの構えから繰り出される全てを一足一刀の元に斬り伏せる鋭い斬撃、紅月流剣技・鋭月。
鋭月ッ!!
 邪鬼が腕を振り下ろすよりも速く懐に踏み込み、紅竜刀が斜めに振り抜かれる。
 踏み込みの勢いで2体の間をすり抜けたエスペリオンが、紅竜刀を血払いするように一振りする。
 同時に邪鬼の身体は亀裂に沿って2つに分かれ、先程と同じように霧散する。
「……いい夢見ろよ」
 消え行く邪鬼に、竜斗は何所か悲しそうな表情でそう呟いた。






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